故郷

 ガラガラガラと心が鳴る。駅員もおらず、田んぼに囲まれ風通しの良いそこは、まだ山に隠された橙色になり切れない日の光で淡く塗られていた。十数年ぶりに実家へ帰るにあたって選んだ小さなスーツケースは、ときおり障がい者用の黄色い線にあたってガタガタと揺れる。

 帰省を果たしてしまったことに深いため息がでる。二度とこの地に足を踏むことはないと誓ったにも関わらず、時を近くして両親ふたりともの訃報が入るともなれば唯一の肉親である私が出向くしかなかった。私の事情を考えて可能なところは親戚連中が対応してくれたらしいが、一親等の血縁者が自分だけであり、その自分が成人しているともなれば私が意思決定しなければならない事柄があるのはしかたのないことだろう。そう判断できるだけの理性と冷静さを私はこの十数年で獲得できていた。

 ホームを降りれば、車社会のせいでろくに舗装もされていないでこぼこなコンクリートが私を出迎えてくれる。道に真ん中を切り裂かれた田んぼたちは曙を綺麗にその身に写し、無骨なこの田舎の駅を麗らかに彩っていた。

 風が吹く。とうに慣れなくなった土と泥の臭いが鼻腔を傷つける。その臭いを追い出すように、鼻で溜息をつく。

 ピコン、とスマホが鳴った。見れば、十数年振りの従弟からもうすぐ迎えに行くとの連絡だった。嫌がらせのように早朝にやってきた私に、なんの文句も言わずに車を走らせに来てくれた彼はきっと――こんな片田舎でなければ――引く手数多のいい男になっているのだろう。

 暫く待っていると、一台のトラックが山から顔出そうとしている朝日を背景に田んぼの合間を縫ってきた。もう一時間もしないうちに親戚と、亡き両親と顔を合わせることになるのだ。

 新しい朝が来てしまった。

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