掌編「揺れる」

 人の心というのは身勝手なものだ。

 そんなことを今更、思ったりする。



 CT造影検査の結果を聞きに病院へ行くという前夜。

 気持ちは落ち着くはずもなく「大丈夫」と「だけど、もしも」の間で行ったり来たりを繰り返している。



 遠距離の恋人とはコロナ禍で逢えなくなって三年目になる。


 二十数年前に亡くなった夫との日々は決して幸せばかりではなかった。



 心に傷を負ったわたしを支えてくれたのは恋人の温もりと優しさで。

 だから逢えなくなっても、こうして繋がっているのだと思うけれど。


 それでも時が過ぎれば過ぎるほどに、青春を共に過した夫との日々が胸によみがえる。

 現世では、もう二度と逢えないから、尚更に想い出は切なくも愛おしい。



 この不安な夜に、わたしが想うのは、どちらのひとなのか。

 現世の恋人か彼岸の夫か。



 相手ひとの気持ちの全てをわかることが難しくても、自分の気持ちは少なくともわかっているつもりだった。


 でも、今、わたしは揺れている。

 この世との世の淡い狭間に立ったその時に、わたしの手を強く引き寄せてくれるのは、どちらなのだろうと。


 わたしは、そのどちらを望んでいるのだろうと。



 結局、わたしは自分のことしか考えられない身勝手な人間なのかもしれない。


 だから、どちらの手も引き寄せて貰えないことを、こんなにも恐れている。



 今夜、心は頼りなく揺れている。

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