勇者の推し事 ~護衛対象の見習い聖女のファンだと絶対に気付かれたくない、後方腕組み応援以外を知らぬ悲しき獣おじさん~
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勇者の推し事 ~護衛対象の見習い聖女のファンだと絶対に気付かれたくない、後方腕組み応援以外を知らぬ悲しき獣おじさん~
タック
勇者の推し事 ~護衛対象の見習い聖女のファンだと絶対に気付かれたくない、後方腕組み応援以外を知らぬ悲しき獣おじさん~
ノヴァ・オールマイティ・アルテマーニア。
彼は魔王を倒した勇者であり、一人ですべてをこなす最強の男だ。
身長は二メートルを超えるガッシリとした体格、近付きがたい傷だらけの強面で無口。
無骨な金属鎧と聖剣エクスマキナを装備していて、誰からも畏敬の念を抱かれている。
「の、ノヴァ様……今日はこのような護衛を受けてくれてありが……じゃなくて、受けてくださって感謝致します……!」
危険な街道を歩くノヴァの横に、一人の小さな女の子が萎縮しながら歩いていた。
まだ幼いために背が低く、起伏の少ない身体を白と紺の質素なドレスで包んでいる。
少し癖っ毛の金髪に、赤みを帯びた柔らかそうなほっぺたが特徴的だ。
彼女は護衛対象のルル・シャルルマーニュ、見習い聖女である。
「こ、こら! 見習い聖女ルル! ノヴァ様に失礼な口を利かないように!」
その前を道案内のシスターが歩いている。
どうやら、ルルの教育係らしい。
「本当に申し訳ありません、ノヴァ様。このルルはまだ見習い聖女で、とんだご無礼を……」
シスターはペコペコと頭を下げていて、ノヴァはそれを一瞥しただけで何も言わない。
それでもシスターは謝罪し足りないのか、次に感謝の言葉を述べようとする。
「報酬も少なく危険な道で、冒険者の方々に護衛依頼を受けて頂けなかったところを……まさかご高名なノヴァ様が……」
「良い、気にするな。丁度、散歩がしたかっただけだ」
「さ、散歩!? 百人近い盗賊団が出没するという、この道で……!?」
ノヴァは謝罪や感謝、それに驚かれても表情を動かさない。
質実剛健、まるで何にも興味を示さない岩のような男だった。
魔王討伐などで多額の報酬を得ても散財せず、英雄によくある色恋沙汰もとんと聞かない。
そのノヴァが、安い金で見習い聖女を護衛するだけという、つまらない依頼を引き受けたのだ。
依頼を受けた瞬間、ギルド中がどよめいたのは言うまでもない。
先ほどもシスターが気にしていたように、なぜこの依頼を受けたのかは謎である。
「……止まれ、前に何かいる」
「は、はひ!」
緊張しっぱなしのルルは思わず噛んでしまった。
シスターはゴクリとツバを飲む。
「念には念を入れる。個体数は1だが、使い魔や、姿を変えた上級悪魔、皮を被った自立型レリックという可能性もあるからな」
ノヴァは視界の外にいる存在に意識を集中した。
無詠唱で神域魔法を三つ発動。
魔力解析、エーテル解析、体組織透過。
主神レベルの変身でも見抜くことができる。
「よし、ただのウサギだ」
低い声でノヴァがそういうと、数秒遅れて真っ白い仔ウサギがピョンと跳びだしてきた。
「わっ、かわいい~!」
まだ八歳の女の子でもあるルルは、やってきた仔ウサギを抱き締めて笑顔を見せていた。
「ふわふわしてる! わたあめみたい!」
「ど、どうなさいましたか、ノヴァ様?」
シスターが、横にいるノヴァの異変に気付いた。
今まで見た事もないような険しい表情で両腕を組んで、プルプルと震えているのだ。
「も、もしかして……ノヴァ様は護衛されている最中なのにはしゃいでしまっているルルをお怒りに!? 申し訳ありません、今すぐ止めてきま――」
「……いや、良い」
ノヴァはただ一言だけ呟き、さらに険しい表情をしていた。
しかし、胸中では――
(るるんたんッ! 可愛すぎるぞ……!)
