08 だからあれ程、平均値では無く中央値を参照しろと言ったんだ……系アイドル




「と言う訳で、そろそろ歌って踊るべきだと思うんです!!」



「……えっと?」


「……その?」


 とある日。クリスの部屋の中。

 部屋の主から発せられた言葉に、アレンとカナリアは困惑の声を上げた。

 クリスから”相談があります”と言う言葉を掛けられて、喜び勇んで来た結果が、これ。


 何が、という訳で。なのか、何で歌って踊るのか、全く意味が分からない。

 これがデザベアであれば、”薬でもキメてんのか?テメー”と罵倒して終わりだろう。

 何故なら、真剣な時とぶっ飛んでる時の落差が激しいのがクリスで、今回は明らかにぶっ飛んでる時のパターンだからである。

 真面目に対応すると疲れるだけだ。



 ああ、しかし悲しいかな。

 今回集められた2人はとても良い子であり、オマケにそのぶっ飛んでる奴に心を持っていかれている。

 ”あ、これ天然の時のクリスだ……”と薄々察していても、邪険に扱えないのが、惚れた弱みという奴なのだ。



 因みに、アレンとカナリアの2人だが、2ヶ月近くも経っていれば、当然の様に知り合いだ。

 友達の友達であり、恋敵と言う関係性の2人だが、どちらも礼儀正しく真面目であるので、仲は悪く無い。



「あの、クリス……?もう少し詳しく説明してくれると嬉しいかな」


「――ハッ!?ごめんなさい、アレン君。少し勇み足だったようです」



 少し……?と、聞いていた2人とも思ったが、どちらも口には出さなかった。

  


