第6話「手記による、二代目教団の諸事情」

ヒサの死がマスコミを通じて世間に発表されると、その後継として教団を背負う貴巨にも必然的に世間の注目が集まるようになった。奥多摩の神殿に閉じこもって全くその姿を見せようとしない二代目教祖への世間の反応は好奇に満ちていて、母親ヒサの美貌を受け継いだ美男であるとか、母親同様の全盲が災いして、白目の醜態にコンプレックスを抱えている、など様々な憶測が飛び交った。 

いずれの憶測も事実からはほど遠い印象のものだったが、その事実確認に躍起になった記者たちが連日のように教団本部へ押し掛けて取材を申し込むので、教団はその対応に追われて一時騒然としたものだ。そんな事もあり、これから教団を率いて行かなければならない人間の姿を世間から隠し続ける事に限界を感じた私は、安西と幹部連中だけを集めた会議で公の場に教祖が姿を現す時の代理、つまり影武者となる者を教団の人間から立てる案を検討する事にした。

貴巨の異形が一般の人や末端の信者に与える衝撃は計り知れない。多くは教団を離れ、これまで教団が享受して来た神の恩恵は悪魔の所業の賜として、世間からカルトの汚名を着せられることになるだろう。教団の存続さえも危ぶまれるこの事態を打破出来るのは表向きの代理教祖を立てる事以外にないと思われた。

安西は会議の場で、教祖不在で代理の案を検討する事に不服を示した。教団の行く末を決める事柄は全て神の意志、それはすなわち教祖の意志決定によってなされなければならないものだと主張し、貴巨を蔑ろにして密かに動こうとした私の行為を咎めたのだ。安西の忠誠心は初代教祖のヒサだけでなく二代目教祖の貴臣に対しても絶対的なもので、代理教祖の件に関しては教祖の一存次第だ、と言い切って一人席を立った。

その時の私は貴臣の父親、そして二代目教祖の養育者という立場で思い上がっていたのかもしれない。ヒサには及ばないにしても貴巨にも神の奇跡を顕現する力は付与されている。それゆえに教祖なのだ。

教団の真柱が仮物であっていいはずがないのだ。ヒサを失った空しさからか、私はその事をすっかり忘れていた。

私はお勤めを終えた貴巨と二人だけで神殿に籠もり、教団の今後について、二代目教祖が考える本音の意向を真正面から受け止める事にした。

「私の姿が世間的にすごく醜い物である事は自覚しております。たやすくは受け入れてもらえないでしょうね。それでもこれが事古主様が人間に望む真の人の姿であるなら、私には世に自分の姿を示して、多くの人を事古主様の安らぎの下に導く使命とします。いずれ機会を設けて、私は堂々とこの姿を世間に公表するでしょう」

私はこの二代目教祖の決意を安西以下幹部たちにも伝え、なるべく早急に二代目教祖を公の場に登場させる手筈を整える事にした。

安西の機転と人徳を利かして考案した二代目教祖お披露目式は、教団が日頃から懇意にしていた政治家や大手企業の社長、マスコミ関係者などを招いて、奥多摩の教団総本部にて盛大に行われた。

二代目教祖貴巨が初めて教団の外に顔を出すのだ。少しでも見た目の印象を良くするため、私たちは貴巨が着る神官の衣装や立ち居振る舞いの指導などに細心の注意を払って式に臨んだ。

神殿の正面口の庭を式場に、錚々たる顔ぶれの列席者たちが興味深げに控える中、神殿内での祈りを終えた貴巨が整然とした歩みで公衆の面前に初めて姿を現した。

私にとっても教団にとっても緊張の瞬間だった。マスコミのカメラが一斉に貴巨へ向かったが、そのシャッター音が響いたのはほんの僅かで、すぐに誰もが目の前に現れた異形の教祖に対して唖然とした表情を浮かべていた。 列席者の中にはひどく怯えて狼狽する者やあからさまな不快感を示す者もいたが、混乱する式場内において渦中の貴巨だけが一人毅然とした態度で佇んでいた。

