これがvtuberちゃんですか


 ニフトの襲撃から1ヵ月以上が経過した。

 その間に、ルークが今度こそ別の街に向かったり、クリスが「いや、そうはならんやろ!?」と言いたくなるような、急成長を見せて、アレンやエレノアを驚愕させる等と言った出来事があった。

 日々、指数関数的に跳ね上がっていくクリスの魅力に、周囲(特にアレン)の脳味噌が破壊されていった。



 だが、しかし。

 クリスは全く自重することなく、更なる驚愕がアレン達に待ち受けていた。


 それは、何の変哲もない朝の出来事であった。



 何時もの様に、クリスとアレン。そしてエレノアの3人で集まって、朝食を食べようとする時分。

 やって来たアレンに対し、急成長のお陰でアレンより背が少し高くなったクリスが微笑みながら、朝の挨拶を行った。



「おはようございます。アレン君。いい天気ですね」



「ああ。おはよう。くり――――」




 ピタっ!とアレンの動きが止まる。

 同時に、思考も停止した。



「??どうかしましたか?アレン君」



「いや、いや、いや、いや、いや、いや、いや、いや、いや、いや、いや、いや――――――!??????????????????????く、クリス??」



 クリスは優雅に微笑みながら返答した。



「はい。私ですよ?」



「……………………………………」



 喋ってる。それはもう流暢に喋っている。

 なんか、凄い女の子っぽく喋っている。

 アレンの思考は、途轍もない驚愕に陥った。



 例えるなら、カタコト言葉で売り出している外国人タレントが、とても滑らかに日本語を喋る場面に遭遇してしまった位の衝撃であろう。

 


 因みに、その驚きを先に体験していたであろうエレノアは、生暖かい目で自分の息子を見ている。



「ええと、その。喋り方…………」



 何と言って良いのか分からず、しぼりだしたアレンの言葉に、クリスが軽やかに答えを返す。



「ああ、そのことですか!これには、理由わけがありまして――」



 そう言うと同時に、クリスは己が急なキャラチェンに至った理由を思い出し始めた。





*****



 時は、クリスが聖女的なナニカを目指す決意をデザベアに打ち明けた時まで遡る。

 聖女と書いて別の読み方をしていた所為で一波乱はあったが、基本的にはデザベアの同意を得られてクリスはご機嫌だった。



「それ、じゃあ!!これ、から。皆、を、一緒に、助けて、行こう、ね!ベア、さん!!」



 デザベアの協力の下、自身の力を使っていければ、嘆きと苦しみの暗雲が立ち込めたこの世界に光を齎すことが出来る筈。

 輝ける未来を思い描いて、クリスは嬉しくなった。

 その言葉を聞いて、その様子を見て、デザベアもまたうん、うん、と微笑んだ。



『協力しないが?』



「…………………………………………?????????」




『そんな鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をされてもな』




「でも、乗り、かかった、船、だって…………」



 自分が、ニフトに言われた皆の希望を集める存在を目指したい!と言った際に、デザベアはそういった筈だろう、とクリスは問いかける。

 それにデザベアは、頷いた。



『そうだな。確かにそう言った』



「じゃあ、協力――――」



『せんが?』



「????????なん、で!??????????」



 あっれ~~~~????何か思っていた展開と違うぞぉ!?と目をパチクリとさせるクリス。

 そんな混乱中のクリスに対して、デザベアは冷静に自分の考えを伝えた。



『確かに俺様が力を貸して反動を軽減し、お前が超常の力を使えるようにすれば、世界でも何でも救えるだろうさ。大袈裟でも何でもなくな?』



 それはそうだ、と肯定をした上で、だがな、とデザベアは言葉を続ける。



『しかし、俺様なら失敗せずやってのけるとは言え、お前のアホみたいな力の反動を軽減するのは、客観的に見れば命懸けの所業な訳だ。そして今、お前はその難行を俺様に何度も繰り返せ、と言っている訳だが、それを理解しているか?ん?????どうだ????????????』



