第38話 駆け引き
香華子は率直に相談してみた。
「世ノ目さんと仲良くなりたいんだけど」
澄佳がつまらなそうな顔をする。
「わたしじゃ満足できないってわけー?」
「そうじゃなくて……」
香華子はポイントをかいつまんで説明した。
妄想のなかにえひめをモデルにしたキャラがいること、またえひめの家はおっさんの所属する研究所であることなど。
話が複雑になるので、現金輸送車と次元接続体については言及しなかった。
澄佳は呆れたような声を出す。
「またなんだかよくわからないこと拗らせてるね。でもさ、妄想のなかにえひめちゃん出しちゃうなんて、やっぱりえひめちゃんと親しくなりたいっていうシンソーシンリの現れかもね」
「今後のためにも世ノ目さんがどこからへんに住んでるかぐらいは知りたいなー。澄佳少しくらい知らない?」
澄佳はきょとんとした顔になった。
「お? そういえばわたしも全然知らないや」
「でしょ? 世ノ目さん気さくなようでいてガード固いような気がする。帰る方角からして宗吾(そうご)のほうだと思うんだけど」
そしてその方角は、香華子の妄想のなかで次元接続体犯罪抑止研究所のある方角でもあった。
澄佳が椅子を蹴って立ちあがった。
「わたしもすごい興味湧いてきた。えひめちゃんに聞いてみよ。遠回しにカマかける感じで。いくよ、香華子!」
香華子は澄佳についていくような形で世ノ目えひめの席へ向かった。
人気者えひめの周りには今朝も人の輪ができていた。澄佳はその輪のなかにずいっと入りこんでいく。そういうところは本当に香華子には真似できない。澄佳を頼もしく思うところだった。
澄佳が大きな声で話しかけた。
「えひめちゃん! 昨日はだいじょうぶだった?」
不意を突かれたようにえひめが振り向く。
「えっ? なに、澄佳ちゃん?」
「昨日の現金輸送車襲撃。あれ、えひめちゃんちの近くじゃなかったっけ? 大騒ぎじゃなかった?」
「ううん、違うよ。ウチとはだいぶ離れてるし」
えひめはまだ家の具体的な場所を言わない。
澄佳が核心を突く一撃を繰りだす。
「へー。えひめちゃんちってどこらへんなの?」
一瞬、えひめの表情が消えたように見えた。もしかしたら世ノ目えひめは、誰にも自宅の場所を教えていないのかもしれない。だから自宅の場所を詮索する澄佳に警戒感を抱いた。その可能性は高い。
それでもえひめは言いにくそうに、口ごもりながら言った。
「そ、宗吾の外れ。山のなかの一軒家って感じ? 近くにコンビニもないし、人里離れた山のなかだから、ちょっと恥ずかしくって……。だから今まで黙ってたんだけど」
山のなかの一軒家。それはまさしく次元接続体犯罪抑止研究所のロケーションだった。
真実は近い。香華子は予感した。
えひめはもう聞いてほしくないという雰囲気を出していたが、ここで香華子が食い下がる。
「わたし、世ノ目さんち行ってみたい!」
一瞬、みなが黙ってしまった。
えひめと大して親しくない香華子の図々しい申し出に驚き、あっけにとられたという感じの沈黙だった。
だが、流れは香華子に傾いた。
「わたしもえひめさんの家、行ってみたーい」
「わたしも!」
「わたしも興味あるー」
普段からえひめに好意を持っていた取り巻きたちは、この機会に乗じることにしたようだった。
「みんなでえひめさんちにさ、お菓子持って集まらない?」
「それいい!」
「えひめさんちでお茶会しよ!」
全員、裕福な家庭の娘だけあって、えひめの家も広いということを疑っていないらしかった。全員で押しかけられると思っている。言い出しっぺの香華子を置いて、えひめを囲む輪は盛りあがった。
だが、えひめは普段見せない悲しそうな顔をして口を開いた。
「ごめんなさい、家に友達は呼べないの。お父さんが家で研究をしていて、騒がしくすると怒るの……」
香華子は待ってましたとばかりに尋ねた。
「お父さん、どんな研究してるの?」
「鳴田の郷土史」
えひめは躊躇なく答えた。
香華子たちには郷土史が家で研究できるものなのかどうか判然とせず、それ以上追及できなかった。
確かなのは、やはり世ノ目えひめの家には行けないということだけだった。
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