第52話 エルフな勇者さまの苦悩?(1)

(うぅ、ううう、こ、こいつか、こいつ。こいつなのか? 勇者である私エルの純情、乙女、純血を破壊、奪った者! 憎き男は!)と。


(やっぱり、殺してやる!)とも、私は、自身の眼下で寝ているこの男──。魔王の奴の容姿を見下ろしながら、自身の脳裏で呻る。


 だって、先程も私が説明をしたけれど。魔王は私を自身の物にしたからと。こいつは本当に無防備……。



 そう、この男は大変に気持ち良さそうに「すやすや」と深い眠りに陥っている容姿を凝視すれば。


 私は魔王を殺害し、奴の身体をバラバラに引き裂いて、荒々しい獣達の餌にしてやりたい衝動へと更に駆られてしまう。


 だから私は、魔王の背後へと周り、座り込み、奴の首元へと、私の二の腕を回して──。


 そのまま魔王の首を絞め、殺してやりたい思いはある。


 まあ、気持ちはあるのだけれど。


 それができない。


 まあ、できないの。やはり先程説明した通りで、私は本当に軟弱な者のようで。自身の生娘を奪った者……。


 それがいくら自身の怨敵である魔王であろうとも、ちゃんと責任をとってもらい。


 この私を妻にしてもらいたいのだ。


 それも? この男は皇帝だから、もう既に自身の身の回りの世話をする女性達が、何人かはいるとは思うけれど。


 その者達は皆側室、妾にするか、里に帰らすかをして。この私を女王として迎えて欲しいの。


 それだけ、してくれれば、私は魔王……。


 いや、陛下の為だけに一生尽くす、良い妃になるから。


 私はこのひと、陛下に、この提案を告げたくて仕方がないから。


 私は大変に困っているの。


 だから私は背後から、陛下の首を、自身の二の腕で閉め、殺す訳ではなく。陛下の首筋に接吻や頬ずり。そして耳へと甘噛みしつつ。


「陛下~。陛下~。愛している~」と。


 私は呟きつつ、甘えていると言う訳なのですよ。


 やはり土壇場になると私は駄目な女だから、陛下の事が愛おしくて殺せない。


 だって人の姿に変わった陛下は、あの化け物容姿ではなく。本当に愛らしい上に、私が産まれ育った国では見かけない、この顔立ちが本当に可愛らしく。愛おしくて仕方がない。


 だから私は意地でも、このひとの妃になるの。


 そして人の王国の勇者から、亜人族の女王へと変わるつもりでいる。


 だって私は、家柄だって悪くはない家の娘……。


 そう、代々勇者を輩出してきた伯爵家の令嬢、一人娘なのだ。


 それに我が家は、王家とも親族関係に当たる家だから。


 私が本家の為に、他国の女王になる為に嫁いでも何ら可笑しくはない家柄の娘……。



 だからわたしが勇者と言う事もあるけれど。本家の国王の代わりに私が総司令官となり。亜人の国を平定していた訳だからね。


 まあ、そんな高貴な家の出の、娘である私だから。この国の女王に私がなれば、この長きにわたっておこなわれてきた、人種と亜人との侵略戦争は、完全に終焉を迎えるようになる。


 だって亜人族の王家は、私の里の本家──王家とは親族になる訳だから、国同士が争う事は可笑しいし。もしも私の民に伯父上様や従兄弟(お兄様)が危害を加えるようならば。


 私が二人へと怒鳴り込んで呻り、噛みつくぐらいは、二人も分かっている筈ですから。


 陛下は私を妃──。女王の座につけても、何の損はしないどころか? 得するばかりの筈?


 だって何代も続いてきた人と亜人魔族の戦が終焉を迎え、幸せな世がくる訳ですから。


 陛下は、自国の民の事を思えば、私を女王に据える事が得策である訳だから。


 私は陛下に上から目線で責任をとってもらい。必ず女王にしてもらうつもりだから何の心配もない。後は陛下が目を覚まして、私の要求に対して『うん』と頷けば。それで終焉し、ハッピーエンドで、勇者と魔王の恋愛物語は終わりになる。


 だから私は、


「スウ、スウ」、


「グウ、グウ」


 と、寝息を立てながら、幸せそうに眠る陛下へと。


「陛下~、陛下~」、


「あなた~、あなた~」、


「早く起きて~、起きてよ~」と、甘えながら声をかけ続けるの。



「う~ん、むにゃ、むにゃ、宇宙人さん……。僕は君が好きだ。愛している……」、


「僕は貴女の誘惑光線を食らい。頭の中がくらくらです。だから結婚してください。むにゃ、むにゃ。かしこ……」



(……ん? 何? このひと? 今私以外の女の名前を呼ばなかった? と、言うか、呼んだのだわよね、確かに?)、


(それって一体どう言う事なの?)


 私は陛下の口から。私以外の女性の名前……。


 それも陛下の口からは、『愛している! 好きだ! 結婚してくれ!』と、私以外の女性に対して結婚の申し込みをしている夢を見ている様子を見てしまう。


 だから私はどうしよう? じゃ、ないよね?


 そう、こいつ! この男は許さん! 私という妃がいるにも関わらず、このひとは……ではなく魔王──!


 そう、魔王は貴女の敵でしょうエル……。


 だからエル、勘違いは駄目! 魔王は貴女の怨敵なのだから!


 それにエル魔王は、貴女が大事にしていた物……。


 貴女が将来の夫になる男性ひとの為にと。貴女が大事に保管していた乙女の純血を。魔王は貴女が寝ている事を良い事に、隙を見てパクン! と、美味しそうに食べた男……。


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