第6話 「この国はしっちゃかめっちゃかになってもうたからなぁ」

「あっさりと通してくれてよかったな」


 人気ひとけの全くない駅へと続く商店街の通りに出たタイミングで、誓矢せいやは隣を歩くユーリに声をかけた。


「ああ、見張りの一人が光塚みつづかでよかったな」


 学校から外につながる門は全て自警団じけいだんの監視下にある。

 そのうち、普段自転車通学をしている生徒たちが使う副門を選んだのだが、そこを警備していた自警団の一人が同じクラスの光塚みつづか 貴成たかなりだった。


 ○


「え、これから外に出るのか?」


 通してくれと頼む誓矢とユーリに対して、心配そうな表情をみせる光塚。

 横に立つ、もう一人の自警団の生徒は「好きにすればいいさ」と突き放すような態度だった。

 光塚が言うには、すでに学校での避難生活に音を上げた避難民や生徒たちの一部が好き勝手に外へ出てしまっているとのことだった。


「一応、説得はしているんだが聞く耳持たないって感じでさ……」


 自分たちは皆を守るために夜を徹して警戒しているのに、その苦労を無視するやからも一定数いて、そのことで自警団の生徒たちにも不満がたまっている──そう愚痴ぐちる光塚だった。


「──いや、そんな話をしている場合じゃないな。俺も協力したいところだけど、持ち場を離れるわけにはいかないんだ」


 もう一人の自警団員の視線を気にしつつ、声を落とす光塚。


「もし、危険な状況になったら二人で突っ込む前にスマホで報せろ。近場だったら声を上げてもいい。できる限りのことはするからさ──」


 そう手を振って見送ってくれた光塚のおかげで、誓矢とユーリのふたりは素早く学校から出ることができたのだ。


 ○


「──さて、と、真壁さんの家は駅の手前だっけ、そんなに離れてないよな」

「人もいないし周りにも注意しながら進んでいけば、見落とすこともなさそう」


 誓矢とユーリの二人は自然に探索範囲を左右で分担し、足並みを揃えて進み始める。

 普段なら到底ありえない静寂に包まれた街並みに、なんだか異世界に足を踏み入れてしまった気分になった。

 商店街を進んで半ばあたりまで進んだ──刹那せつな


「……きゃぁっ、いやぁっ!」

「こらぁっ、こっちくんな!」

「ヤクモ、うしろやっ!!」


 少し離れたところ──商店街のメイン通りから裏手に入ったところにある神社の境内けいだい、そこから複数の子供の叫び声が聞こえてきたのだ。

 二人は互いに無言のまま駆け出した。勢いよく鳥居とりいをくぐると、その先にある神殿の前に恐怖のあまり座り込む幼い女の子の姿が見えた。


由梨ゆりちゃん!?」


 誓矢の呼びかけに反応する女の子。

 だが、にじり寄ってくる怪物たちに怯えて身をすくませてしまう。

 そんな女の子を守ろうとしているのか、神職しんしょく風の和装わそうを身にまとった少女と少年がほうきを手に怪物たちを威嚇いかくしていた。


「よっしゃ、ちょうどええところに助けがきてくらはった」

「オマエら、ボーッとしてないでとっとと助けろよ!」


 和装の二人がホッとしたような表情を浮かべて、誓矢たちを急かそうとする。

 ユーリが拳を構える。


「そこのガキふたり、その子を守れ! 怪物たちはオレたちがなんとかする──誓矢、あの力だせそうか?」


 その問いかけに誓矢はしっかりと頷いた。


「ああ、大丈夫」


 両手に青白い光が集まってくる。


「オッケー、ならオレがガキたちを守るから、怪物たちはセイヤに任せたぞ!」


 そう言うなり、怪物たちの群れへと突っ込んでいくユーリ。鋭い攻撃と素早い動きで怪物たちの注意を自分に引きつけていく。

 そして、そこへ誓矢の両手の銃から複数の光条こうじょうが放たれる。


──シュイン、シュイン、シュイン、バシュウッ!!


 光の全てが怪物へと吸い込まれ、次の瞬間、怪物の身体全体が青銀色の光の粒となって宙へと舞い散った。


「ヒュウッ、やっぱりその力スゴいんじゃね。てか、オレいなくても良くね?」


 満面の笑みを浮かべたユーリと右手を打ち合わせる誓矢。


「で、君が由梨ちゃんなんだよね」


 身体を屈めて問いかける誓矢に、女の子が小さくうなずいた。


「無事で良かった、お母さんから由梨ちゃんのこと頼まれてたんだ。一緒に学校に戻ろう?」

「おかあさん……」


 我慢の限界に達したのか由梨は誓矢の足へとすがりつき泣き出してしまう。

 そんな慌てる親友の姿を横目で見ながら、ユーリは和装の二人に向き直る。


「……で、オマエたちは逃げ遅れたクチか、怖かっただろうに小さな女の子を守ろうとするなんて、ヘンな格好したガキたちかと思ったけど、根性あるじゃねーか」

「ヘンな格好とか言うな! それに子供扱いすんじゃねー、おれはおまえなんかより遥かに年上だ!」

「へ? 中学生に見えたけど、実は高校生だってか?」

「違う、そうじゃないー」


 褒めようと頭を撫でたユーリの手にしがみついて、必死に抗議する少年。

 少年がユーリを指さして、鼻息荒く詰め寄ろうとする。


「中学生とか高校生とかそーいう話ではないっ! おまえだって人とは違う存在だろ? そーいう意味で──」


 みなまで言わせず少年の口をふさいでしまうユーリ。

 後ろで女の子をなだめる誓矢に声をかけた。


「こいつ、オマエのこと人外のバケモノだっていってるぞ」

「バケモノ……か、ま、しかたないか」


 タハハと笑う誓矢に「違う、そうじゃない」といった視線を向ける少年と少女。

 だが、ユーリの冷たい視線に睨みつけられ、反射的に体を震わせた──と、同時に。


 ──ぽわん


 と、やや間抜けな音とともに、少年少女の頭とお尻にけもの──キツネのような耳と尻尾が現れた。


「え……」


 思わず固まる誓矢をチラリと見上げてから、由梨がそーっと少年の尻尾に手を触れる。


「あ、こら、触んな!」


 慌てて自らの尻尾を抱え込む少年に、ユーリが声を低めて問い詰めた。


「オマエ、本当に何者なんだ。もしかして、あの怪物たちと何か関係があるのか。知っていることをキリキリと話せ。ガキだからって容赦はしないぞ」

「だからガキじゃないって、それに、あんな下級眷属どもといっしょにするな! おれらは由緒正しい日本神界の狐神きつねがみだ!」

「狐神──?」

「せやな、『お稲荷いなりさん』って言った方がわかりやすいかもしれへん」


 肩をいからせて早口で言い放つ少年の横に、もう一人の少女が進み出て神殿の方を指さす。

 そこには参道を挟むように二つの台座があったが、その上には何も乗っていなかった。


「あ!」


 誓矢が何か気づいたように声を上げた。

 少女がウンウンとうなずく。


「せや、うちらはそこに祀られているお稲荷さんや。滅多に人型をとることはないんやが──今、この国はしっちゃかめっちゃかになってもうたからなぁ……」


「そこんとこ、詳しく教えて!」

「そこ、もっと詳しく教えやがれ!」


 誓矢とユーリは、それぞれ少女と少年の肩をがっしりと掴んだ。

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