第4話「根来神話」

この世がまだ形の定まらない泥の海に漂っていた頃、その泥の海の根の底にある古宮(ふるいえ・神の座していた社)に「事古主命(ことふるぬしのみこと)」という一柱の神がおりました。そのお姿は八尋ある水母くらげのようで、その身は蛇の鱗を纏っているようでありました。

ある日事古主命が泥の海から顔をお出しになりますと、そこに何処から現れたものか、八尋ある羽を持つ二足の蜥蜴のような神が水面を漂っておりました。

その神曰く、

「吾は常世の国よりこの海にたどり着いた蓮蛇命(はすだのみこと)と申す者なり。汝は事古主命か? 吾と汝は元は常世の兄弟神。ついては共にこの泥の海を押し固め、たくさんの子を産み生やして治めていきたいと思うが、汝これを如何とする?」

事古主命曰く、

「蓮蛇命よ、吾と汝が真の兄弟神ならば、その証となる物を示せ。それが叶うならば、吾は汝と共にこの泥の海を押し固め、たくさんの子を産み生やして治めよう」

これを聞いた蓮蛇命は空に浮かぶ星の一つをその八尋の羽で覆い隠した。すると事古主命、ふいに怪しい眠りに誘われて、泥の海の根の底の古宮に沈んでしまわれました。

そこで蓮蛇命がまた星を元に戻すと、事古主が再び泥の海から顔をお出しになりました。 

蓮蛇命曰く、

「事古主よ、これが吾と汝が兄弟神である証なり。さぁ、共に泥の海を押し固め、子を産み生やして治めよう」

こうして事古主命と蓮蛇命は二柱で泥の海を押し固めて形を成し、最初に大小いくつかの島を造り、その後に太陽を司る神と月を司る神を産んで、島に昼と夜とを分けました。その後に山、川、森を司る神が産まれ、その下に火、水、土、風を司る神を仕えさせました。

こうして島が豊かで賑やかな眺めになり、たくさんの植物や動物たちの姿も島に見られるようになりました。

そんなある日、事古主命曰く、

「蓮蛇命よ、吾と汝によく似たものをこの島々と海とに産み分けて治めさせようと思うが、如何に?」

蓮蛇命曰く、

「事古主よ、それでは吾に似たものに島々を、汝に似たものに海を治めさせよう」

事古主命曰く、

「いやいや蓮蛇命よ、吾と似たものに島々を、汝に似たものに海を治めさせよう」

こうして二柱の兄弟神は島々と海のどちらに自分と似たものを住まわせるかで言い争いました。そしてとうとう争いは激しさを増して、二柱の神の力較べによる災いが島々を覆いました。

争いを見かねた島の神々たちは、事古主と蓮蛇命の力較べの際に降ってきた曲津まがつの垢をこねて、二柱とは似ていない人型を造り、これに島々を治めさせてはどうかと、荒ぶる兄弟神にお伺いを立てた。

これに事古主命曰く、

「これで兄弟の争いが治まるならば、吾はこの人型の祖となり、この人型のため一日に千五百の産屋を立てよう。そしてこの人型がいつか吾の姿に似るのを待とう」

これに蓮蛇命曰く、

「汝がこの人型の祖となるならば、吾は常世に戻り、一日に千頭の人型を絞り殺そう。汝、海の底の根の古宮に戻り、これを末永く見守るがよい」

蓮蛇命、再び兄弟の証である空の星を羽で覆い隠すと、事古主は怪しい眠りに誘われて海の根の底の古宮に鎮まりました。そして蓮蛇命も常世の国に戻られ、災い去って、ようやく島々と海が平定しました。

これがこの世と人の起源であり、人の行いにだけ善悪の区別があるのは、兄弟神が争った時の垢で出来たからであります。

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