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なるほど、確かに世話をしてくれる大人がこいつには必要だ。口ばかり達者で態度も尊大、だけど体も心も子ども……。放っておいたらこの家で、誰にも知られず息絶えていたなんてことになるかも知れない。
「なんだ、その、魔導術とやらで、食材を調達することはできないのか?」
ロファーの問いに「できるよ」と、魔導士はあっさり答える。
「だけどそれは、どこかにある物をこの場に移動させるだけで、いわば盗みだ」
と続く。
「幾ら魔導術でも『無』からは何も生み出せない」
「それじゃあ、食材があれば、料理はできるんだ?」
「魔導術で、ってこと? 調理法が判っているならできなくはない。宙に散在する神秘の力を使って瞬時に調理させるんだけど、手段が判らなきゃ、どう働かせれば良いか判らない」
「神秘の力ですか……」
「常人のロファーは知らなくてもいい事だけど、魔導術って結局のところ自然界に存在する『神秘力』を利用しているんだ」
神秘力を集結させ、都合のいい方向に作用させる。そこに存在する物を利用するだけだから、学んで技術を身につければ、基本的には誰でも魔導術は使えるようになる。ただし高度な術は個人の資質も無視できない。魔導士になるには才能も必要だ。
「簡単な魔導術は知らないうちにみんな使っているよ」
痛みのある場所を手で撫でると多少の痛みなら取れる、とか、親しい者同士が目を見合わせるだけで意を通わせるとか、あれは全部魔導術と同じ力の作用だ。
「で、神秘力というのは、自然界に存在する、意思とでもいうもの」
簡単に言えば、季節になれば花が咲き、やがて実を結ぶ。雨が冬の寒さで雪に変わる。言葉という音の羅列が意味を持つのも神秘の力が働くから、音楽も同じだ。判りやすいのは火。その力で様々なものを変容させる。
例を挙げたらきりがないからこの辺にするけれど、そういった変化を起こす力、それが神秘力だ。
「なるほど」
とロファーが頷く。
「魔導術で何でもできるというわけじゃないことはよく判った」
「んー、まぁ、そうだね」
と言いながら魔導士の目は『こいつ、判っちゃいない』と言っている。
だけど、それを指摘するより話を先に進めたいのだろう。
「それで、厄介なのは『神秘力』の中に『魔力』というものも存在するということだ。この力はどんな力の強い魔導士でも使えない。ただ、少数だが生まれつき魔力を操れる者もいる」
その操れる力は魔導術とは全く別だ。それをうまく使えればいいのだけれど、たいてい暴走させてしまう。赤ん坊に理性を持て、と言ったって通じるものではない。だから力を封印したり、しかるべく教育を受けさせて、正しくその力を使えるようにしたりする。
『魔力』自体は『神秘力』の一部なのだから自然界に存在し、人知の及ばないところで働いている。一番怖いのは、人の恨みや憎しみ、そんなマイナスの感情に魔力が作用したときだよ。マイナスの感情は魔力を引き寄せる。マイナスの思いが強ければ強いほど魔力は多く引き寄せられ、そのエネルギーは溜まっていく。ほとんどは理性が放散させるけど、それができなくて罪を犯させることがある。更に、溜まりに溜まって人を魔物にしてしまう。そうしたら、魔導士が何とかしなきゃならなくなる。
それとは別に、心や体が弱ると『魔力』が人に影響することがある。病気などがそれだ。生き物には自然治癒力が備わっていて、それも神秘力の一種なのだけど、多くの病気はその自然治癒力で治る。ついでに言えば『薬』も神秘力を利用したものだ。また、魔力は『魔』を生むことがある。魔がさしたなどと言うが、わずかな隙を突き、思いもしない災いを引き起こす、それが『魔』だ。
「で、ロファー、あなたのその髪の色だが」
と魔導士がロファーに向き直る。
「その輝く髪は魔を弾き返す力を持っている」
周囲と比べて病を持つことが少なくはなかったか? 病になっても軽く済んだり、怪我をしても思ったよりも軽かったり、寸でのところで難を逃れたり、そんなことはなかったか?
