雲かくし
さざ波の音が耳をかき回す。私はここにいるべきじゃないと、そういわれているような気がして、心臓を取り出して海へ投げ捨てたくなる。
壮大な原っぱが私を囲み、目の前にはただただ広がる海。視界の端には遠く遠くの街の明かりが映っている。誰もいないここは、私と“みんな”との距離感を表しているようで、腕を通って首筋、その中の脊髄を孤独感が突き刺す。
入道雲と青空とのコントラストが私に影を落とした。楽しそうに暮らす同級生が憎い。穏やかなフリをする両親が憎い。称賛を浴びるアスリートが憎い。持て囃される芸術家が憎い。動物にメロメロになっている人たちが憎い。悪いニュースだけが行きかうインターネットが憎い。
私が世界を作り変えられるとしたらどうするだろうか。世界中どこでも、この景色のように大自然が腕を広げて寝転べる世界にしてみようか。人間なんていないほうが、平和に見える。私は神として自然の営みを眺めて、肉食動物に追われる草食動物を見てハラハラしながら、リンゴを食べるのだ。そんな世界のなんて素晴らしいことか。
それとも、全て私の都合の良い人間だけにしようか。誰もが争いを考えず、好きなことをして、犯罪なんて起きない。残業に嘆くこともない。そしてみんなが私を必要としてくれて、先生が私を一番に褒めてくれて、両親は学校に通う私を笑顔で見送ってくれる。どこかに遊びに行くときは最初に私を誘ってくれる世界。私はなんとなく生きて、なんとなく働いて、なんとなく死ぬ。ただそれだけが幸せな世界。うん、これも良い世界だ。私が何も持っていなくても、誰もが私を特別に見てくれる。
ふと、スマホが鳴る。
見れば、お母さんから電話がかかってきている。家を出て何日が経ったろうか。セーラー服はしわしわで、もうクリーニングに出しても使い物にはならないだろう。でも、もうこの人はお母さんじゃない。私が創造した世界で私が思い浮かべたお母さんは、私が創造した世界で私が思い浮かべたお母さんは、たれ目で、少しくせ毛で、少し低いけど柔らかい声をしている。だから、この人はもうお母さんじゃない。
通話の音が止む。
私は草原に寝転んだ。そして目を瞑った。あと何日後に私は新しい世界へと旅立てるだろうか。深く、深く呼吸をする。雑草が顔をくすぐり、くしゃみが出そうになる。
「バイバイ」
小さな声は、大きな風に乗って飛んでいった。
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