第3話 上座か下座かそれが問題だ!

 配膳人の仕事の殆どは配膳ではなく配膳以前の準備なのですけれども、今回はテーブル作りについてお話してみるね!


 うちの海辺のホテルは近所の学生に向けて、テーブルマナー講座みたいなものをやっており、そわそわしながら席に座っている中学生相手に「ナイフとフォークは外側から使ってね♡」とか「グラスは持ち上げなくていいよ♡」とかを言わなくちゃいけなかった。


 私は配膳の仕事をするまでコース料理を一度も食べたことがなかったし、なんなら配膳人なんていうものは全員底辺も底辺のド庶民なので、これが終わったら余ったヒレ肉を手づかみで食べながら残飯処理をするような人間なのである。マナーとかちゃんちゃらおかしい。


 で、その卓にナイフやらフォークやらを並べる仕事が結構楽しい。


 まずコース料理の内容を見て、ミートやらフィッシュやらデザートやらの各種シルバー(カトラリーのこと)をめちゃでかいお道具箱の中から100本とか150本とか取り出して、皿洗い機に流して、一本一本綺麗に拭いて、テーブルクロスしかない状態の机に、どかーん、と適当に置く。


 それを席次表を見ながら左右均等に美しく並べるのである。


 これが体調によってはなかなか難しい。そもそも直立していることが難しいような人生綱渡りの神経衰弱人間には、真っ直ぐということがどういうことがわからない。テーブルクロスが白いので指針もない。


 若干ハの字になっていたり\わーい/の時みたいに広がっていたりすると、イケメンジャイアンに尻を蹴られる。あとナイフに傷がついていたりするとみんな私の卓からきれいなナイフとフォークを盗んでいくので集める所からやらなきゃいけない。でもとても楽しい。何かを綺麗に並べるのってとっても楽しいよね!


 クソつまらん話になってしまった。


 シルバー準備の前に重要なことが一つあって、それが座席の上座下座認定である。結婚式だとさすがに全部決まっているが、小規模な宴会や食事会などのお祝いの場合、上座を見極めナプキンを鶴的なものにしておかなくてはならない。


 そんなことも上座に座ったことのない配膳人が行っているのである。


 一般的な上座下座はドアから遠いところとか、お誕生日席的なところとかでわかりやすいけれど、あまり使わない部屋だとよくわからない。


 いつだか、ドアの位置が端じゃなくて部屋の真ん中くらいにあって、お誕生日席もない部屋の担当になり、イケメンジャイアンと二人での担当だったので「あとやっとけ」と言われて一人で上座判定とシルバーの準備をしなくてはいけなかった。


 長机的な席に対面で6人と7人くらいの規模の宴会で、セオリー通りならばドアから遠い場所の端が上座だろうと思われる。でもこの部屋の場合それはドアが真ん中にあるので端がわからない。あと長机の場合真ん中が上座という説もある。しかも、なんか知らんが壁に絵がかかっている。ちょっと前、和食担当の着物のエッチな配膳人に「床の間のある部屋は床の間の前が上座だよぉ~」とボディタッチをされながら教わったのを私は痛烈に覚えていた。


 絵の正面に席はない。そもそも床の間と絵は同格なのか? などと思っているうちに時間が過ぎていく。どうして上座を確認しておかなかったのだろう。ちょっとくらいは蹴られるかもしれないが、確認するべきだった。


 結局、ドアが正面に見える真ん中の席を上座とした。喜寿だか米寿だか知らないが、今どきこんなホテルの一室でお祝いをするご家庭があるのかと思うと、格差社会に目がくらんで、くらんだついでに気付けとして桜茶を盗み飲んだ。


 桜を塩漬けにしてお湯掛けて飲むなんて天才じゃないか!?


 感動していたら一服を終えたイケメンジャイアンが帰ってきた。

「まだやってんのか」

 白夜行のときの山田孝之と柴犬をまぜて割ったような顔をしている。

「終わりました!」

 桜を飲み込みながら答えると、イケメンジャイアンは卓の上を眺め、お花ナプキンの置かれた私の上座を指した。

「なにこれ」

「お花です。この前教わりました」

「お前ババァここに座らせるの?」

 ババァというのは喜寿だか米寿だかを迎えるお客様のことだろう。

「だめですか?」

「なんでここ座んの」

「ドアから遠いし、真ん中だし」

「ババァここに座って何が見えるんだよ」

「え、息子?」

 舌打ちされた。

 イケメンジャイアンはお花ナプキンを対面の皿の上に移し替えて、よく覚えておけというようなことを言った。


「ババァはな、海が見てぇんだよ!」


 ふと見ると、窓があった。

 というかずっとあった。なにせ海辺のホテルだ。確かに海が見える。


 なるほど、上座下座判定には人の心の機微も加味する必要があるらしい。


 イケメンジャイアンが喉が乾いたというので、桜茶を入れた。ついでに私ももらっていいですか、と断りをいれてはじめての顔をしてもう一杯桜茶を飲んだ。

 

 ドアの正面にある窓は大きめで、敷地内のプールの向こうには、黒くてどんよりとした汚い海が広がっている。ババァ本当に海みたいか? と思いながらじょりじょりしてる桜を食べた。

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