第23話 「それは日本政府しだいだろう」

「──安心して、危害を加えるようなマネはしないから」


 そう言った金髪の女性に、なおも食ってかかろうとするユーリ。

 だが、女性はピシャリとユーリの言葉を遮った。


『──ユーリ・ファン・デル・フォルスト!』


 その女性はユーリの名前を呼んだ。そのことは誓矢せいやにもわかった。

 だが、その発音は日本語ではなく、外国語のイントネーションだったのだ。

 そのことで察したのか、ユーリは外国語で女性と会話をはじめる。

 沙樹さきが誓矢の袖口そでぐちを引っ張った。


「ねぇ、なんて話しているかわか……らないよね」

「うん、少なくとも英語じゃないことだけはわかる……」


 そんな二人をよそに、敵対的な態度で女性と言葉を交わすユーリだったが、次第に不本意そうな表情へと変わっていく。

 その様子を確認した他のダークスーツの男たちが、沙樹をそっと押しのけて、誓矢だけを囲むように距離を詰めてきた。


氷狩ひかり 誓矢せいや君──すまないが場所を変えよう」


 男の一人がそう言って誓矢の背中を強い力で押す。

 どうしたら良いかわからず戸惑う誓矢に、男たちの後ろからユーリが声を上げた。


「セイヤ、悪い、一緒にいけない! でも、コイツらオマエに危害を加えることは絶対にないから、それだけは安心しろ!」

「わかった、ありがと!」


 金髪の幼馴染みが絶対に安全だと言った。誓矢にとってはそれで充分だった。

 不安そうな表情の沙樹にも安心させるように手を振って、誓矢は男たちとともにその場を離れた。


 ○


 誓矢はダークスーツの男たちに囲まれる格好で、避難所である商業施設の内部を横断し、反対側にあるホテル棟へ向かっていた。

 この避難所は、もともとが大規模商業施設で、各種店舗や施設が充実していたこともあり、環境としては恵まれているほうである。

 それでも、ここで生活する避難民たちの顔には疲れの色がハッキリと見て取れるようになっていた。

 実際のところ、この避難所に限らず、国全体の避難民たちは日増しに危機感を強く抱きはじめている。


『謎の怪物たちのも進んでおり、避難解除にむけて政府でも動き始めて──』


 などと、記者会見で政府高官が発言しているが、それを額面通りに受け取っている国民は極々少数だ。

 実際のところは怪物たちの脅威は高まる一方で、解決の目処は立っていないことに大半の人々が気づいている。

 さらに、ただでさえ厳しい避難生活を圧迫してくるのが、深刻な物資不足だった。

 日本国内の生産活動は怪物の襲撃と国民の避難により、完全にマヒ状態に陥っている。それに加えて、怪物の海外への進出を防ぐという理由で、外国諸国の軍隊による海上封鎖が行われており、日本への海上物資輸送もストップしている。

 唯一、人道援助という形で航空輸送機からの物資投下による補給がおこなわれているが、到底全体には及ばない。


「あなたたちは日本人じゃないですよね、どうしてここにいるんですか?」


 同行する男たちの沈黙に耐えかねて、つい、話しかけてしまう誓矢だった。

 返事は期待していなかったのだが、思っていたよりもフレンドリーな口調で男の一人が返してくる。


「この国で生活しているのは日本人だけじゃないだろ? 私たちも自国民を守るために活動しているだけさ」


 誓矢は少しだけ考え込んでから、もう一度ダークスーツの男たちに問いかける。


「あなたの国は日本を助けてくれないのですか?」


 男たちが所属する国について、誓矢はある程度推測ができていた。日本国内に軍隊を駐留させていて、あらゆる分野において活発に交流していた友好国。


「それは日本政府次第だろう」


 別の男が口を開く。


「もっとも、すでに検討はされているだろうな。このまま怪物たちとの戦闘継続が不可能になると判断された場合、我が国をはじめ、諸外国へ軍隊の派遣を要請することになるだろう。だが、それには代償が伴う──」

「──そうね。もし、そうなった場合、日本国民そっちのけで、戦後の様々な権益を巡って大人げない駆け引きが繰り広げられるでしょうね」


 横から現れたのは、ユーリと話し込んでいた女性だった。後から追いついてきた割には息も乱れていない。


「そして、最悪の事態──海外の軍隊による怪物駆逐作戦。そのためには日本国内が戦火に見舞われる可能性もある。その結果、怪物を一掃できたとしても、あとに残ったのはボロボロになった日本。もしかしたら、国として存続が難しくなるかもしれない」


 その話の内容に思わず足を止めてしまう誓矢。


「本当にそんなことが……」

「──ちょっと脅しすぎたわね、ゴメンナサイ」


 女は素直に頭を下げてから、安心させるようにやさしげな笑みを浮かべてみせる。


「まあ、今までの話はフィクションの物語ってことにしておいてもらいつつ、それはそれとして、氷狩君には私たちの国に対して貸しをつくるチャンスだよってあたりかな」

「貸し、ですか」

「ええ──」


 サングラスの位置を直しつつ姿勢をあらためるダークスーツの女性。


「──怪物の大規模侵攻を受けている我が軍の基地への救援を要請します」


 誓矢はゴクリと唾を飲み込んだ。

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