「ぁぅっ――!?」



 確かにデザベアの技量を持ってすれば、クリスがある程度の力を使っても、死なないようにする事は机上論的には・・・・・・可能だ。

 ただし、理屈的に可能なのと、実際に出来る・やれるかは、また別の話だろう。


 例えば、文武両道で他者を思いやれる人徳者に成ることが、可能か不可能か、と言われれば、答えはまあ、可能だろう。

 特別なチートもなにも必要ではなく、ただ一生懸命に勉強して、一生懸命に運動し、一生懸命に他人に優しくし続ければ良い話で、誰にだって理論的には可能な筈だ。

 だが、それを実践できる人間は少数だろう。

 そんな人に成れるのが理想だと、誰もが知っている筈なのに、だ。


 それと全く同じことだ、とデザベアは語る。



『お前の望みを叶えるのに、俺様が一番苦労するのは道理に合わない、と思わないか?』


 いや、そもそもクリスが現在の状態に成っているのがデザベアの所為なので、正しい発言とも言い切れないのだが。

 しかし、言われたクリス当人は、デザベアの発言が正しいと思ってしまった。

 基本、ドがつく程に善人なクリスは、情に訴えかけられると弱いのだ。



「ぅぅっ……。ごめん、ね。ベア、さん………………」



 先程までの明るい様子は何処へやら。

 クリスはすっかり、しゅん……、と落ち込んでしまった。



『だから、俺様は力を貸さない――と言いたい所だが、今回の話の結論は違う』



「?」



『前にも言ったとおり、確かにこれは乗りかかった船だ。お前の生き様にまるで協力する気が無いのなら、そもそもあの時助けなければ良かった話だからな』



「結局、どう、いう?」



 力を貸してくれるのか、くれないのか?結局どちらなのか分からないデザベアの言葉に、クリスの頭が混乱する。



『つまり、俺様が言いたいのは、だ。お前が力を使うことによるデメリットを回避するための行動に対し、俺様だけではなくお前自身もそれ相応の労力とリスクを背負え、と言うことだ』



「……ま、あ。出来る、のなら」 



 そもそも他人が苦労するよりは、自分が苦労したほうが良い、と考えるクリスである。

 それが出来るのならそうしたかった。

 ただし、力を使うこと自体が死へのトリガーになってしまっている以上、単純に力の出力を調整すれば良いという話でも無いので、これまでクリス自身には対応が出来なかったのだ。



『ならば安心しろ!この俺様が特別に、お前の力と努力で問題を解決することの出来る術式を編んできてやった!!』



「おおっ!!」



 クリスがやることを見越してか、デザベアに何らかの解決案があったらしい。

 便利キャラの面目躍如と言ったところだろうか。


『その名も【聖華化粧せいかげしょう】――!後はお前の力を流し込むだけで、発動する様になっている!!発動する際の反動は俺様が処理してやるし、お前に対してそこまで害が無い物なのは感覚的に分かるだろうから、試しにやってみろ!!』



「わか、った!」



 確かに、己の中に急に湧いてきた何らかの力は、感じる限りそこまで悪い物では無さそうだった。

 よってクリスは、デザベアに言われたままに【聖華化粧】なる物を発動させてみた。

 


 ――途端。

 何か、着ぐるみを着用した様な感覚が彼女に訪れた…………が、それ以上、何が変わったかはクリスには分からなかった。



「ん?これ、なにが、変わっ――い、いたっ!!」



 そして、何が変わったのか?と何時もの調子でデザベアに問いかけようとしたクリスだったが、そうして語りかけた瞬間、口の中に痛みが走り、言葉を中断する事となってしまった。

 その時走り抜けた痛みを表すのならば、物を食べる際に間違って口内の肉を噛んでしまった時の様な痛みであった。



「ぅぅっ…………」



『ああ、そうじゃない!何時も通り喋るんじゃなくて、もっと女らしい、そうだな…………これぞ聖女!って口調で喋ってみろ』



「?」



 何でそんな事を言われるのか、意味は分からなかったクリスだが、取り敢えず言われた通りにやってみた。



「はあ。それは構いませんが、そんな事に何の意味が――!?」



 喋れる。

 この世界に来てから一度たりとも自分の思い通りに動いた試しがなかった口が、滑らかに動いて、クリスは驚いた。



「喋、れ、た!い、いたっ!!あ、あれ?なん、でっ!いたっ――!!」



 その勢いのまま、喋り始めたクリスだが、今度は最初と同じ様に口の中に痛みを感じた上、何時も通り上手く喋ることは出来なかった。



『口調、口調』



「そ、そうでした!これで大丈夫でしょうか?………………やっぱり、こうすると普通に喋れますね。ベアさん、これは一体――?」



 どうやら今の自分は普通に喋ろうとすると上手く行かない代わりに、口調を変えると問題なく話せる状態らしい、と流石にクリスも察した。




『【聖華化粧】の作用だ』



「やはり、そうですか。…………でも、これに一体なんの意味が?」



 突然、普通に――と言ってよいのかは微妙だが、クリスが一応は喋れるようになった訳が、今しがた発動した聖華化粧なる物の作用だと答えるデザベア。

 それは、まあ、そうだろうな。と納得するクリスだが、問題はそれに何の意味があるのか、だ。

 そもそも今、課題としていたのは、普通に喋れるようになる事ではなく、力をキチンと使えるようにする事の筈なのである。



『何か勘違いしている様だが、お前が喋れる様になったのは、聖華化粧の縛り……どちらかと言えば副作用だ。術式の効果自体は別にある』




「副作用……。それに本当の効果、ですか?」




『今の状態のままで、思いっっっっきり出力をセーブしながら力を使ってみろ。ただし今回、俺様は力を貸さない』




「そこまで言うのなら、やってみますけど……。【治癒】」



 自分が死ねばデザベアも死ぬ以上、何も考えなくそんな事を言う訳も無い、とデザベアの言う通りにしてみる事を決めたクリス。

 極めて出力を抑えて、それこそ全力から比すれば無いも同じなレベルの力で回復の力を行使する。



 そしてクリスの右手に、神々しい治癒の光が現れる。

 問題はその後。

 何時もならば直ぐに来る筈の反動が………………少し待ってみても全く来ない!!




