君のプロメテウス
ギターからかき鳴らされた音がアスファルトを砕いた雑草を揺らす。繋がれた小さなアンプが音を増幅する度に、私が腰を掛けている車のフロントが微弱に揺れる。風もなく、私から発せられる音の振動はどこまでも響き、けれどその範囲には誰もいない。ただこの広い場所で、私のロックが誰にも届かず消えていく。
世界を滅ぼすほどの地殻変動が起きて早15年。日本の人口は元々存在していた数の五十分の一になっていた。有識者曰く、千年前と同じくらいらしい。そのほとんどは先の地殻変動によって津波に、土砂に、建物に奪われたとか。
それは私が2歳の時の話だ。ほぼ全て又聞きしただけで、それがどれだけ正しい情報なのかは知る由もない。ただ確かなのは、2歳の頃から私はこの地獄を一人で生きているということだけ。幼年期をどう生き抜いたのかは自分でも覚えていない。気づけば物心がついていて、この世界で生きる術を身に着けていた。年若い女の身一つでの旅は相応の危険を孕んでおり、悲惨な目に遭って死のうとしたこともあったが、それがこの世界なのだろうと諦めがつくのはそう遅くはなかった。幸いにも私は以前の世界を知らないことが功を奏したのだろう。絶望し命を絶つ人は壮齢な人が多い印象がある。
そんな私がギターを持って旅している理由はただ一つ。偶然拾った音楽プレイヤーに入っていた曲を聴いたことだった。ギターの突き刺す音と叩き壊すようなリズム、がなるような歌声。それに魅了されただけ。有識者はそれをロックと呼称するといっていた。
私はまだ無事なギターを拾い、アンプを拾い、崩壊以前の曲を集めて真似をするようになった。一日五時間だけ顔を出す太陽に合わせて人前で歌い、食料や水を集める日々。何度も同じ曲をやれば飽きられるため、旅して人が集まっているところを転々とするようになった。
ギターを弾く手を止め、アンプの電源を切る。今日の練習はここまででいいだろう。ギターケースを背負いこみ、私は次の集落への道を進む。ロックが、私の足を進めてくれる。
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