雨が降る。笑うように雨が降る。
私にとって未開の土地で、私は今独りである。ガラス張りのバス停に座り込み、ただ深々と、ただ騒々と流るる雨音にその身を任せるだけである。
手元にあるは充電の切れたスマートホン。そして、ここでは使えぬSuicaだけである。横向きのペンギンの顔がどうしようもなく奇妙に感じられ、思わず笑みが零れてしまう。
私には幼馴染がいた。よく喧嘩もしたが、それなりに仲は良好だったと思われる。小学校を卒業する時、私は彼女と、以降口を利かなくなるほどの大喧嘩をした。正確には、彼女がひたすらに怒鳴り続けた。針が一周するほどに怒鳴り続けた彼女は、最後にぽつりとこういった。
「だからだよ」
私にはその言葉の真意はわからなかった。
私には恋人がいた。友人も羨むほどに、容姿に優れ、高い知性を誇り、器量に溢れた女性だった。自他ともに認めるほど、互いに尊重しあえる関係だった。そんな彼女は良く私に言った。
「いつか、君とは別れる気がする」
大学を卒業する少し前に、私はフラれた。彼女は疲れた顔をして一言溢した。
「だからだよ」
不思議な言葉だと思った。
私には婚約者がいた。素朴で大人しく、自己主張が苦手な女性だった。私と彼女が纏う空気感は似ていると感じた。同棲していたし、結婚の話もよくした。余り多くない収入を貯蓄し、指輪も購入した。ある日帰宅すると、彼女の荷物はなくなっていた。以降会うことはなかったが、一度だけ電話が繋がった。いくつかのやりとりの最後に、彼女は堪えるように私に言い捨てた。
「だからだよ」
この話を友人にすると、誰もが口にした。
「だからだよ」
その言葉に含まれるナニカを、私は一生理解できないのだと思う。けれど、私以外の「みんな」は、それを理解できるのだ。
「だからだよ」
この言葉は不思議な言葉だ。この一言にあらゆる意味が含まれ、その一言で私と外界は隔たれる。いや、正確には私が外界へと飛ばされる。私は怖い、理解不能な言葉を使う「みんな」が。私は怖い、「みんな」になれぬ私が。私は怖い、「みんな」でない者の末路が。
鳴り続ける雨音は、嘲るように静かだった。
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