高いところから街を見下ろすと気持ちがいい

 都心にある高層マンションのベランダから、街を見下ろす。何かもわからない光の粒がアリのように法則性のある列をなして蠢いている。

「私さ、こういう景色嫌いなんだよね」

 隣に並んでいる家主がそう呟いた。彼女の咥えている煙草がその灰を足元へと散らかしていく。

「どうして?」

「どうしてって言われたら困るけど。多分人間が嫌いだからかなあ」

 ふと部屋の中を覗き見る。綺麗に整頓されつつ生活感を忘れないその部屋は、彼女の整った容姿も相まって、「できる女の成功例」って感じだった。

「嫌いなんだ。営業マンなのに」

「嫌いでもやらなきゃいけないのよ、今の社会は」

 彼女はそういうと、まだ先の長い煙草の火を消して、床に落とした。そして胸元から新しい煙草を取り出す。わざと浪費しているようだった。

「私は世が世なら世捨て人みたいな生活をしてたのかもね。兼好法師みたいな」

「徒然草の人だっけ?」

「そう。山に籠って小さな家で誰にも会わずに暮らしてみたい」

 私には理解できない話だった。私はテレビも見たいし、化粧もしたい、美味しい物も食べたい。ただ、誰にも会わない生活はしてみたいと思った。

「なんて、実際には無理だろうね。現代人は不便が嫌いだから」

「そうだね」

 しばらく二人でじっと街を見下ろした。少しずつ数を減らしていくが、それが完全に消えることはない。

「眩しいね」

「うん、眩しいね」

 ちょっとだけ、明日は家に帰ろうかな、なんて思ってしまった。

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