「皆様が私の姿に驚かれるのは無理のない事です。根来之御魂教団初代教祖折口ヒサに代わり、二代目教祖となる私、折口貴巨は生まれながらにしてこのような姿でございます。御覧のとおり、人の常識からは大きく外れた異形でありますから、集まって頂いた方の目には見るに耐えない醜悪なものとして映っている事でしょう。ですが私の話をよく聞いて頂きたい。この人から遠ざかった私の姿こそ、我が教団が崇める事古主への回帰の証。すなわち人間が神人として本来持つはずだった神の似姿なのです。事古主の子として未来永劫にその加護を約束されています。事古主を崇め、一心に回帰を望む者は皆等しく私同様の姿を取って、神と共に世の建て直しを進め、やがて一切の苦しみがない至福の世界へと至るのです。信者の皆様、そしていつも教団を応援してくださっている皆様、何も恐れる事はありません。私のこの醜い姿が尊いものである事を信じ、共に神の道を付いて来る者は必ず救われます。……とは申しましても、私のこの姿に恐れを抱き、懐疑的な気持ちを持つ人がいる事も当然認めなくてはいけません。だからこれを機に教団の信仰から去る者が出たとしても私はそれを咎めません。私は二代目教祖として、初代教祖の偉業に恥じぬよう、今後どのような困難が待ち受けても、それに屈せず邁進する所存でございます。今私は事古主様に自身の信仰を試されているのです」

皆がその奇形な顔立ちに注目する中、貴巨は神殿からそんな一同の好奇と畏怖の視線を跳ね返すように見渡して、一切の感情を表に示す事なく、二代目教祖としての決意と信念を粛々と語った。

私はその静かに響く演説にかつてヒサが見せた孤高の姿を重ね、ひたすら神に仕えて精進する事を余儀なくされた二人の間にある、親子の情を越えた強い絆みたいなものを確かに感じた。そして貴巨が血の通っている我が子であるという事実を忘れ、私はこのお披露目式を機に養育者としての役目を自ら解き、晴れて教祖と信者の関係になる事で、私は残りの人生も引き続き教団と運命を共にするつもりでいた。

その後マスコミが世間に流布した二代目教祖の実像は、案の定、怪奇な印象を主体にした見せ物小屋の宣伝文句のような言葉ばかりで語られ、教団の内外に大きな波紋をもたらした。

全国の支部で末端信者たちの脱退が相次ぎ、信仰に熱心だった信者たちの間にも他の教団に鞍替えする動きなどが見られた。

教団が拠点を置く地域の住民たちは、以前まで無関心か寛容な態度で接していた教団の活動に、悪魔崇拝を想像した不名誉な疑惑を抱くようになり、信者たちに向けられる視線や言葉には批判や監視の含みが明確に見て取れるようになった。

その結果我が教団は全盛期の半分の信者を失い、活動の規模もそれに合わせて縮小の一途を辿った。世間の信用が失墜した事を理由に、懇意にしていた有力者たちの後ろ盾も減り、教団は社会から孤立したような状態で、残った信者たちの厚い信仰だけを支えにしてその活動を細々と維持させた。

既存の宗教が示す神、またはそれに仕える聖者たちの姿は、いずれも溌溂とした老若男女の貴く美しい姿として、当然のようにその宗教芸術の中に描かれる。実像はどうあれ、既存の宗教が神秘的なものを美化し続けて来た慣習の効力は絶大で、いつの世も世間は神秘の対象であれば美しいものだという思い込みを潜在的に持っている。反対に生理的な不快感を与えるような醜い姿は悪の顕現として神に裁かれる非情な運命を背負わされて来た。それゆえに異形の神である事古主とその顕現である貴巨がどんなに貴い存在であるとしても、その主張は闇雲に世間をかき乱すだけで、教団が理想とする事古主への回帰は常軌を逸した集団の戯言して、教団の枠を越えて浸透する事はなかった。

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