第5話 「自分たちを守るのが最優先だと割り切らないと──」

 校内放送をきっかけとして集まった、怪物に対抗できる不思議な力を発現させた生徒たち。

 そして、彼らは霧郷きりさとをリーダーとする自警団じけいだんを発足させた。

 力の発現はつげんがみられない一般生徒や怪我人、その他避難民対応などを学校関係者に任せ、自警団は謎の怪物の対処に専念するという役割分担となっている。


「……で、なんでセイヤは自警団に入らないんだ」


 避難民に毛布や災害用の保存食を配布していく誓矢せいやへ、同じく手伝いをしているユーリが尋ねる。


「ん……少し考えたいなって思って」

「まぁ、その気持ちわかるかも。ぶっちゃけ胡散臭うさんくさいだろ、アイツ」

「それもあるけどさ。その、怪物たちって、元はその……」


 誓矢の手が震えて、手にしていた毛布が軽い音を立てて床に落ちる。

 それを拾い上げながらユーリは誓矢の肩に手をのせた。


「そこは迷っちゃダメだと思う。自分たちを守るのが最優先だと割り切らないと、命がいくつあっても足りなくなる──」


 その時、外から叫び声が上がった。


「怪物だ、怪物が進入してきたぞっ!!」


 いったん顔を見合わせてから、窓際へと駆け寄る誓矢とユーリ。その視線の先では、今まさに塀を乗り越えてきた数匹の怪物と、不思議な光を放つ武器を構えた五人の生徒が対峙たいじしていた。


「うああああああっっ!」


 気合いなのか、それとも恐怖を隠すためなのか大声を上げて槍を構えた大柄な男子生徒が先頭を切って怪物へと突っ込んでいく。


「このっ、このぉっ!」


 闇雲やみくもに槍を振り回す生徒に対し、怪物たちも直線的に突っ込んでくる。

 そこへ両手で剣を構えた男子生徒が、弧を描くように槍の生徒の後ろから飛び出し、側面から怪物の肩から腰までを一閃で切り裂いた。


「アイツ、剣道部のヤツだ、槍のヤツとは違ってサマになってるな……それに、あっちは弓道部か」


 ユーリの視線の先、離れた場所に長い髪を一本にった女子生徒がいた。

 整った姿勢で構えた弓から、次の瞬間光の矢が連続して放たれた。

 肩や背中に矢を受けてひるむ怪物たち。


「いまだっ、いけぇぇっっ!!」


 槍の生徒のげきを受けて剣道部の生徒や他の自警団の生徒たちも、一斉に怪物たちへと襲いかかっていく。

 そして、生徒たちの武器に貫かれ、光の粉となって消滅していく怪物たち。

 その様子を見下ろす誓矢は、胸に当てた拳をギュッと握りしめた。


「うん……わかってるんだ。今、この状況ではしかたのないことなんだ──って」


 ○


 ──全国未確認危険生物発生事件。


 その名称が日本政府から正式に発表され、災害本部が立ち上げられたのは当日深夜のことだった。

 帰宅することができなかった誓矢たちも寝付くことができず、つけっぱなしにされた教室のテレビを見続けていた。

 延々と続く閣僚や官僚の記者会見、さらには警察や自衛隊からの報告などが続き、少しずつだが状況が判明していく。

 一番の幸いは生活インフラのうち、電気、水道、ガス、通信については現状問題なく維持されていることだった。このおかげで国民の大半がパニックに陥る寸前で踏みとどまっている状態である。

 一方、残りのライフラインである交通については、各地で寸断されてしまい、復旧の目処めどがたっていない。特に首都圏の鉄道などでは乗客が突然怪物へと変化し、多数の被害が出た映像などがネット上で拡散されたりもして、それらの混乱も波及し、大規模な帰宅難民が発生している状態だ。


「本当にこの先どうなるんだろう」


 壁を背に膝を抱えた格好で毛布にくるまった誓矢が、隣で横になっているユーリに声をかける。

 ちなみに沙樹さきは教室にいない。男子と女子は基本的に別の教室に振り分けられてしまったので、逆に、隣のクラスの男子たちが誓矢たちの教室で休んでいる状況だ。


「それは正直わからないよ」


 そのユーリの答えは誓矢の予測どおりだった。

 わからない──というか、今、この状況を全て把握している人がいたら、それは神様のような存在だろう。そのことは誓矢もわかっている。

 だが、この先どうなるのか。無駄だとわかっていても、いくつも推測からの仮説を立てて、その先をシミュレーションしてしまう。


「ああ、最悪の予想しか思いつかない……」


 思わず頭を抱えてしまう誓矢。そんな誓矢に教室の出入り口付近に座っていた男子生徒の一人が抑えた声で手招きしてくる。


「あ、沙樹か」


 顔を上げてみると教室の外に女子生徒──沙樹の姿があった。

 誓矢は隣のユーリの身体を揺り動かしてから、沙樹の来訪を教えてくれた男子生徒に小さく礼を言って廊下へと出る。


「どうしたんだよ、沙樹。こんな夜中に……って、えっと」


 制服姿の沙樹の後ろに大人の女性が佇んでいたことに気づき、誓矢は小さく会釈した。

 不安げな表情を浮かべる女性は真壁まかべと名乗った。

 沙樹が戸惑う誓矢とユーリに説明する。


「その、この真壁さんの娘さんが学校の外に抜け出しちゃったみたいなの」


 近くに住む真壁は五歳になる娘とともにこの学校に避難してきたのだが、その娘──由梨ゆりちゃんが突如姿を消してしまったのだ。


「学校内は全部探してみたんだけど見つからなくて」

「お気に入りのぬいぐるみを家に忘れてきたことをひどく気にしていて、もしかしたら家に取りにいってしまったのかも……」


 いつ危険な怪物に襲われるかもしれないから我慢するようにと言い聞かせていたのだが、小さな女の子にはその切迫感が伝わりきらなかったのかもしれない。

 今から家へと向かうという真壁を沙樹は必死に押しとどめる。


「真壁さんが一人で行動するのも危険です」


 ユーリが珍しく真剣な面持おももちで問いかける。


「自警団には相談してみた?」

「うん、でもダメだって。今は学校を守ることが最優先だからって」


 危険な夜が明けたら動くことも検討するとの回答を引き出しをしたが、それでは手遅れになる可能性が高い。

 その沙樹の答えに、誓矢とユーリが頷きあう。


「わかった、僕とユーリで真壁さんの家まで行ってみる。真壁さんは沙樹と一緒に学校の中で待っていてください。もしかすると、学校から出ていないかもしれないし、入れ違いになる可能性もあるし」


 その二人の申し出にホッとしつつも、同時に不安を隠せない様子の真壁を沙樹が落ち着かせようとする。


「そっちの金髪のユーリくんはうちの学校のボクシング部のエースですし、もう一人のオマケに見える誓矢くんも──ここだけの話、あの力を持ってるので大丈夫ですよ」

「オマケって……もうちょっと言いようがあるんじゃ」

「細かいことは気にすんな。由梨ちゃんだっけ、似たような名前だしこれも縁だな。チャッチャと見つけてくるよ」


 そんな三人の言葉に真壁は姿勢を正し、ゆっくりと頭を下げた。

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