ああ、なんだかいい気分
夜につま先をひっかけた時間。紺色の大空と、それを隠そうとするふんばるオレンジ色の入道雲。足元に広がる草々には小さな小さな花が咲いていた。白いワンピースをはためかせて、黄色は空を見上げていた。
「あおちゃんはどこに行くの?」
蒼は答えない。それが黄色の望む答えではないとわかっているからだ。
「紅姉はなんて?」
「別れの言葉は大事だって」
「そっか」と黄色は笑う。
草原から少し遠くへ眼をやれば、一面に広がる焼け野原。既に日本で安全な場所なんてないかもしれない。けれど、東京ほど恐ろしい場所はないだろう。
「きぃは行かないの?」
黄色は空を見上げていた。白いワンピースは、端に向かうほど色褪せており、その先は切れ落ちている。
「お母さんとお父さんを置いてはいけないよ」
黄色は肩の力を抜くと、すとんとその場に座り込んだ。
「それに、お金は大事だよ」
蒼はいっそのこと、黄色と共に歩いて東京から離れていきたい気持ちだった。しかし、それが現実的でないこともわかっていた。東京から歩いて離れられる距離なんてたかが知れている。到底明日には間に合わないだろう。
「もう日が暮れる」黄色はゆっくりと蒼を見つめる。「あおちゃんから言ってほしいな」
喉が焼けただれるかのように暑い。首を絞められているかのように苦しい。けれど、時間がないのは十分わかっていた。
「……さようなら」
「うん、さよなら」
黄色はゆっくりと立ち上がると、蒼の家とは反対方向に歩いて行った。
蒼も、家へと帰っていった。
2058年11月20日。東京一帯におよそ70万発の爆——。
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