第12話 博士という

「釘伊丈くん……」

 博士っぽい男は確かに俺の名前を口にした。

「まずは自己紹介させていただこう。わたしは世之目研吾(よのめ・けんご)。そして娘のえひめだ」

「よろしくね、おじさま」

 えひめと呼ばれた女の子はペコリと頭を下げてくる。俺は頭をかいた。

「あんたら俺を知っているようだな」

世ノ目が言った。

「そのとおり。ある時点から君を監視させてもらっていた。正確には特異点に接触してからだ」

「特異点……?」

「あの農具倉庫だ。君の親戚の。あの場所は少し前から我々の観察対象となっていた。さっきの消えるスーツも君が特異点から受け取ったものだろう」

「うーん……」

 俺は返事に困った。

 どこまで知っているのか? なぜ監視しているのか、目的と理由は? うかつなことは言えない。

 世ノ目は続けた。

「君が現れ、中に消えたあとあの黒いスーツを着て戻ってきた。それから君も観察対象とさせていただいた。身辺調査もさせてもらったよ」

「ほーん。なにが目的かしらないけど、そんなに全部しゃべっちまっていいのかい?」

「君を騙すつもりはないからな。むしろ仲間になってもらいたい。テストは終了している」

「突飛な話が続くな、おい」

「君が特異点からスーツを受け取ったことまでは確実だったが、君の頭の中まではわからん。そこで実地テストだ。力を得た君がどう行動するか見せてもらった」

「確かに俺は悪人にはなりたくない。ヒーローになりたかった」

「そこが重要だ。君の協力は欲しいが、我々としても悪人と手を組むのは難しい」

「で、俺になにをさせたいんだ? ロボの修理代はださねえぞ、そっちの責任だ。だいいちこんな人間そっくりなロボットを使いっぱしりにするなんて、あんたらなんなんだよ。あんた、なんか博士っぽいけど」

「その認識は正しいね。わたしは界隈では世ノ目博士で通っている。君のスーツ同様、我々も先端科学の一歩先を行っている。見方によっては二歩、三歩ほどね」

「なんかこんなところで立ち話するような内容じゃないな……」

 ぽつぽついる家路を急ぐ人々が、物珍しげな目で眺めていく。世ノ目は白衣だし、えひめは女子高生だし、ロボは倒れたままだし、そりゃ何事かと思うだろう。

 世ノ目博士が言った。

「ここでの話は切り上げて、我々と同行してもらいたい。君の家は知っているので、都合が悪ければ後日としても構わないが、積もる話は研究所でしよう」

「けんきゅうじょときたか……」

「しゅっ!」

 えひめが小さい吐息をついて、いきなりローキックを打ってきた。俺の太ももにヒットする。

「いてぇな!」

「しゅっ、しゅっ」

えひめは続けざまにローキックを当ててくる。その痛さといい素早さといい、かなり覚えがあるようだった。

「やめろバカ! いてぇっ!」

 ここで変身してしまうともう替えの服がない。俺は怒らないように精神を集中した。

「えひめ、いい加減にしなさい」

 世ノ目博士が窘めるとやっと動きが止まる。

 えひめは上気した顔で息を荒げながら言った。

「はぁはぁ、スーツがないとやっぱり痛いんだ……。普通の弱いおじさんなんだ……、はぁはぁ……」

 いつのまにか目が潤んでぬらぬらと輝いている。まるで発情してるみたいだ。おかしいぞ、こいつ。人が痛がってるのを見て喜んでる。

「えいっ!」

 もう終わったのかと思って油断していると、素早く手を伸ばしてつねってきた。

「いてえな!」

「はぁはぁ……痛い?」

「いてえよ! やめろ!」

「はぁはぁ……痛みに顔を歪めるブサイクでモテそうもない人って素敵……」

「すまないね丈くん。娘なりの親愛の表現なんだ。誰にでもこうというわけではない。父、嫉妬」

 世ノ目博士は平坦な声でそう言う。

 大丈夫かこいつら……。急激に不安が高まってきた。

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