町はずれにあるその建物には誰も気づかない。

「ウチは未来から来たんだ」

 頭にアクセントがある独特な「ウチ」を使う彼は、屋上の給水塔の上で私にそういった。

「未来って?」

「未来は未来だよ」

 理解が追い付かない私を見て、彼は微笑を浮かべる。そしてこの建物の前に落ちている青看板を指差す。表面を撫でる苔と錆を押しのけて三方向に白の矢印が伸び、中央の矢印の先は「令和」という場所に向かっている。

「令和ってどこ?」

「昭和の次の次」

「年号ってこと?」

「そゆこと」

 彼はくつくつと笑う。馬鹿にされているように感じて、胸に力が入った。

「じゃあ証明してよ」と勢いよく言葉が出た。

「証明って言われてもなぁ」

「未来のものとか持ってないわけ?」

「ウチなんも持ってないよ。この廃墟を探検してて、気づいたらこの時代に来てた」

「え、それ帰れるの?大丈夫?」

「ダイジョブ、ダイジョーブ。何回か来てるから」

「それならいいけど……。でもそれはそれでどうなの?タイムパラドックスとか」

 彼は思い出し笑いをするように口元を抑え、くぐもった笑い声をあげる。

「ねぇ、私真剣に聞いてるんだけど」

「ごめんごめん。大丈夫だよ、この時代に来たからってウチここから出てないし、君以外ここに来たことないしね」

 彼の浮かべる笑みは胡散臭い。どうしても発言一つ一つに疑いの目を向けてしまう。彼もそれに気づいているのか、更に笑みを深める。それがどうにも気持ち良い不快感を与えてきて、私はどこか胸の奥がむずむずする。

「もう私帰るわ。じゃあね、未来人さん」

「え、急に?もうちょっとウチと話してよ」

「ヤダ。あなたと話しても楽しくない」

「ひどいなぁ。ウチこれでも話上手として友達の間では有名なんだけど」

 戯言には返事をせず、私は屋上を降りる。「またね~!」という言葉の後、私の名前が呼ばれたような気がしたが、それはきっと気のせいだろう。

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