そこにあいつはいた
二年前のあの日は、まだ冬を乗り越えられず、寒さに嘆いていた頃だった。
きっかけは確か、あいつが浅見の彼女に告白したことだったと思う。あいつは当然の如く振られ、本人もそれは予想していた。浅見の彼女も、あいつが振られるつもりで告白してきていることはわかっていたらしく、一連のやり取りはなんとも淡白で形式的なものになってしまったとあいつは語っていた。
あいつと浅見の彼女の間ではそれですべてが終わっていた。しかし、決して学力が高いというわけではないこの高校で、悪ぶった武勇伝を語るタイプだった浅見はそれが気に入らなかったらしい。それ以降、浅見の悪意は何かにつけてあいつにぶつけられた。
当初はまだ気の弱いあいつが笑った我慢できる程度のものだった。「そのうち飽きるよ」があいつの口癖だった。それが決定的に変わったのは、浅見が彼女に振られたことだった。制服を着崩し、笑い方も上品とはいえない女性だったが、それでも彼女は浅見が嬉々として悪意を他人にぶつける人間だと知って愛想が尽きたらしい。しかしそのせいで、浅見は更に暴走するようになっていった。
それは完全にいじめといっていいものだった。あいつは巻き込むことを恐れたのか、それとも余裕がなかったのか、気づけば俺はあいつと話すことはなくなっていた。暴力に躊躇いがない浅見の矛先が向けられるのを恐れて誰もあいつには関わらなくなった。浅見を止めようとしていた元カノも、一度頬をぶたれてからはいじめを見て見ぬふりするようになった。
そして高校一年生の冬。呆気なく、突然に、あいつの机には花瓶が置かれた。
俺は葬式には出なかった。
卒業式を終えた今、二年前に使っていた教室に俺は立っていた。あいつのことをどう思っているのかがわからない。助けなかったことを後悔しているのか、この結果を選んだあいつになぜと問いたいのか、浅見に憎しみを抱いているのか。ただ、あいつが亡くなったことに涙を流したことはない。
マスクから漏れ出た吐息が眼鏡を曇らせる。心中で舌打ちをして、眼鏡を外し——度の強いレンズの向こうにあいつが見えた気がした。窓を背景にこちらを見ている、そんな男子生徒の姿が。
急いで眼鏡をつける。そこには誰もいない。
ああ、そうだ。ここにあいつはいない。
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