第31話 諸戸からの電話

 俺とイサムは夜のパトロールに出ていた。

 今日は日中にひと仕事あったから、パトロールは免除されると思っていたのに、そうはいかなかった。博士も几帳面な男だ。

 とはいえ、そう立て続けに妙な事件も起こらないだろう。

 俺はリラックスしてイサムと雑談しながら、いちおう周囲に目を配る。ほとんど仕事をしているフリだけだ。

「あー、あとは警察がぜんぶうまくやってくれりゃラクでいいのにな」

「甘いおっさんだぜ、このメタボが。俺は力余ってんだよ、うぇえええーい!」

「うっせ! 大声出すな。おまえはなんていうかロボだから疲れ知らずなんだろうけど、人間は中年も過ぎるとなにしても疲れるんだよ。飯食うのも疲れんだぞ」

「おっさんが怠け者なだけだぜ、ちょっとは博士を見習いな」

「博士だって次元接続体じゃねえか。多次元接続でエネルギー湧いてくるんだろ。俺は違うんだぜ?」

 イサムがなにか言いかけたとき、着信音が鳴った。俺は電話を取りだす。知らない番号だったが出てみた。

「もしもし?」

「おっさんか? 俺だよ、諸戸だ」

 俺は耳を疑った。

 諸戸! まさか敵のボスから電話がかかってくるとは! まあ、土産を置いてきたからありえないことでもないか。

「ああ、釘伊だ。どうした社長?」

「あんた思っていたよりもずっと律儀な性格してんだな。一万の礼にわざわざ菓子折り持ってくるなんてよ」

「金で返すのも失礼かと思ってな。そんな金持ちでもないし」

 内容が聞こえるのか、イサムも黙っていた。

 諸戸は続けた。

「なにかの縁だ、飯でも食おうぜ、奢るからさ。これからだけど、来れるだろ?」

 話の早いやつだ。俺はもちろん乗る。

「おう、いいぜ。悪いな、またごちそうになるなんて」

「半田町(はんだちょう)のアミモトって店わかるか、そこに三十分後でどうだ?」

「わかった。大丈夫だ。それでいい」

「よし、決まりだ。じゃあな」

 それで通話は切れた。

 俺はイサムに向かって言った。

「ま、行かないわけにはいかないよな、なにがあるにせよ」

「いったん研究所へ戻って博士の指示を仰ぐべきだぜ」

「そうするか」

 俺たちはパトロールを切りあげて研究所へ戻った。

 博士とセツがいたので事情を説明する。あまり時間がない。俺はやる気満々だった。

 ところが、博士は乗り気じゃなかった。

「直接会ったところで奪われた現金の話ができるわけでもなし、危険しかないね。わたしはどちらかといえば反対だ」

 俺は食い下がった。

「もしかしたらなにか、今回の事件にかかわる仕事を頼まれるかもしれない。向こうは俺のことをなにもしらない労働者だと思っているはずだ」

 会話にセツが加わる。

「カメラをしかけた不審人物と思っているかもしれないぞ。正体を探るためだ」

「それならそれでいい。腹のさぐりあいだ。とにかく行ってみようぜ」

 博士はあごに手を当てた。

「あの女性も来るかもしれないな。余計な電子機器は持たせられない。すぐバレてしまう」

 セツが博士に向かって提案する。

「それならわたしたちが一緒に行きましょう。イサムのなかで待機してれば勘づかれないと思います」

「そうするべきだろうな。よし、そうしよう!」 

 博士がやっとうんと言った。俺たちは急いで準備する。

 それから十分後。

 俺は店の前で諸戸を待っていた。

 アミモトは有名な店で、海鮮が売り物のちょっと高級なレストランだった。場所は知っていたが、俺なんか入ったこともない。

 俺は店から離れた場所でイサムを降りて、歩いてきた。

 イサムたちは、あとから駐車場に入ってくる手はずになっている。

 いくぶん緊張しながら待っていると、クラクションが鳴らされた。

 見れば、メタリックグレーの外車が駐車場へ入ってくるところだった。運転手は諸戸だった。ひとりだ。何人もいるより都合がいい。

 車を停めてきた諸戸が片手をあげる。

「よ、今日は好きなだけ食ってくれ。あんたみたいなやつは好きでね」

「ゴチになるぜ」

 イサムが駐車場へ入ってくる。それを尻目に、俺は諸戸と店のなかへ入った。

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