ないものねだり
「あっつつ」
手袋と紙袋越しにほかほかしたサツマイモの熱を感じる。想定を上回る熱さに口の中は大慌てだ。
高校の卒業式を終え、私は三年間ほぼ毎日通った通学路を歩いている。サツマイモの熱さにも慣れると、途端にその事実が感傷を呼び覚ましてくる。田んぼを三面ほど跨いだ向こうの道では、卒業証書を持った女子四人が楽し気に声をあげながら帰路を辿っている。耳をすませば、卒業祝いに親に何を買ってもらうのか互いに自慢しあっているようだ。その自慢話に緊張感など皆無で、それが彼女たちの親交の深さを物語っている。
私は左手に流れる用水路を眺める。そこに映っている私は一人で、自慢できるものなど特別に奮発したサツマイモくらいしかない。それだけが私の卒業祝いで、これを食べきってしまったらいつもの質素な生活に戻ってしまう。
もっとも、あとひと月もしないうちに私も社会人だ。そうなれば贅沢もできるようになるだろう。節約は得意だ。たくさん貯金して、たくさん贅沢してやろう。そう思えばこの寂しい卒業祝いも気にならなくなるというものだ。
「バイバイ!」と声が聞こえた。見れば、仲良し四人組が別々の道へ帰って行っている。そのうち一人は、近くに車を止めていたお母さんと合流したようだった。仲睦まじそうに話しながら助手席に乗っていく。きっと、高校生活の楽しかったことをたくさん共有するのだろう。そして、それを聞いてお母さんは嬉しそうに相槌を打ってくれるのだろう。
社会人というのは、書いて字のごとく社会の一端を担う人のことだろう。経済を回し、常識を保ち、自立した人間のことだろう。私はあとひと月もしないうちにその仲間入りをするのだ。当然緊張も不安もあるが、決して要領が悪いわけではない自分ならそれなりになんとかなるだろうと思っていた。しかし、今この寂しさに泣きそうになっている私にその資格はあるのだろうか。
薄い制服の隙間を縫って、春前の冷たい風が肌に突き刺さった。
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