青空の下で青が鳴く

 赤信号で、彼女は振り向いた。

 雲が青空の中で積み重なり始めた頃、僕らの街はすっかり人口密度が高くなっていた。土日になれば、僕らの砂浜は見知らぬ人で埋まってしまう。いつもなら地元の人たちで占領しても足りないはずなのに、一面が人で塗りたくられてしまうのだ。

 そんな砂浜を目の前にして、彼女は止まった。直前まで走っていたし、平日なら交通量も少ないから、彼女はそのまま行ってしまうのかと思っていた。

「早くしないと夏が来ちゃうよ!」彼女は右手を挙げて僕に向かって振った。「置いてけぼりをくらっちゃうよ!」

 僕は石階段を急いで降りた。切りに行くのを忘れた後ろ髪がうなじに張り付く。ワイシャツは肌に吸いつくし、ズボンの裾から取り込まれる生ぬるい風が唯一の清涼剤だった。

 僕が追いつくよりも先に、信号が空色に変わった。彼女は再び視線を返して、横断歩道を渡っていく。

 視界がぴかっとした気がした。いつか、こんな光景を見た気がする。確かこの後赤い屋根に隠れた右側の道路から、横断歩道を渡る彼女など知らないかのように、空を綺麗に反射した銀色の車に――。

 僕は息を呑んだ。そして、跳ぶように走った。伸ばした手は、蜃気楼を追うようにどこまでも伸びた。それでも彼女の背は遠くて。

「危ない!」

 彼女の声で僕は足を止めた。僕の目の前を銀色の車が、風を弾いて走っていった。彼女のほうを見れば、彼女の頭上で赤信号が光っていた。

 猫型の雲が犬に変わる頃、九つの白線を超えて僕はようやく彼女の手を握った。

「大丈夫?」彼女の手が僕の頬に触れた。

 その時初めて、自分が泣いていることに気が付いた。

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