第4話 閉所恐怖症男子中学生(結


 そこは、教室ほどの大きさの灰色の立方体の中。


 誰も居ない、何も無い空間は、音も無く無機質で、どこか近未来を感じさせる不気味さだった。


 部屋の真ん中には、人が一人やっと入れるくらいの真っ黒な穴がぽっかりと口を開けていた。


「どこだよ……ここ……」


 池田が思わずといった風に呟くと、突然音声合成ソフトのような声が、どこからともなく流れてきた。


『今からこの部屋は、段々と狭く小さくなっていきます。止める為には問題を解いてください。目の前にある、紙と鉛筆を使ってもかまいません』


 壁にも同じ文言が、プロジェクターのようなもので映し出されている。


 突如ズゥンという嫌な感じの揺れと同時に、ギィギィギィ……という機械的にリズミカルな音が聞こえてくる。

 

「今度は何だよ⁉︎」


 四方の壁と天井から、ギィギィとかカタカタとかおかしな音が聞こえてきて、池田は訳の分からない状況に、またパニック発作を起こす寸前になっていた。


『10本中、3本が当たりのくじがある。A君とB君が順番にこのくじを引く。ただし、引いたくじはもとにもどさない。B君が当たる確率を求めよ』


 不気味な声と共に、灰色の壁に問題が映し出された。


「意味ワカンネェ、意味ワカンネェ、意味ワカンネェ……」


 ブツブツと呟く池田の呼吸は荒く、ガタガタと全身を震わせて、部屋の中央にある穴から離れた場所で縮こまっていた。


『ブーッ……、問題を解いてください』


 気付けば、教室くらいの広さがあったその空間は、エレベーターくらいの広さにまで狭くなっていた。

 壁も天井も、徐々に池田のいる場所へと迫ってきている。


「や、やめ……ハァ……ハァ……」


 とうとうパニック発作を起こした池田は、胸を押さえて中央にある穴の近くまで避難した。

 

 それでもズズズ……と不気味に近づいてくる壁と天井に、池田は遂に吐き気を催す。


「う……っえぇ! ヴウェぇえッ!」


 出るものが無くても延々と襲い来る吐き気と、どんどん狭くなる空間、そしてすぐそばにある真っ黒な穴の存在に、池田は半狂乱となる。


「やめろぉ……っ! 何なんだよぉ……ッ!」


『ブーッ……、問題を解いてください』


 もう既に洋服ダンスくらいの広さしかない空間で、池田は目の前のポッカリ開いた穴に救いを求めた。

 足先から、ズポリと真っ黒な穴の中へと飛び込んだのだ。


「うわぁぁぁぁぁ……ッ!」


 臓腑がせりあがる感覚の後に、池田は意識を途切れさせた。


 次に目を開けた時、それこそ身体を拘束されていると思うほどの狭い空間に、むせかえるような花の匂いに包まれて池田はいた。


「はぁ……ハァ……、や、ヤメテクレ……」


 顔を少しずらして見れば、頭のすぐ横に大量の花が置かれている。

 身体を動かそうにも、張り付けられているようにびくともしない。


 声を出そうにも、何故か口の中でしか声が出ない。


「それでは喪主、池田◆★■様、炉のスイッチをお願いいたします」

「アァァァ……ッ、イヤァ……ッ」


 閉じ込められた空間のすぐ近くで、父親の名前と、母親の叫び声が聞こえる。


「母さん……、押そう……」

「イヤヨォォォ……ッ」


 次の瞬間、ボッ! という音と共に襲ってきたのはパチパチという木の爆ぜる音。

 

 だけども、真っ暗で狭いこの空間の中で池田は身動きが取れない。


「出してくれ……、イヤダ……、セマイ……、コワイ……、アツい……」


 やがてゴォォッという音と共に襲ってきた熱気と炎で、少年の目の前が真っ赤に染まる。


 池田にとっては、焼け付く喉の痛みと全身の熱さよりも、これで狭い所から抜け出せたという歓びの気持ちの方が勝っていた。


「やった……」


 ビクッと大きく身体が痙攣して、池田はハッとした。


「池田ー! なに、お前グミ買うの?」


 一緒に買い物に来ていた友人が話しかけて来るのに、池田は慌てて答えた。


「あ、ああ……。でも、新作無いみたいだし……やっぱ今日はチョコにしとくわ」

「なんだー、俺も今日はチョコの気分なんだよなぁ! 真似すんなよ!」

「ははっ! お前の真似なんかしてねぇよ!」


 そう言って笑いながら、少年たちはチョコレート売り場に向かった。



――究極のグミ愛好家の集まり『求魅グミ』では、新作のグミをメンバーで試食していた。


「メンバーの皆さま、本日の新作グミは『閉所恐怖症グミ』です。どのような味がするのか、早速お召し上がりください」


 繊細で美しい装飾がたっぷり入った銀のトレイに、灰色のグミが八つ並べられている。


「このグミは閉所恐怖症の男子中学生に、狭くて暗いところで極限の恐怖と絶望感、そして希望を与えて作ってみました」


 メンバーは一人一つずつグミを手に取った。


「それでは、いただきます」


 この場を仕切るのは、濡羽色の長い髪に美しい顔を持つ女子高生。

 女子高生に続いて、メンバー達がゆっくりとグミを口に運ぶ。


「今回は柔らかな食感が新しいな」

「じゅわりと中から滲み出てくるのは何だろう?」


 次々と感想を口にする七人のメンバーは年齢、性別も様々に構成されている。


「今回はなかなか良かったわ。女性は特に好きなんじゃないかしら?」

「そうだね。甘い味は女性好みかな」


 サラリと濡羽色の髪を揺らした女子高生は、整った顔にフッと微笑みを浮かべた。


「あら、今回はお気に召していただけたようで幸いです。刺激だけでなく、最後に希望を与えたのが良かったのかも知れませんね。今後に活かすことにしましょう」


 七人のメンバーは、大きな手、小さな手、諸々の手で、湧き立つような拍手をもって同意した。


「では、次回の新作グミをお楽しみに」

 












 


 



 


 


 

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求魅〜gumi〜 蓮恭 @ponpon3588

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