世渡り上手

「また来たのかえ?」

 彼岸花の上で立ち尽くす僕に、小鬼がそういった。

 僕の膝くらいの身長しかない小鬼は、化粧をしたように真っ白な顔に呆れの表情を浮かべていた。手に持った提灯には、読めない文字が描かれていた。

「気を付けてはいたんですが……」

 僕がそういうと、小鬼の隣に立っていた鬼がクスクスと笑う。何重にも着込んだ重そうな着物を纏った彼女は、真っ赤な唐傘を差していた。

「今日、雨降ってないですよね?」

 僕が尋ねると、彼女はまたクスクスと笑う。早朝のように立ち込める霧が、彼女の笑みを覆い隠す。

 僕の問いに答えたのは小鬼のほうだった。

「昨夜降っていたから屋根から落ちてくるのだえ」

 ほう、と僕は上を見上げた。確かにここは谷に作られたのではないかと思うほど高低差が激しすぎるが、傘を差すほどだろうか。

 僕のほうを向いていた鬼が、川にかかる朱色の橋を見た。そこには多くの人が並んでいるが、誰もが白い衣に身を包み、病的に青い顔を無表情で連れ歩いていた。

「そろそろ帰らないと、帰れなくなりますよ?」

 鬼が口を開いた。風鈴のような涼しげな声でもあり、地獄へ連れ去る妖艶な声でもあった。

「もう少し、この風景を眺めていたいな」

 これは僕の本心だった。物質からも電子からも解放されたここの輪郭が曖昧で不透明な雰囲気が僕は気に入っていた。

 高く高く伸びる赤と黒の塔は霧に呑まれ先が見えない。白い人が入っていく、寺にも神社にも見える赤い建物には見ただけで背筋を舐めるような文字の垂れ幕がぶら下がり、その奥で人間の生き死にを小指で変えられる神的で懇情なモノが白い人々を終わらせているのを感じる。

「でも駄目ですよ。貴方は帰らないと」

 彼女の声で、僕は帰らないといけないという思いが強く心の内に舞い込んできた。

「そうだね。僕は帰らないと」

 霧が濃くなる。僕は帰る。

 遠ざかっていく鬼の可憐な笑い声に、僕はいつもずるいなぁという言葉を呟かずにはいられない。

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