第8話 公園にて/独白
「僕は――平行世界の自分を見ることができる」
ほとんど独白のような僕の呟きを、美井路は上手く消化できないようだ。
「へ……?」
目を大きく開き、口から驚きの声を漏らす。
「君に同情しているわけじゃない、ただの事実だ。信じられないかな?」
灰谷の真似をしようとしているわけではないのに、自然と僕の口元にはつまらなそうなニヤけ顔が浮かんでいることだろう。
「いえ……」
彼女は狼狽したかのように軽く震える。僕の瞳の中に燃える青い錆色が恐ろしかったのかもしれないが、どうでもいいことだ。
「平行世界の僕は本当にすごいやつなんだ。容姿端麗、成績優秀……そして性格も良くて人気者。いつも人の中心にいて、誰もが彼に対して好意を抱く。なんというか……僕の、葵奉助の完全体っていう感じ。身長も体格も、そして顔も同じはずなんだけど、どこかで何かを幾ばくか、決定的に違えてしまった」
一度口にし始めると言葉は滑らかにつながる。
頭をよぎるのは、在りし日の記憶。まさに道を違えたその瞬間。夕日の中で僕はアイツの背中を追って――そこまでで思考をシャットする。
今するべき思考じゃない。
思えば、こういう風に自分の柔らかな部分を話したのは灰谷に続いて二人目だ。彼女に入学式後の飲み会で話したときに、まさかもう一度同じようなことをやるはめになるなんて予想だにしなかった。
「……」
美井路は僕が嘘を言っているなんて思っていないのだろう。真剣な表情で僕の言葉の続きを待っている。
「アイツは、僕の視界では美しく、あまりにも美しい青色をまとって現れる。とてもじゃないがまともに見たくないね。自分の惨めさが、可能性はあったはずなのにそうはなれなかった、失敗作である僕が目につく」
僕の言葉を耳に入れるに従って、美井路の顔はどんどん青ざめていく。
『美しい青色』
彼女が言っていたそんな言葉が、僕の柔らかな場所を不躾にえぐっていたことに思い至ったのだろう。
「そんな……!」
彼女が何かを続けようとしたのを遮って、僕は大声をあげる。ほとんど八つ当たりみたいなもので、自分の愚かしさに嫌気が差す。
「君の言う美しい青色というのは!……間違いなくアイツのものだ。そして君の言う汚泥のようなこびりつきがこの僕さ。ほら、君の感覚が僕にも少し分かるだろ」
にやりと歪ませた口元は、彼女にはどのように見えるのだろうか。灰谷のようにきちんと笑えているだろうか。
美井路は、喉の奥から何かを絞り出すように口を動かす。しかし、何か音として発せられることはなかった。ただ、ぱくぱくと、寒さのせいか血色の悪くなった唇が上下に動くだけだ。
そこまで言って、僕は立ち上がる。冬の残滓が身も心も凍てつかせていた。
喫茶店なんてどうでも良いから、自分のベッドで眠りたい。またアイツを家の中で見かけるかもしれない、なんて思いよりも、ただ泥のように眠って自分の感情も感傷もリセットしたかった。
「これで話はお終い。さっきは僕も灰谷も感情的になって悪かった……確かに怒っていたけど、灰谷も本気でクソだなんて言ったわけじゃないと思うよ。アイツはちょっと友達思いで、いいヤツなだけなんだ」
「……」
美井路はうつむいて何も言わない。
「それじゃあ、さようなら」
もう話しかけてくることはないだろう。
僕と美井路の間には溝ができてしまった。これを乗り越えるなんて並大抵のことじゃない、そう思ってしまう。
初めて出会った同族の彼女。彼女の願いをすくい取ってあげられる、そんな振る舞いができない自分に嫌気がさす。
そんな思いがあっても、アイツみたいな行動を取ることを心も身体も拒絶していた。
だからこそ、美井路。
さようなら、さようなら。
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