第30話 不吉なニュース
香華子は感心した。
自分の妄想のなかでの出来事に。
おっさんすごい。万筋服すごい。
いきなり二十人もの荒くれと実戦になったというのに、またたく間に圧倒してしまった。自分の想像のはずなのに、予想をはるかに上回る強さだった。
香華子は誇らしいような嬉しいような、それでいてちょっと困った気分になった。
おっさんが強いのは誇らしい。しかし、その強さは予想外なほどだった。
自分でも実際に妄想するまで、先がどうなるのかわからないところがある。誰がどう動くのかコントロールできないのは相変わらずだった。
敵も予想外の活躍をする。無能じゃなかった。
実際に妄想が形をなすまでは、研究所のみんなが特殊装備を使って簡単に犯人を捕まえてしまうような気がしていた。
だが妄想はあらぬ方向に展開し、敵はカメラの設置さえ許さなかった。おっさんたちは次の手をどう打つのだろうか。
このままおっさんたちの戦いが続いたら、そのうち殺されてしまったりしないだろうか。
もし殺されてしまったら。
そのとき、香華子はまたおっさんを死の運命から救うことができるだろうか。
先が読めないので、ついそんな心配をしてしまう。妄想に対する妄想が始まりつつあるようだった。
「ふー」
香華子は今日の妄想をメモにまとめて、ひと息ついた。
机の上に用意しておいたチョコレート菓子をほお張る。甘味の波が口から全身に広がり、頭の靄を払っていくような気がした。
どうにも以前より体力と精神力を消費する。
妄想は大雑把だったものから、細部のくっきりした精細なものに変わってきている。
香華子にとって、妄想は疲労感を伴うほどのひと仕事となりつつあった。ぼんやりした空想とは一線を画すものである。リアリティがあった。
次元接続体犯罪抑止研究所のある場所もだいたいわかる。実際のその場所にはなにがあるかしらないが、香華子も鳴田で生まれ育ってきたのだから、行き方は見当がついた。
なんでも屋アクロスザスターの位置も、おっさんの家の場所もだいたいわかる。ただし、実際にその場所になにがあるかはしらなかった。
ここで香華子はふと気になった。
次元接続体犯罪抑止研究所は、妄想のなかの世ノ目えひめの自宅だ。
香華子はクラスメイトであるえひめの家がどこにあるのかしらない。
もし妄想のなかのえひめの家と、実際のえひめの家が同じ場所だったりしたらおもしろい。そんなことはありえないが。
「明日えひめさんに聞いてみようかな。いきなり家の場所とか聞いたら変なふうに思われるな。さりげなく、なんかいい口実ないかな……」
香華子はえひめとの会話を頭のなかでシミュレーションしてみた。様々な口実を作って試してみる。
そうやってひとりで唸っていると、兄の哲史が部屋にやってきた。
「香華子、テレビ見てごらん」
「なに?」
香華子はリモコンでテレビのスイッチを入れた。
ニュースがやっていた。
道路の上に前部の潰れた白いワゴン車があり、周囲では警官が交通整理をしていた。白い手袋をつけた鑑識官が何人もうろうろしている。
アナウンサーの声が耳に入る。
「……犯行グループのひとりが道路へ飛び出し、現金輸送車がハンドル操作を誤って街灯に接触、車を運転していた警備員が動転しているすきに現金を奪って持ち去ったものとみられています……」
香華子は呆然と画面に見入った。画面が別のニュースになってやっと我に返る。
「これって、わたしの事件そっくりじゃん!」
「だろう? 創作とか似たようなことをしていれば、こんな偶然が起こることもある」
哲史は腕組みしながら言った。
「だけど、今回は似すぎている。だってあの車、街灯にぶつかったにしてはボンネットの潰れかたがおかしいし。まるで上から押しつぶしたような形だ。それにけが人はいなかったっていうけど、それもおかしい。警備員が即座に無力化されたんでもなければね」
「いったいどういうこと……?」
「わからない。まるで香華子の考えた話、次元接続体の犯行みたいだ……」
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