第7話 「あれは、全員人間だった……」

「みんな──無事で良かった!」


 学校の副門ふくもんに帰り着いた誓矢せいやたちを沙樹さきが出迎える。


「おかあさんっ!!」


 沙樹の隣に立っていた母親──真壁まかべの腕の中へと、誓矢たちが連れてきた女の子が飛び込んで行く。

 何度も頭を下げて礼を述べる真壁に対して、照れ隠しの笑みを見せる誓矢の背中を門を守っていた光塚みつづかがバシッと叩いた。


「やったじゃねーか、お手柄だな」

「まぁ、運が良かったかな」


 誓矢たちは光塚にあらためて通してくれた礼を伝えてから、校舎へと足を向けた。


 ○


「──で、とりあえず、あらためて状況を整理したいんだが」


 真壁親子を避難場所へと送ってから、誓矢と沙樹、ユーリの三人はボクシング部室へと移動していた。

 深夜という時間帯、それに部室棟の一番奥に位置していることもあり、周囲にも人気ひとけはまったくない。

 ボクシングリングのサイド部分に腰を下ろしたユーリが、少し苛立ったような声を上げる。


「ほら、とっとと姿を見せろよ、ここなら誰もこないから人目を気にする必要はないぞ」

「確かに、こんな汗臭い部屋へ近づくなんて正気しょうき沙汰さたじゃねーな」


──ぽぉん!


 間抜けな音とともに姿を現すキツネ耳の少年少女──が、今度は神社での姿と異なり、リングの上に転がるボクシンググローブより少し大きいくらいのサイズだった。


「え、なに、これ……カワイイ……」


 沙樹がじりじりとミニキツネ少年少女ににじり寄る。


「ぬ……そこな女子おなご、少し落ち着きや。目の色が尋常じんじょうではないぞ」

「って、力任せに身体を掴むなぁ、中身が出る……」


 助けを求めるように逃げてくる二人──二匹? をそっと抱き上げる誓矢。


「そもそもこの格好はどういうことなの?」

「うむ……うちたちのやしろから離れてしもうたからの。力を節約するための仮初かりそめの姿っちゅうとこかの」

「ふーん、そういうものなんだ」


 素直に納得する誓矢の横から、沙樹が覗きこんでくる。


「──で、それはいったいなんなの?」

「んと、駅前商店街にある神社のお稲荷いなりさん、なんだって」


 誓矢は真壁の娘の捜索から怪物に襲われていた彼らに遭遇したこと、そして、救い出したこと。その一連の流れを頭の中で整理しながら説明した。


「っていうか、普段なら到底信じられない話なんだけどな、そのキツネガキたちの存在も含めて」


 そう言いながら金髪を搔き回すユーリに、キツネ耳たちが抗議の声を上げる。

 沙樹が指先で尻尾をつつきながら問いかけた。


「聞くの忘れてたけど、二人の名前はなんていうの?」

「おまえたちのような下賤げせんやからに名乗るとでも思ったか」

「それが命の恩人に対する態度だとでも思ったか」


 ユーリがキツネ少年の両頬を強く引っ張る。

 隣でキツネ少女が小さくため息をついた。


「……はぁ、名乗るのが遅くなったこと堪忍かんにんしてや、うちはスズネいいます。そして、そっちの相方あいかたはヤクモですわ。あらためてよろしゅうたのんます」

「スズネとヤクモだね、こちらこそよろしく──で、さっそくだけど、今のこの状況について知ってることを教えてくれる?」

「いきなり呼び捨てかよ、神に対する敬意もへったくれもない……って、わかった、わかったからこれ以上ほっぺたひっぱんな」


 誓矢に悪態をつこうとするヤクモだったが、ユーリの冷たい視線に気がつくと両頬を抑えて背中を向ける。

 そんなヤクモとは対象的な落ち着いた物腰ものごしのスズネが語った内容は、誓矢たちにとって想像もつかないような話だった。


「そもそもは、三つの異世界──天界てんかい魔界まかい神界しんかいの間で勃発ぼっぱつした戦争がきっかけやね」

「異世界? 天界? 魔界? 神界? ……って、いきなり飛ばすな、正直ついていけない」


 頭を振るユーリに、ヤクモが威張るように胸を反らす。


「ふふっ、愚昧ぐまいなオニめ。世界の真実の一端を明かしただけで動揺しやがって……って、だからほっぺたひっぱんな!」


 このままでは話が進まないと判断した誓矢はヤクモをユーリに押しつけて、沙樹とともにスズネに話の続きをうた。

 スズネは小さくうなずくと淡々たんたんと言葉を続ける。

 誓矢たちが普段生活しているこの地球は人間界と呼ばれ、三つの異世界──天界・魔界・神界を繋いでいる位置にある。

 そして、人間界の中でも日本エリアは異世界との繋がりがもっとも深いこともあって、今回の三界戦争の中心地となってしまったという。


「神々の目的は人間の魂──存在の根幹である生命力エナジーやね。その魂を収穫するために、神々がこの地に送り込んだのが【眷属けんぞく】や」

「あの怪物たちは神様が送り込んできたってこと……」

「正確には違うんやけどね……送り込まれてきた眷属はあくまで怪物たちの“一部”なんどす」

「それって……」

「眷属に襲われて魂を奪われた人間は【眷属化けんぞくか】して、さらに人間を襲うようになる」


 誓矢が唾を飲み込み、沙樹が怯えるように身体を震わせる。

 スズネの話す内容は、普通なら笑い飛ばしてしまう妄想レベルのものだ。

 だが、誓矢たちは現実に正体不明の怪物や、それらを撃退する不思議な力、それに目の前のスズネとヤクモという存在をたりにしているのだ。

 神だの眷属だの、いくら胡散臭うさんくさく感じたとしても、今、この場では受け入れるしかなかった。

 誓矢がもう一度、ゴクリと唾を飲み込んでから問いかける。


「──その、眷属化した人を元に戻すことはできないの?」

「気持ちはわかるんやけど……それはできまへん」


 いったん息を吐き出してから、スズネは小さく呟いた。


「眷属化した人間はさらに人を襲い仲間を増やそうとするんや──そして、敵対する異世界の眷属と戦い魂を奪い合うようになる。いわば神の道具になるっちゅうことやね」

「──どうしても救いたい、というなら一つだけ手段がないこともない」


 ユーリの頭の上にしがみついて抵抗していたヤクモが顔を上げる。


「セイヤといったか。おまえのその神の力で眷属を消滅させることだ。そうすれば、眷属の身体から魂だけが解放されて、再び輪廻りんねに戻ることができる」


 部室内に沈黙が降りた。

 ヤクモが慌てたように手をバタバタさせて言葉を続けた。


「あ、だって、元には戻せないけど、魂だけは救われて、また新たな生を迎えることができるんだぞ。眷属になったまま魂の奪い合いをずっと続けるよりは全然マシじゃん……だよね」


 動揺を隠すことができず誓矢の顔に汗が流れる。

 今日、いや、もう昨日になってしまったが、誓矢は不思議な力で何体もの怪物たちを倒し、消滅させている。


「あれは、全員人間だった……」

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