第3話 閉所恐怖症男子中学生(始


――近年特に人気のお菓子『グミ』。


 フニフニした柔らかな食感、カチカチにハードな食感、シャリシャリした食感……色々な食感と豊富な味に虜になる人も多いお菓子。


 コンビニやスーパーで買える手軽さと、新製品の入れ替わりが激しいことから、店頭で新しいものを見かけたら、とりあえず試しに買ってみる人も多い。


 刺激的なグミ、新しいグミを求めて、今日も究極のグミ愛好家の集まり『求魅グミ』は活動する――



「池田ー! なに、お前グミ買うの?」

「おお、俺フニャって柔らかいグミが好きなんだよ」

「ええー、俺固いのがいいかなー」


 スーパーのお菓子売り場、学ランを着た男子中学生の池田と友人は、一緒に通う進学塾で休憩時間に腹を膨らませる為のおやつを選んでいた。


 二人とも大きなリュックを背負っているが、友人がガッチリした体型なのに対して、グミを真剣に眺める池田はまだ背も小さく幼い顔立ちである。


「あ! 見た事ないグミが出てるぞ! 『人によって味が違う、刺激的な幻のグミ』だってさ。なんか面白そうだな!」


 池田が手にしたのは、黒いパッケージに金色のロゴが個性的な『求魅グミ』という商品。


「へぇ、池田それにするの? 俺はコレでいいかなー。いつもの『カッチカチグミ』」

「お前いつもそれだな。やべ、時間ないぞ! 早く行こうぜ!」


 時間が迫ってきている二人は、急いで支払いへと向かう。


 レジには自分たちより少し年上だろうか、美しい少女が立っていた。


 色白の肌は透き通るようで、やけに赤いぷっくりとした唇が目についた。

 年頃の少年二人は頬を赤らめ、肘でお互いをつつきながら会計を済ませた。


「ありがとうございました」


 つり目がちの目を伏せて、長く伸びた濡羽色の髪とパツンと切り揃えられた前髪の美しい店員がお礼を言うと、急いでいた事も忘れ二人揃ってポーッとする。


 そしてスーパーを出た途端に、競うように駆け足で塾へと向かった。


「はぁ……はぁ……。急いだはいいけど、早く着き過ぎたなぁ」

「とりあえず、菓子でも食って待ってようぜ」


 まだ誰も来ていない教室で、二人は先程買ったお菓子を広げ始めた。


「俺、コレ食ってみよ」


 池田が『求魅』のパッケージを開封して、中に指を突っ込んだ。

 指先でゴロゴロとする感触は、大きめのグミのようだ。


「デカッ! しかもフワフワで黒色って何だか気持ち悪ぃな。どんな味なんだろ?」


 池田はポイっと口の中にグミを投げ入れた。


 すると、落雷で停電した時のように急に目の前がフッと暗転した。


「え……、何……?」


 狭く、真っ暗な空間で座り込んでいる池田は、一瞬でパニック発作を起こす。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 グッと力強く胸を押さえ、呼吸が荒い。


「く、くるし……い……。し……死んじゃうよ……。暗い……狭いよ……」


 学ランの中はビッショリと冷や汗をかいて、死ぬのでは無いかという恐怖が、パニック発作を起こした池田を襲っている。


「だ、大丈夫、落ち着け……」


 今まで何度も起こした事のあるパニック発作に、池田は必死で適応しようとしていた。


「はぁ……死なない……、コレでは……死なない……。落ち着け……死なない……」


 段々と息遣いが整ってくると同時に、胸の症状も治ったのか、池田はホウッと息を吐いた。


 生命の危機を乗り越えたら、ここは一体どこなのかと気になってくるものだ。

 自分の置かれている状況がよく分からなくて、余計に恐ろしさを増長している。


「いやだ……狭い……、怖い……。ここは……どこだ?」


 冷たくて、固い感触のツルツルした壁が四方を囲っている。

 叩くと、ガンガンとスチールの板のような音がする。


「はぁ、はぁ……これって……」


 池田はこの場所にしゃがみ込んでいるが、上方には細い線状の光が横向きに十二本ずつ、それが左右に並んでいるのが見えた。


 狭いこの場所で、何とかゆっくりと身体を起こし、立ち上がろうと試みる。

 とにかくここから出たいと焦る気持ちはあっても、この窮屈な空間の中ではなかなかスムーズに身体を動かせない。


「何なんだよぉ……。俺、閉所恐怖症なんだよ……。やめてくれ……」


 途中で何度も、ひんやりとする壁に身体を打ちつける。

 その都度うるさいくらいにガンガンと音がした時、それが聞き覚えのある音だと気付く。


「はぁ……はぁ……、まさか……、ここって……」


 パニック発作は少し落ち着き、何とか狭い空間で身体をよじって立ち上がれば、細い線状の光が差し込む切れ目から外を覗くことが出来た。


「……掃除道具入れのロッカーの中だ! いやだ! 出してくれ!」


 切れ目から見えたのは、沢山の友人たち。

 そこは、いつも勉強している塾の教室光景だった。


 池田の席には誰も座っていないが、友人たちは気にする素振りもなく、黙々と勉強を続けていた。

 塾の先生も、いつも通りに授業を進めている。


「何でだよ! 俺はここにいるんだよ! 出してくれよ!」


 目の前の扉を懸命に押すが、全く開く素振りがない。

 狭い空間の中で半狂乱になりながらも、何とか膝で押したり肩で押したりしてみたが、何故か扉はびくともしない。


「おい! 開けてくれ! おーい!」


 外に向かって声を掛けながら、薄いスチールのドアをガンガン叩く。


「あ……っ!」


 バラバラバラッ、と生徒たちの足元を縫って教室の床に何かがこぼれた。


「おい、グミ落としたぞー!」


 テキストを手に持って板書していた先生が、いち早く気付いて注意する。

 床に散らばった水色、黄色、オレンジ色のグミは酷く目立つ。


「あ、やべ。袋開いてた!」

「手で拾うより、ほうきで取った方が早いんじゃないか?」


 先生に言われて、素直に池田の入った掃除道具入れへと近付いて来る友人。


「おい! 俺はずっとここに居るんだよ! 開けてくれ!」


 ガンガンと、池田が一層激しく扉を叩くのに、友人も他の誰も気付かない。

 それでもいい、とにかく開けてくれと叩き続ける拳は真っ赤に腫れ上がっている。


 とうとうガチャリ、とロッカーの開く音がして、池田は急な眩しさに思わずギュッと目をつぶった。


「ヒィ……ッ、うそ……だ……ろ……」


 次に目を開けた時、池田は再び絶望の淵に立たされていた。




 





 


 









 


 


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