第5話 米をもらう
俺は不死身なんじゃないか?
ふとそんな考えが頭をよぎる。
そこから連想されて、奇妙な、なんともバカバカしい想像が、かがり火のように広がった。
俺は……。
俺はもしかしたら何者かの想像の産物なんじゃなかろうか!
どこかの歪んだ性癖を持った妄想好きのJKが、俺の人生すべてを設計し、俺はその妄想のなかで飼われているような存在なのでは!
だから死なない。だからフィクション並みに不遇。俺はほぼフィクションなのだった。
「はぁー……」
さすがに無理だ。そんなことを信じるのは。現実逃避もこれくらいにしといたほうがいいだろう。こんな想像をめぐらしたところで、俺の不遇も窮状も変わりはしない。束のような借金の督促状こそ現実だ。
「はぁああー……」
ため息ついでに督促状をゴミ箱へ投げ入れようとする。手が滑って床にばらまいてしまった。
散らばった郵便物のなかで、一通の封書が目を引いた。
見慣れないものだった。『至急』も『重要』もスタンプされていない。珍しく借金の督促状じゃなかった。
いったいなんの手紙か。俺はさっそく封を切って中身を確かめる。
『釘伊丈様 あなたにとって母方の祖父にあたる浜口大吉様がお亡くなりになりました。大吉様の親族で一番お若い男子は釘伊様でありまして、つきましては内密の遺産がございます。この件を内密にしていただいたうえ、六月十七日に浜口家農機具倉庫までおいでください』
まるで怪文書みたいだ。どこまで信用したものか。俺は差出人を検めた。
じいさんちの住所に『万筋保守委員会』と書かれている。これまた、なんのこっちゃわからない。
とりあえず、この文面が本当だと仮定してみよう。
母方のじいさん、百歳を超えてたようだがとうとう死んだのか。おふくろよりずいぶん長生きしたな。
そういえば親戚はみんな女の子ばかりだった。俺も子供作ってないし。いちばん若い男子となると四十三歳の俺になるのか。
俺に金が無いことぐらい知っているだろうし、行けばなにかが貰える可能性はある。
内密、内密とうるさいがそんなに大それたものが残されているのだろうか。
秘匿された金塊とかだったら嬉しいところだ。人生が変わる。
そうそう旨い話もないとはいえ、いまの俺には失うものもないし。逆に旨い話がどこから転がり込んでくるともわからない。
命と健康ぐらいしかない身としては、断る理由もなかった。行ってみよう。いますぐに!
俺は身支度を整えて、母方の実家へ行った。
無職では顔を出しづらいので疎遠になっているが、歩いていける距離だった。三十分ほど歩いて、もう到着だ。
農家なので庭が広い。俺が生まれる前から生えている木もあるし、新しい作業小屋もある。この家にも跡継ぎはいるが、そのイトコは女だ。
広い庭の奥に、大きな農機具倉庫がある。そこが約束の場所のはずだった。
俺は庭への入り口で様子を窺う。誰かがいたら恥ずかしいのでこっちも必死だ。
好都合に、叔父も叔母もイトコもいないようだった。車がない。
倉庫の扉は家の壁ほども大きさがある金属製だ。誰もいない今なら躊躇なく、ガラガラと開く。
中は暗くて埃っぽく、人の気配はない。
農機具、大工道具、精米機が適当に置かれているだけだった。
「釘伊丈だけど。誰もいないのか?」
しばらく待っても返事はない。
やっぱり約束の日じゃないとダメか。それとも手紙自体がなにかの間違いか、いたずらめいたものという可能性もある。どっちにしろ、いまは何もない。
諦めて帰ろうとしたところへ、イトコが車で帰ってきてしまった。
「お兄ちゃん久しぶりじゃない。なに、お米?」
イトコの玲(れい)とは二十歳も年が離れているが、向こうは俺をお兄ちゃんと呼ぶ。
遺産のことは内密だという。イトコにも話せない。
「あぁ、そうそう、久しぶりにここの米が食べたくなっちゃってな」
「倉庫の中にあるの持っていっていいから。去年のはそれで終わり」
「そうか、悪いな……」
それで俺は、二十キロの米袋を担いで帰路に着くのだった。
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