第4話 贈り物を決める

香華子の朝がきた。

「っらっしぇいーせお嬢!」

「いってらっしゃいませお嬢!」

 若い衆の声を背中に門を出る。

「ふんふんふんふーん」

 今朝の香華子はご機嫌だった。

やはりおにぃの哲史は頼りになる。豊富な知識で入れ知恵してもらい、自殺した時点からおっさんを救ったのだった。

 おっさんは生きている。死の運命から生還した。

 だが香華子のなかで、おっさんは納得していなかった。運命に感謝もしていない。

このまま放置していたら再び自殺を試みる可能性が高かった。

 かといって、おっさんの性格や考え方は変えられない。

 そこで哲史の入れ知恵によって、新たなシチュエーションを用意することになった。

 死の道筋を改変したあと、哲史は得意げに言った。

「……これでおっさんは死なない。死なせないんだけど」

「ありがとうおにぃ! さすが知恵者! おっさん死なない!」

「で、おっさん借金はいくらあるの?」

「百万円」

 哲史は鼻で笑った。

「その程度か。まあ無職で人脈もなけりゃそうなるか。普通に働いて返せるじゃん」

 香華子は申し訳なさそうに上目遣いになった。

「でもおっさん働く気がなくて。学歴も人脈もないし、資格もないからアルバイトみたいな仕事しかできないみたい……」

「キャラをいじめすぎだよ。ほんとにひどい設定だなー。結婚もしてないし彼女もいないし、このままだとまた死ぬぞ。やり方によっては僕でも救えなくなる」

「どうすればいい? わたしも少しは考え改めるから……」

 哲史は顎に指を当てて考え込んだ。

 しばらくしてから口を開く。

「こっちから一方的に押し付けられて、法的にも問題ないというと、やっぱ遺産かな?」

「遺産ていってもおっさんのお父さんお母さんもう死んでるし、お金持ちの親戚がいる設定もないんだけど」

「だからだよ。おまえの設定の外にいる親戚に死んでもらおう。これから作ればいい。目立つところもないのに実は金持ちだったっていう人も世の中多いからな」

 哲史は続けた。

「借金が返せるていどの金額は必要だけど、本当は金をぽんと与えるより、もっと将来につながるような遺産がいいと思うんだよ。うーん……例えば農場とかかな……?」

 香華子は首を傾げた。

「農場かぁー。おっさん売り飛ばしそう。しかも騙されてはした金で巻き上げられそう……」

「そんな展開にさせるから死にたくなるんだぞ?」

「あ、うそうそ! いまのうそ! でも、おっさん真面目に農場で働かないだろうし、なにか別のもの考えたほうがよさそう」

「じゃあどんなものにするか、自分で考えてみなよ。そうほうがおまえも納得いくだろう」

「そうする! ありがとうおにぃ!」

 遺産をどういったものにするか、朝になってもまだ決まっていない。

 だが、おっさんが生きていることと、新しいアイデアの流入が香華子をご機嫌にさせていた。

 学校に着くなり澄佳が声をかけてくる。

「なにその晴れやかな笑顔! なにかいいことあった?」

「うん! おっさん死ななかった。死なせなかった!」

 とたんに澄佳はげんなりした顔になる。

「あ、そう。おっさん絡みなんだ」

「解決に一晩潰したね!」

 解決したのは主に哲史だったが、香華子は得意げに言った。

 澄佳はおっさんの話などしたくない様子でスマホを取り出した。

「じゃあまだこのゲームやってないでしょ? 昨日リリースされたの」

 澄佳が画面を操作する。

「みんなヒーローで、自分は指揮官なの」

 画面では、見目麗しい美形男子たちが踊るように戦っている。香華子も一瞬で目を奪われた。二次元の美形男子はやはり、おっさんの生々しさとは別ベクトルの良さがある。

「わたしもやる! タイトルは?」

「ヒーローズネバーダイ」

 このとき、香華子の脳裏にひとつのアイデアが閃いた。これは使える。胸の高鳴りが心地よい。『遺産』の形が定まりつつあった。

『遺産』を受け取ったあとおっさんがどんな反応をするか。

 それはまだ香華子の埒外であることだった。

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