「まず、ですね。私がこのアルケーの町にやってきてから、そろそろ2ヵ月が経ちます。町の皆さんには、とても良くして貰っていますし、過分な評価も頂いています」


 しかし!とばかりに、クリスは声の口調を強めた。


「ですが、私の目指す所を考えるのならば、もっともっと精進して、皆さまに認めて貰わなければならないのです」


「クリスの目指す所って?」


 その疑問の声の主は、カナリアだ。

 名声――人からの評価を求める。何かと悪いイメージを持たれがちだが、それ自体は悪い事では少しも無い。

 他者から認められれば余程のへそ曲がり以外は嬉しい物で、その為にあくどい真似さえしなければ、非難される謂れは無い。

 しかしながら、クリスの利他的な人間像と合わないのも事実で、それ故の疑問であった。


「聖女の位を受け、浄化行脚の任に就きたいのです」


「それって……」


 それはどちらも聖神教で与えられる身分と、仕事だ。

 カナリアは、己の脳より知識を絞りだす。

 聖女・聖人は簡単だ。教会より類稀なる法術の腕と、清廉なる心を認められた者。 

 階級その物は、認定されただけでは上から3番目の3本線であるが、ある種、教会の広告塔的な役割を持っているので、民衆からの評価は非常に高い。

 聖神教の門を叩く女の子は誰だって一度は憧れるものだ。


 浄化行脚は、そんな聖人・聖女が任されるお役目。

 その内容は――


「えっと各地を回って、廃呪除けの結界の強化や、怪我人や病人の治療。汚染された土地や水源の浄化を行う任よね」


「はい。その通りです」


 それは正しく浄化の旅路。

 しかし、1つの疑問がカナリアの脳裏に浮かび上がった。


「でも、それって確か。基本、黎明期や日没期の最初の辺りまでしか行われない物じゃなかったっけ?」


「それも、はい。危険性を鑑みて、ですね」


 前にも述べたが、この世界。神託王と言う王の名の下に統治されるシステムは、王の任期である100年を1つの区切りに、そこから更に3つの時代に分かれる。


 新たな神託王がその座に就き、世界に繁栄の夜明けが訪れる【黎明期】

 加護の太陽が徐々に薄くなり、やがて来る暗黒の時に備えなければならない【日没期】 

 加護の光が消え失せて世界が暗黒に包まれ辛く苦しい日々に送りながら、次の黎明期を迎える為の神託祭の準備が始まる【暗夜期】



 後者になればなるほどに、世界を覆う危険と悲劇は増していく。

 よって、各地を回る浄化の旅路が、この時期には行われていないのも当然と言えば、当然の話だった。

 どこもかしこも、周りに貸せるほどの余力が無いのだ。



「だけど、それは飽くまで基本の話だ。卓越した実力を示せばこの時期に行う事も決して不可能じゃない、というのがクリスの考えなんだよね」


「ええ。それが私の願いです」


 そこら辺の思惑は、一緒に住んでいるアレン達には当然伝えてある。

 よってアレンが代理する形で説明して、クリスはそれを肯定した。



「クリス……!」



 語られた願いに、カナリアは大きな感動と得も言われぬ興奮を覚えた。

 目の前の浮世離れした美しい少女は、本気で世界中の悲しみを救い上げるつもりで、しかもそれに足るだけの力を持っているのだ。

 まるで壮大な御伽噺の、その始まりを目撃しているような、そんな感覚。そんな感動。

 隣を見れば、予め知っていたアレンですら感じ入る物があるのか、深く頷いている。



「ですがその為には、更に皆さまの役に立てる所を示さねばなりません。そう!つまりは歌って踊る必要があるのです!!!!」



「なんで????????????????????????????????」



「どうして????????????????????????????????」



 アレンもカナリアも同時に疑問の声を上げた。

 いや、幾ら感動していても、分からんもんは分からないっス。それが2人の、まごう事無き本心――!!




 中々伝わらない己の意見。クリスは懇切丁寧に順序だててもう1度説明して行くことにした。



「私は聖女の位を得て、浄化行脚の任を受けたい。ここまでは良いですね」


「うん。前々から言っていたよね」


 アレンが肯定した。可笑しいところは無い。


「その為には、もっと皆様に認められる必要があり、今まで行っていない貢献をする必要があります」


「正直、一部の人からは崇められてる位だし、私はもう十分だと思うんだけど……。まあ、話の流れとしてはわかるわ」


 カナリアとしては、そこから多少の疑問が残るところではあるが、しかし話の流れ自体は通っているだろう。


「つまり歌って踊る必要があります――!!分かってくれますね!?」


「いや、分からないよ」


「いいえ、分かりません」


「どうしてですか!?」


 突如として明後日の方向にぶっ飛ぶクリスの話。

 順番通りに聞いても、なぜその頓珍漢な答えに至ったのか理解が出来ない。


「ええと。聖女そういうのって普通だったら、こう何というか……全身全霊を尽くして人々の傷を癒やす。とかじゃない?」


「いえ。そういうのは、そもそもやって然るべき物ですし」


「あ、うん。確かにそうよね」


 他者を救うために全力を尽くし、時には己の命すら懸けるなんて事は、クリスは既に体現しているな、とカナリアは納得した。

 クリス当人としても、そういった事柄に関してはこれ以上、何をかければ良いのか分からなかった。貞操だろうか?かけて良いなら、かけるけど……とクリスは思った。


「だとしても、何故歌と踊りを……?」


 アレンから齎された当然の疑問に、クリスは自信満々に答えた。


「良いですか、アレン君。――聖女アイドルってそういうものなんですよ?」


「ええっ……?」


 何せ、自分がやっていた進化絵が際どいソシャゲの聖女キャラが期間限定イベントでアイドルになっていたのだ!!

 完全に限凸したから間違いない、私は詳しいのだ。とクリスは自信満々に胸を張った。


「ふふふ。もう既に衣装も作ってあります。とっても可愛いですよ!」


 今も、部屋の中で大人しくしている七色の羽を持つ不死鳥のエドより、幾本か羽を貰い受け、それを原料とし幻想的な染料を作り上げ!

 糸や、裁縫と言う概念そのものに命を与えて、そのプレイしていた聖女キャラが着ていた衣装を再現してみたのである!!


 尚、ひとりでに動いて服になっていく糸を横で見ていたデザベアは”この光景を見せた方がよっぽど効果があると思うが”と考えていたが、面倒くさくて放っておいたので、誰もクリスを止められなかった。


 そうして見事、衣装は完成した。

 ただ、ゲームの衣装を現実に再現してみたら、こんな物を着て踊ったら、パンチラどころか、パンモロする代物となったが、まあ些細な問題だろう!とクリスは一人頷いた。

 何せ聖華化粧サンもそう言っている!!


 ……因みに、作った衣装をクリスが最初に着て見ようとした時は、聖華化粧が”良い訳がネーだろ。頭沸いてんのかタコ”とでも言っているかの様に、頭と全身に痛みを与えてきたのだが。

 ”あれあれ?良いんですか。この服はAp○leの審査を通ってるんですよ?全年齢対象なんですよ?セルラン1位なんですよ?これが駄目って言うことは、つまりAp○leに駄目って言ってるのと同じことなんですよ?”と強く念じていたら、いつの間にか痛みが消えていた。

 サンキューAp○le。フォーエバーAp○le。クリスは今は遠き故郷に向かって、そう感謝した。


 とにかく!!これでクリスの覇業アイカツを止められるモノは何も無い――!!