るるん――ルルの愛称を叫びそうになりながら悶えていた。
実はこの最強の勇者ノヴァ・オールマイティ・アルテマーニアは、見習い聖女ルルの大ファンであった。
普段は世間体もあって顔を隠してだが、ルルの説法があれば絶対に見に行くし、教会への援助も『悲しき獣おじさん』という偽名で行っている。
(だけど、るるんたんに強面のおっさんがファンだと知られたら気持ち悪がられてしまう……。何としても俺の――悲しき獣おじさんのリアルは隠し通さねば……)
そんなノヴァの極限まで葛藤している表情筋を見て、またしてもシスターはハッと気が付く。
「もしや、ノヴァ様は……わざと幼いルルに隙を作らせ、山賊団をおびき寄せて一網打尽にしようというのですね……!? さすが単身魔王城に乗り込んで全滅させた、血も涙もない最強の勇者様……」
(すごい誤解されちゃってるよぉ……。ただ、可愛いウサギさんと、可愛いるるんたんが一緒に映っているショットを網膜に焼き付けたいだけなのになぁ……)
ノヴァは下手なことも言えず、いつものように無言で腕組みを続ける。
この幸せな時間を過ごせるだけで、今回の護衛を受けて良かったと思える。
(他のファンクラブ会員には申し訳ないが……あとで挿絵付きの50万文字レポートを頒布するから許してほしい。そうだな――タイトルは、可愛いるるんたんと仔ウサギ――)
「ヒャッハー! こんなところにカモがいるぜぇー!」
「ノヴァ様! 思惑通りに山賊が!」
(そう、タイトルは可愛いるるんたんと仔ウサギたんと山賊たん……山賊だと!?)
ノヴァは脳内麻薬がドバドバの幸せ状態から、現実に引き戻された。
いつの間にか周囲を山賊たち数百人に囲まれていたのだ。
「たった三人で、この山賊団様の道を通るたぁ、よっぽどの命知らずだなぁ!」
「まったくだぜぇー!」
「ヒャハハハ! ヒャッハハハハ! ヒャハハハ!」
山賊は斧を掲げたり、シミターをギラつかせたり、五七五で笑いながらナイフをペロペロしていた。
「ひっ」
それを見たルルは、仔ウサギを抱き締めながら縮こまってしまう。
ちなみに道案内のシスターは土下座をしていた。
「わ、私は何の関係も無い人間ですし、すっごい性病持ってますから私だけはお助けを! どうか私だけは! 山賊様のことは絶対に誰にも話しませんし! 足だって舐めちゃいますよ!」
「おぉっとぉ、安心しなぁ。身ぐるみ剥いだあとは殺しはしねぇからよぉ……ってか、さすがに命乞いでもそれは引くわ~……」
弱そうな少女と、いきなり他人のフリをして助かろうとするシスターはどうでもいいと思ったのか、山賊は残りの一人――ノヴァに視線を向けた。
「で、そっちの図体がデカいお前はどうする? まさか、この人数差で抵抗はしな――」
「るるんたんとシスターに対して五感遮断魔法……完了」
「は? こいつ、何を」
そこに鬼――いや、単独で魔王城を全滅させる勇者が、そのとき以上の気迫を漲らせていた。
「ッッッッッッッるるんたんを怖がらせたあげく、身ぐるみ剥ぐとかエッチなNGワードを聞かせるとは何事かぁー!! 天に変わってぶっ殺す!」
「「「「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!」」」」
数秒後、聖剣が千本に分裂して踊り狂ったのだが、あまりにも地獄絵図だったのでルルには見せられないし、聞かせられない。
「あ、あれ? 山賊さんたち、いない……?」
「……
五感の戻ったルルが見たのは、ただの街道だった。
山賊の姿は疎か、血の跡すらない。
ノヴァの〝処理〟は完璧である。
「さすがノヴァ様! わたくしは信じておりましたわ! 英雄への恋心にハートがバクバクですわ! ノヴァ様が一番ですわ!」
一瞬で掌を返したシスターに対しては、無言になるしかなかった。
(こんなのが教育係で大丈夫なのか……るるんたん……。俺が守ってやらないと……いや、ダメだ! こんなことを繰り返してはファンの領域を逸脱してしまう! やはり、るるんたん分は一歩引いたところで摂取しなくては……)
「怖かった……けど、ノヴァ様がいるとホッとする!」
「そうか」
(うおおおおおおお!? るるんたんのために行動できて嬉しいよー!!)
表ではぶっきらぼうな一言だけで、内心はテンションが上がりすぎていた。
ルルはまだ少し震えているようで、その小さな背で届く精一杯の場所――ノヴァの手と手を繋ぎたそうにしていた。
それに気付いたノヴァは、神技〝瞬歩〟で残像を出しながら回避する。
「き、消えた……?」
「俺はただ護衛の仕事をしているだけだ。慰めてもらうなら、そちらのシスターにしろ」
「あ、はい……ごめんなさい」
(推しに触れるとか万死に値するルール違反だ……! ごめん、るるんたん! ごめん! ごめん! ごめん! ごめんよぉぉおお!! 悲しげな顔あああああああああああああああああああああ!!)
三人は無事目的地まで到達して、ノヴァは依頼を達成した。
後日、謎の〝悲しき獣おじさん〟から教会宛てに5000万ゴールドの寄付があったという。
勇者の推し事 ~護衛対象の見習い聖女のファンだと絶対に気付かれたくない、後方腕組み応援以外を知らぬ悲しき獣おじさん~ タック @tak
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