第39話 スパーリング
俺たちは通常業務に戻った。
諸戸は行方不明。蕪屋雫も行方不明。
それだけじゃない。
他の四人も消えた。アクロスザスターの従業員全員がゆくえをくらませていた。
悪い知らせがそれに続く。
関係者宅をすべて家宅捜索したそうなのだが、現金輸送車の事件につながるものは出てこなかったという。
やつらが現金輸送車襲撃に関わっているという根拠は、全員が次元接続体であるということと、イサムの体格マッチくらいだった。これでは証拠というにはほど遠い。
次元接続体はまだ社会で公になっていない存在だし、イサムの体格マッチは信頼性が低い。もちろん俺たちは信頼しているが、あくまで外部から見たらということだ。なんといってもイサムは現代科学を超えた存在なんだからしかたない。
諸戸の一味は鳴田から姿を消した。
俺たちは広域捜査をしないから、これでやつらとの縁は切れたってわけだ。少なくとも、日本のどこかで一味の誰かが見つかるまでは。
昼間のパトロールから戻ると、えひめが帰ってきていた。
どことなく、いつもより元気がないような感じに見える。こっちが先に見つけたので声をかけた。
「えひめ! 学校は終わったのか、早いな」
「あ、うん……、試験だったから」
「なんだよ、ぼーっとして。らしくねえな」
「ちょっと疲れが溜まってるかも……」
「そうか。それもそうか。ここんところ事件が続いてたしな。試験勉強もある上に家が騒がしかったらな」
えひめは次元接続体でもないただの学生だ。とはいえ、家はこの次元接続体犯罪抑止研究所だった。ここ数日の事件とは直接の関係がないとしても、俺たちと関わって心配や気苦労もあるだろう。
えひめはうつろに言った。
「騒がしいっていうか、活気があって寂しくないけどね……」
「試験終わったんだろ。パーッと遊んでこいよ、友達とさ。俺たちと関わって無責任でもいられないんだろうが、おまえは職員じゃないんだからな。もっと気楽でいいんだ」
えひめは寂しげに笑った。
「わたし学校じゃ友達多いんだけど、学校の外じゃほとんど友達と会ったことないの。家がこれじゃ友達も呼べないしねー」
「俺の友達にも家に人を呼ばないやつはいたぜ。気にしすぎじゃないか。キックボクシングの仲間はどうなんだ?」
「歳の離れた人ばかりだし」
「ボーイフレンドとかいないのかよ」
えひめはぷっと吹きだした。
「いまどきボーイフレンドなんて言わないよ。言葉が古い!」
「じゃ、いまはなんていうんだよ」
「えーっと、彼ぴ、かな?」
「なんだそれは。知らないと思ってからかってるだろ!」
「あはははは! おっさんだ! 本物のおっさん!」
彼ぴ、とかいうのには釈然としないが、えひめは元気を取り戻したようだった。
「これから訓練でしょ? たまにはわたしが稽古つけてあげよっか?」
トレーニングウェア姿のセツが現れた。
「それはいいですね。いつもわたしばかりだと変な癖がつきますから」
「よしキマリ!」
えひめは跳ねるようにトレーニングルームへ向かった。
やな予感がするが、俺たちは着替えた。
俺は短パンにティーシャツ、今日はヘッドギアとグローブもつけた。
えひめもヘッドギアとグローブはつけている。それにサポートブラにスパッツ、トレーニングスカートだ。白い肌がむき出しで、いい目の保養になる。鼻の下が伸びそうになるが気を引き締める。
「ようし、いつでもいいぜ!」
俺はグローブを打ち鳴らして言った。
「しゅっ!」
いきなり右のローキックだった。俺は膝をあげてガードしたものの、ぱあんといい音がする。
「いってぇー!」
ガードしたはずなのに痛かった。角度がうまくいかなかったらしい。痛くて床に倒れる。
「いい痛がりっぷりね……はぁはぁ……」
えひめは頬を上気させ、潤んだ瞳でさらに攻撃してきた。床に倒れている俺をぼこぼこ蹴ってくる。
「いて! いて! おまえ、それ反則じゃねえか!」
「実戦に、反則は、ない!」
えひめは手加減してるつもりなのかもしれなかったが、それでも身体中痣だらけにされた。
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