第6話 呉羽の一撃
社長の兄ちゃんにもらった一万はあるし、重い思いをして米ももらってきた。
食料さえあれば二日なんてなんの問題もなく過ごせる。
そして約束の日になった。
身支度を整え、十時に家を出る。
日の出とともに出向いてたいそうなものをいただいてきたいくらいだったが、この時間にならないと叔父の家が無人にならない。
いったい何があるのか。今日も何もないのか。期待と不安で、中年胸も久々に高鳴った。
歩き続けておふくろの実家に着く。車はない。無人だ。
庭を突っ切って倉庫の扉を開く。中は……。 残念ながら昨日と変わりない。暗がりには農機具や大工道具が置かれていて、人の気配はない。
「釘伊丈だけど……?」
静まり返っている。やはり今日も返事はない。
しばらく佇んでいると、昨日にはなかったものが目に入った。
眼の前の地面に黒い染みが丸く広がっている。機械油が漏れたものだろうか。真っ黒でまるで穴が開いているみたいだった。
不自然さを感じて、俺はつま先で黒い部分をつつく。
その瞬間、俺は別な場所に立っていた。
光がある。アンティークな調度品に囲まれていた。フルーティないい匂いもする。薄暗い倉庫から一転、絢爛豪華なサロンといった場所に俺はいた。
わけがわからず見回すと、すぐ近くに男が立っていた。細身の老人で、背筋はまっすぐだが、身長は俺より低い。モノクルを着けて豊かな白髪をオールバックにしている。服装からしても、絵に描いた執事のような男だった。モノクルをホントに着けているなんて初めて見た。
老人は穏やかに微笑んで口を開いた。
「釘伊丈さま、ようこそお越しくださいました。万筋保守委員会の呉羽義一(くれはぎいち)でございます」
「い、いったいどうなってんの……?」
手紙がでたらめじゃなかったのは幸いだが、これは予想すらしなかった展開だ。埃まみれの倉庫が、瞬時に豪華なサロンになった。
呉羽さんが説明する。
「驚かれるのも無理はございませんが、ここはすでに倉庫ではありません。倉庫とつながってはいますが別の場所です」
そうは言われても感覚的に納得できない。
言葉を失っていると呉羽さんは聞いてきた。
「では、よろしゅうございますか」
「え、なにが?」
「丈さまに託された遺産をお受け取り願えますか」
「それはどんなものですか? 金じゃないんですか?」
「とても素晴らしいものだとは保証しましょう。金ではありませんが資産価値としては凄まじいものであることも間違いありません」
……なんだかちょっと雲行きが怪しくなってきたな。だが、貰えるものは貰っておこう。
「わかったよ、いただく。遺産を譲り受けるよ」
「かしこまりました。いざ、お覚悟!」
「えっ」
俺は信じられないものを見た。
呉羽さんが後ろ手からナイフを握りしめ、俺の胸に突き立てたのだった。
刃が引き抜かれる。心臓あたりからびゅーびゅー血が吹き出した。
「う……」
いってぇぇぇーっ!
胸が万力で締めつけられるような痛みだ!
「うぐぅぉおおおおーッ!」
言葉を発することもできない。身体がひきつけを起こして倒れ込む。
視界が暗くなっていく中、冷静な声が響いた。
「懸命なご判断です、丈さま。大吉さまもお喜びでしょう……」
なに……言って……やがる……。
俺は意識を失った。
……。
俺はカーペットに伏せった姿勢で目覚めた。
まだサロンのような場所にいる。
身体を検めてみた。
服には確かにナイフの跡の穴が開いていて、血で赤く染まっている。だが身体に傷はない。
「お目覚めですか、丈さま。こちらの処置も滞りなく済んでおります」
野郎、座って紅茶なんか飲んでやがる!
俺は飛び起きた。
「得体の知れないイタズラばっかじゃねぇか! こっちゃーマジで痛かったんだぞ!」
「必要な措置でしたので。これであなたは大吉さまの遺産を相続なされました」
「なにぃ!」
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