第24話 「あなたならできる──わよね」

 避難所の外部にある大規模商業施設付属の公園、その広場で誓矢はダークスーツ姿の女性──アメリカ合衆国陸軍士官イザベル・キャリー少佐しょうさとともに迎えのヘリの到着を待っていた。

 誓矢せいや怪訝けげんそうな表情で、隣に立つキャリーへと問いかける。


「この仕事、請けておいてなんですけど、僕一人の手に負える内容なんですか?」


 自分は普通の異能者いのうしゃに過ぎない──と、言い張る誓矢にクスリと笑う少佐。


「隠す必要はないわ。あなたの力については、すでに調査済みよ」

「隠すとか、それに調査済みって……」

「私たちの協力者はあちこちにいるってこと、もちろん青楓学院せいふうがくいん高校の中にもね」


 キャリーは、郊外のサービスエリアでみせた誓矢の力について、さらには、その力が原因で青楓学院を追われたことなどなど、すでに把握していると、さらりと言う。


「異能者の力が神々の力だ、という報告についても興味深く思ってるわ。落ち着いたらゆっくりと話を聞かせてもらいたいところなんだけど──」


 その語尾にヘリコプターの轟音が重なった。

 回転翼から生み出される強風に思わず腕を掲げる誓矢。

 パイロットの技量だろうか、ヘリはスムーズに公園の中央部に着陸し、キャリーに促されて誓矢は兵士の手を借りつつ搭乗する。


「うわわ……」

「ヘリで空を飛ぶのは初めてかしら」


 飛行機とは違うフワリと身体が浮かび上がるような感覚に、誓矢は落ち着かない気分になる。

 だが、勇気を振り絞って女性士官に向き直った。


「さっき、ユーリとなにを話していたんですか?」

「あら、もしかして彼と私の関係が気になるの?」

「いえ、それは別に。それに、さっきユーリがあなたたちは手荒なことをしないっていっていたから」


 それは駆け引きでもなんでもない誓矢の素直な気持ちだった。

 誓矢はユーリのことを無条件で信じている。

 必要なことがあれば、あとで必ず話してくれるだろう、と。

 キャリーは深く息を吐き出して、足を組み直す。


「……そうね、下手な駆け引きはこの際不要かもしれないわね」


 誓矢とユーリの信頼関係を察したキャリーが態度をあらためる。


「あらためてお願いするわ。怪物の大軍に襲われている我が軍基地を助けて欲しい」


 都内西部に位置するアメリカ軍基地、その基地が今、壊滅の危機に瀕しているとのことだった。

 キャリー少佐の話によると、基地に駐屯していた兵力は自衛隊以上の火力を持っていることもあり、怪物たちのリスクを低く見積もっていた。

 さらに、基地に在住していた兵員の家族の中にも異能者が現れ、その少年少女たちも戦力に組み込むことで、盤石の防御態勢を構築するに至った──と、アメリカ軍幹部は信じていた。

 しかし、ある日、状況が変わった。


「突然、怪物たちが組織だった行動をとるようになったの」


 キャリーが説明を続ける。


「決定的だったのが我が軍の異能者たちが怪物の手にかかってしまったこと。圧倒的な物量の前では異能の力も役立たなかった」


 結果として異能者の半分を超える少年少女たちが怪物へと変化してしまったのだ。

 そして、怪物化してしまった彼らは強かった。他の怪物よりも強い力を持ち、さらに生き残った異能者たちを圧倒するという負のスパイラルに陥った。


「そこで、あなたにそんな彼らと怪物たちを一掃して欲しいの。あなたならできる──わよね」


 誓矢は音を立てて唾を飲み込んだ。

 今さらできないとは言えない状況だ。そもそも、自分の強力な力については、すでに把握されている。

 その誓矢の葛藤を見抜いたような様子で、キャリーがやさしげに語りかけてくる。


「あなたが力を隠している理由も、おそらく想像できているわ。そして、その判断は間違っていない、と私も思う」


 そう言いつつも肩をすくめて苦笑を浮かべるキャリー。


「でも、それを承知で、私たちはあなたに依頼せざるをえないのよね」

「もし──僕がここでやっぱり止めるっていったら、他に方法はあるんですか?」


 少佐は一瞬考える素振そぶりを見せた。


「そうね……ううん、特にこれと言って──」


 軽く頭を振ってから淡々と言葉を続ける。


「正直、あなたが請けてくれるかどうかは半々かと思っていたわ。ただ、もし、断られたら、おそらく数日も保たずに基地は陥落してしまうでしょう。自衛隊の救援も各地に分散している現状、焼け石に水でしょうしね」


 そして、そうなったら、基地にいる多数の兵員と家族──彼らが大量の怪物と化し、他の街を襲うことになる。


「一方で、ここで怪物の殲滅に協力してくれれば、怪物たちが再発するまで時間を稼げるし、本国からの増援を受け入れて体制も立て直せるわ」


 キャリーの説明を受けて、今度は誓矢が考え込む。今は一人で考え、決断しなければならない。いつも背中を守り、押してくれる沙樹さきやユーリがこの場にいないことが悔やまれる。

 突然、スピーカーから雑音混じりの切羽詰まったような声が流れてくる。英語なので咄嗟に誓矢は理解できない。

 キャリーが真剣な表情で、誓矢の肩を掴んだ。


「基地上空に到着したわ。少し前に防衛線を突破されて、怪物たちの侵入を許してしまったそうよ──任せてもイイのよね」

「……はい、やります」


 同乗していた兵士の一人が誓矢の身体に命綱をくくりつけ、それを確認したもう一人の兵士がスライドドアを開放する。

 機内に突風が入り込む。

 誓矢はおそるおそるヘリの端まで移動する。

 眼下に広がるアメリカ軍基地、大量の小さな点──怪物たちの姿が視認できた。


「あの……すみません、僕の身体を固定してもらえませんか」


 さすがに命綱があるとはいえ、ヘリから見下ろす光景は誓矢の足を竦ませてしまう。

 少佐が兵士に指示を出し、二人の兵士がそれぞれ左右から、誓矢の腰に腕を回してホールドする。

 それを確認して息を吐き出す誓矢。


「それじゃ、いきます──」


 息を吐き出し、怪物たちの気配を確認しつつマーキングしていく──そして。


「いっけぇ!」


 誓矢の両手に握られた銃から放たれた青銀色せいぎんいろの光が、無数の槍となって基地内の怪物たちに降り注いでいく。

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