初恋に向けた遺書
夕日が白のワンピースに橙色を塗りたくる。
いつもは家に帰ろうと思わせる夕方のカラスの鳴き声も、今は耳に膜が張っているかのように鼓膜まで届かない。舗装されていない田舎道も、道端に咲く名前も知らない野草も、ポツポツと点在している古い家も、華やかさとはかけ離れたそれらの野暮ったさが、私にふさわしいものであると主張されているように感じる。
私は一歩ずつ帰路を進む。視界でひらひらと動くワンピースは、普段の私ならまず着ることもない上等なものだった。柔らかく膨らんだ袖と腰の締めるリボンのかわいさに戸惑いつつも、着るのは一回だけと自分に言い聞かせ、羞恥の末に買ったものだ。小指を抑えつけて足裏を痛めつける白のヒールも、たった一回しか履かない私が買うにはもったいなかった。引きずるように歩くかかとは意味もなく削れ、土埃が光沢を鈍らせていく。
花が好きなのだと、彼は言った。幼いころには私に似合うと言って黄色のカーネーションを送ってくれたこともあった。後で悪い意味の花言葉が多いと知って、慌てて謝りに来たことは忘れられない。そんなことがあったから、彼に渡す花束は黄色のカーネーションにしようと思った。「私」を受け取ってほしいという想いを込めて。その花束は今も右手にある。握られすぎた花々はしおれ始めていた。
これからどう生きていこうかと考える。勉強は得意だ。運動もそつなくこなせる。家事も主婦に負けないし、人当たりも悪くないはずだ。地味かもしれないが、美容にも気を使っている。収入は多くないが、公務員として安定した生活ができている。ただそのどれもが、幼いころから共に育った二つ年上の幼馴染に気にかけて欲しいがためだった。その彼が、地元を出ていくとは考えたこともなかったし、ましてや恋焦がれる相手がいるなんて知りもしなかった。
私はあまり都会へ遊びにいったことはない。ここ一年を振り返っても、噂になりたくなくて地元で買いたくなかった花束と服と靴を求めて一回行っただけだ。だからこれは偏見かもしれないが、彼が好きな人はきっとキラキラしているのだろう。花に例えられなくても、その人自身に華やかさがあるのだ。休日に畑の手伝いをしたり、近所の子どもと鬼ごっこをしたりはしない。
人生の九割以上を、彼に対する恋心と共に過ごしてきた。人生の目的など、彼のお嫁さんという幼稚なもの以外何一つ持ち合わせていなかった。ふと、涙がこぼれた。彼を失った、彼に選ばれなかった自分には果たして何が残っているのだろうか。ただ知っているのは、支柱を失ったカーネーションは、折れてしまうということだけだ。
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