そう言われれば、思い当たる節がないこともない。最たるものは両親が殺された時だ。あの日、伝令屋に使いに出されていなければ、ともに殺されていただろう。
「そして私のこの銀の髪、これは反対に魔を映してしまう。引き寄せてしまうのだよ」
だから私は常に自分を守らなくてはならない。
この家やリンゴ畑には結界を張り巡らせているから外部から魔は入り込めない。そうでなければ私はうかうか眠ることもできない。だが、結界にも限度がある。魔力を締め出すなんてことはできない。
神秘力の中に混在するものなのだから、神秘力をすべて締め出さない限り、魔力は必ず存在する。神秘力が皆無の空間には何ものも生きて存在できはしない。生は神秘力が司るものだ。
力を使い、気力体力が弱まったとき、魔力は魔を生み出して私を襲い、死へ誘おうとするだろう。それに抗うには
「あなたが必要だ、ロファー」
どこまで信じてよいものか、ロファーには判断材料がない。魔導士の話は一見矛盾がないようだが、何か釈然としないものをロファーは感じていた。
「どちらにしたって俺はもうサインした。それが俺を縛るんだろう?」
魔導士がにこりと笑う。
「察しがいいな、ロファー」
「もうさ、その頭が痛くなる話は終わりにしよう。何をすればいいんだった?」
ミルクと、食材、ほかに何だった? あぁ、茶葉と砂糖だったね……
「うん……あと、パンってすぐに届けてもらえるもの?」
「あぁ、昨日からまともな食事をしていないって言ってたね。いいよ、宿屋のジュードに頼んで、夕刻までに何か届けてもらうよ」
「ジュードの宿屋! このリンゴ畑に移る前、何日かあそこにいた。ジュードの料理はどれも素晴らしかった」
ジュードの宿で出される食事はごく普通の家庭料理だ。それを素晴らしいと言うこの魔導士は今までどんな食生活を送って来たことやら……。顔を合わせば、ちゃんとした食事をしているか? と訊いて来るミヤコの気持ちが少し判った気がするロファーだ。
「卵だが、鶏を飼う気はないか? 裏手に馬小屋が見えたが、その横に小さな小屋を建てて鶏を飼うといい。大事にすれば卵を産んでくれる。世話できるか?」
「鶏の世話とは何をすれば?」
「毎日掃除をし、餌をやり、水を替える」
「馬の世話と同じ?」
「そうだな、だいたい同じだ」
魔導士の瞳がキラキラしてきた。
「楽しそうだな。で、ロファー、鶏の手配もしてくれる?」
「その気がなきゃ言わないよ。鶏小屋ができたらどこかで譲ってもらってくるよ」
「小屋なら材料を揃えて、どんな小屋を作ればいいかが判ればすぐできる」
鶏小屋の材料も揃えてくれる? すがるような目で魔導士がロファーを見る。
「判った」
動揺を隠してロファーが答える。
「鶏小屋の材料も、設計図も用意するよ。それと、俺が言いだしたことをいちいちできるかなんて聞くな」
うん、判った、と素直に頷く魔導士に、
「おまえ、どんな育ち方をしたんだ?」
つい、ロファーは聞いてしまった。
「私? 私は生まれも育ちも魔導士学校だ」
生まれた時の記憶は流石にないが、そう言われている。
「魔導士学校? 親は?」
「父と母」
魔導士を見ると真顔だ。
「あー、そうじゃなく、その両親と魔導士学校で生活していたのか?」
「いや、母がどこで暮らしているのかは知らない。父は魔導士学校の別の棟で暮らし
ていた」
なるほど、この魔導士様に質問する時は工夫が必要なのだ、とロファーは悟った。
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