「あ、アレン。とりあえずこの服、燃やしといて」


「了解」


「ああああああああああっっっ!!!!なんて事するんですか!!!!!!」


 止められた。



「服は弁償するわ。でも、クリス。貴方があんな恰好で踊ったら、冗談抜きで死人が出るわよ!私の目の黒い内はそんな事絶対にさせないわ!!」


「同感だよ」



 好きな相手だろうが何だろうが、本当に駄目だと思った事にはNoと言える2人からの否定の言葉。

 オマケに、鳥のエドですら同意見なのか、コクコクと頷いていた。

 まぁ彼の場合は、試着したクリスをとっくに見ていて自分だけは満足しているから、と言うのもあるだろうが。



 (彼女的には)まさかの全否定に、クリスがガーン!と肩を落とす。



「うぅ……。そんなぁ。じゃ、じゃあ衣装は諦めますから、せめて歌のアドバイスを下さい。今から歌いますから!!」



「歌うのは諦めないのね……。まあ、そのくらいはお安い御用だけど」


「俺もそれは全然、構わない」



 頑なにアイドル路線を諦めないクリスに少し困惑しながらも、2人は肯定の意を示した。

 まあ、それがどれ程、目標に対する意味があるのかは分からないが、ア(タマの可笑しい)イ(カレタ)ド(ル箱をユーザーから搾り取る目的で作られた男性の下半身を)ル(ンルンにさせる)衣装を着たりしない限りは、クリスの歌は2人とも聞いてみたいからであった。



「でも、部屋の中で歌ったら迷惑にならないかしら?」



「安心してください。既に部屋の外に音や振動が出て行かない様に、術を掛けてあります!!」



「そこまで準備が良いって事は、最初から何としてでも歌う気だったんだね、あはは……」



「では歌います。聞いてください――!!」



 そうして意気揚々とクリスが歌い始めたのは、元居た世界での歌をアレンジしたものだ。

 勿論、この様な練習の場ではなく、本当に見知らぬ人たちに歌う場合は、オリジナルの曲を作る心算だ。

 女、クリス。異世界の壁を隔てても、著作権は守る所存。



*****



「~~~~~~♪と、これで終わりです。ご清聴ありがとうございました」



 時間にして約3分半。

 クリスの歌唱が終わりを迎えた。

 アレンとカナリアの2人は、ハッ!と気が付いた様に、軽い拍手をクリスへと送った。



「聴いていただきありがとうございます。それで!どうでしたか?私の歌は、是非忌憚のない意見を聞かせてください!」



 わくわく!わくわくっ!と明らかに心を弾ませている様子のクリスからの質問に、一瞬2人ともがウッ……!とバツの悪そうな表情を浮かばせた。



「え゛っ゛。そ、そうね……。す、素晴らしい声だったわ。天使の歌声ってああいう物の事を言うのね」



「そ、そうだね。とても素敵な声だった。天上に響き渡る歌声と言っても過言じゃなかった」



「も、もうっ!2人とも、そんなに大袈裟に褒められたら、照れちゃいますよ、えへへ」



『……………………良く聞けよ、2人とも、声しか褒めてねーぞ』



 色々とスルーを決め込んでいたデザベアが、つい我慢出来ずにツッコミを入れた。



『――――――ハッ!?確かに……!』



『ちなみに、ついでだから俺様の感想も聞かせてやろう――ドヘタだったぞ、普通に』


『そ、そんな!これでも、通信簿の音楽の欄では”とても大きく元気な声で良いと思います”って書かれてたり、音楽祭の時にクラスの女子から”凄く、真面目に参加してくれて嬉しいわ。え?歌の感想?……大きくてとても元気が伝わって来るわ”って褒められていたんですよ!?』


『声量以外褒められてねぇーんだよなぁ』



『ぅぅっ……。良いですっ。何時も揶揄ってくるベアさんでは参考になりません!2人に聞きますっ』


『どーぞ。どーぞ。お好きなように』



「あの……。アレン君、カナリア。声を褒めて下さるのは嬉しいんですが、歌の腕はどうだったでしょうか?」



「う゛っ……」


「ええと……」


「2人とも!?」


 答えに詰まる2人の様子に、クリスがビックリした声を上げた。



「あ、あの。下手だったのなら、下手だったと正直に言って貰って構わないんですよ?それならそれで、これから精進していけば良いだけの話ですし。寧ろ、言って頂けた方が嬉しいです」


 デザベアの様に真面目に言っているのか、揶揄っているのか分からない場合は別だが、そうでなければ駄目なものは駄目と言って欲しいというのが、クリスの考えだ。

 勿論、ショックは受けるが、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥と言うやつである。

 と言うか、アレンとカナリアなら、そう言った風にしっかりと指摘してくれるだろう、と思っての相談だったので、2人のこの反応はクリスからすれば、全くの予想外であった。


「そうだね。正直に言えば、そんなに上手く無かったと思う。所々、音程が外れていた……様な気がする」


「うん。初めて聞いた曲だけど、歌のリズムがズレている時が結構あった…………かもしれない」


「???????????????????????」


 観念した様に語り始めた2人だが、その言葉を聞いてクリスは更に困惑してしまった。

 本当に自分の歌が駄目だったのはそれとして、2人の言葉が曖昧なのは何故だろうか?と。

 しかしながら、今混乱しているのはクリスだけでは無く、アレンとカナリアの2人もであった。




 ――まず前提としてクリスの歌は下手だ。

 フザケている訳では決して無いのだが、単純に技量が低いし、センスもあまり無い。

 しかして、ならばそんな彼女の歌は聞いていると嫌な気分になってくるような、不快な雑音なのだろうか?

 それは違う。いいや、寧ろ正反対とすら言っても良い。


 クリスの【魅力】が肉体単体ですら人類の限界を超えていて、魂の影響でそれが更に強化されているのは、最早言うまでもない話だ。

 そして【魅力】とは単なる顔の良さに留まる話ではない。

 大凡、クリスの特徴から細かな所作。それら全ては良きにしろ悪きにせよ他者からの好感を極めて得やすくなっている。

 声なんて正にその1つで、彼女の歌はそれこそ船を難破に導く人魚セイレーンのそれだ……下手だけど!


 アレンやカナリアが最初に述べた感想は、煽てた訳でも誤魔化したわけでもない。

 クリスの歌を聞いていたらまるで極楽に登っているような気にすらなって夢心地になっていたのだ。下手なのに!

 特に、カナリアはともかく、アレンの方は元貴族で上質な音楽や演奏を聞く機会も多かったのに、である。

 2人が抱いた歌への感想を纒めれば、”聞いているだけで幸せになり心が安らぐ、今まで聞いたどんな音楽も及ばない素晴らしい、下手な歌”である。

 訳が分からなすぎで一体どんなアドバイスをしろと言うのか。

 と言うかこれは、アドバイスして良いものなのか?上手くなったら、聞いた人の魂抜けちゃわないか?と2人が困惑したのも無理はない話だろう。


「ええっ……」


 そう言った自分の歌声の意味不明さを説明されて、クリスが混乱した声を上げた。


 要はあれである。

 格闘マンガや何やらで、フィジカルモンスターが技量系キャラを身体能力だけで蹂躙する展開。

 それの歌バージョンである。

 圧倒的魅力値から放たれる意味不明な歌唱!


 もしもクリスがアイドルゲームのユニットだったら、そのステータスはこん

な感じだろう。

 歌唱力:ゴミ!

 踊り:ゴミ!

 魅力:∞!

 平均値∞!No1アイドル!!

 明らかにバグである。

 他のアイドルに謝って欲しい。


「と言うかそもそも、ジャン神父がクリスの聖神教での位階の上昇を、進言してくれたって言うのは聞いてるわよね?」


「はい。有り難いお話です」


「単に7本線から6本線になるだけなら、神父様への信頼もあって殆ど結果の通達だけでしょうけど、今回神父様は相当強く進言なさったみたいだから、この町に審査官が来るか、大きな教会に招喚される事になると思うわ。その時にクリスの力を見せる方が、歌や踊りより目標への近道なんじゃないかしら?」


 カナリアのど正論パンチ。

 クリスに反論の予知は無かった。


「そう、ですね。頑張ります。ぅぅ……。」


 結局、クリスのアイカツ!1回目は失敗に終わった訳であった。




*****


『で?結局なんでそんなに、歌と踊りに拘ったんだ?』


 アレンとカナリアが帰った後、デザベアが欠伸をしながら問いかけた。


『カラオケ、好きだったんです…………』


『要はただ、歌いたかっただけじゃねーか』


『しゅんっ…………』


 反論の言葉はやはり無かった。





 






 






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る