「すご、っ――いたひっ!……コホン。凄い、凄いです!!ほんの少しですけど、力を使っても大丈夫ですっ!!」



 たった今、使用した癒やしの力は、本当に微々たる物。

 精々、10から20箇所の粉砕骨折を瞬時に治す程度にしか使え無いが、それでも全く使えない状態から見ると、雲泥の差だと、クリスは嬉しくなった。



『ふふふ。それこそが、【聖華化粧】の効果な訳だ』



「おおっ!!ですが、一体どういった理由で力を使えるのでしょうか?」



 また口の中が痛くならない様に、口調に気をつけながら問いかけるクリスに対し、デザベアは得意げに事の絡繰りを説明し始めた。



『まず、聖華化粧を発動した場合のお前の状態から説明しようか。今のお前は、そうさな…………敢えて形容するのならば【聖女】と言う名の皮をかぶっている状況だ』



「聖女という皮、ですか?」



『より詳しく説明をするのであれば、悪魔である俺様と強い繋がりがある事により使える様になった他者の感情を己の力とする権能を弄って作った能力だ。万人が思い描く【聖女】と言う外殻を纏うことが出来る様になる』




「分かる様な、分からない様な…………。えーと。それで結局その外殻?を纏う事で私が力を問題なく使える様になるのは何故なんでしょうか?」



 詳しい理解にはいまいち至れなかったクリスだが、取り敢えず一番重要なのはそこだろう、と再度の質問を投げかけた。



『それについちゃ簡単な話だ。この聖女の皮を纏うことによる効力は、お前の肉体と魂の間にある格の差を埋める事だからな』



 デザベアの説明に対し、クリスは自身の左手の人差し指を下唇の当てながら、え~と、と考えた。



「つまり、肉体にかかる負担を肩代わりしてくれるクッションの様な物、なのでしょうか……?」



『そう考えて問題は無い。ただし、【聖華化粧】の効力は、能力を発動中にお前が他者から聖女としての感情を受ける程に強化されて行くから、現時点では大したものでは無いがな』




「……………………………………えーと?」



『ハァ。お前にも分かりやすく俗に言えば、今の【聖華化粧】のレベルは1。能力を使用中に他者に優しくしたりして感謝されることによってレベルアップ出来て、より多くの力を副作用無く使うことが出来るようになるって事だ』



「分かりやすいです!」



 すっかりチンプンカンプンだった様子のクリスに、デザベアがゲーム風の説明をした。

 すると、さらり、と理解するクリス。こういった所で現代っ子だった名残が発揮されていた。



「それにしても………。これは、凄い!凄いですよ、ベアさん!!この力があれば、これからの行動が格段に楽になりそうですっ!!」



 聖華化粧の効果に、満面の笑みを浮かべるクリス。

 デザベアに過度な労を負わせずに力を使えるようになり、更にその条件が他者に優しくする事という、どうせ元よりやるつもりだった事柄である聖華化粧は、クリスが今まさに欲していた能力その物だった。

 だが、喜ぶクリスに対し、デザベアが水を差す様な注釈を加え出す。



『大喜びの所悪いが、この聖華化粧にはデメリットもある。先程も言ったが、お前が今も体験している物がな』



「デメリット……。今も体験していると言えば、この口調の事ですか?ですけど、これは奇妙とは言え、役に立っているような……?」


 

 聖華化粧を発動してから変わった事と言えば、少し変な形ではあるが、キチンと喋れる様になった事位である。

 だがクリスからすれば、これは寧ろメリットにしか見えなかった。



『そもそも喋れる様になっているのは、デメリットの内の飽く迄一部だからな。その全容を説明するとなれば…………。そうだな、クリス。お前、なにかエロい事でも喋ってみろ』




「イキナリ何を?でも、分かりました!!」



 デザベアの突然の発言に驚いている割に、笑顔で了承するクリス。



「先程から何度か思っていたのですが、皮をかぶるって表現、何だかとてもエッ――」



 クリスがそこまで言いかけた、その途端。

 彼女の頭に締め付けられる様な痛みが襲いかかってきた!




「――!?い、いたっ!なに、これ!?頭、いたっ!ぁっ!口も、いたっ!」



 突然の頭痛に、口調も乱れて口の中も痛くなる地獄絵図。

 クリスが落ち着けるまで、暫しの時間が必要となった。




「うぅっ……。酷い目に遭いました…………」



 涙目になっているクリスにデザベアが笑いながらに話しかける。



『ハハハッ!身を持って体験した事で良く分かっただろう?今のが聖華化粧を使用する際の制限さ!』



「今のが……?でも一体どういった理屈で、何が起こったのでしょうか?」



『良いか?今のお前は聖女という皮をかぶっている様な状態にある、と先程話したばかりだろう?そしてならば当然、その皮に見合った所作・立ち振る舞いが必要となる訳だ』



「皮に見合った立ち振る舞い、ですか」



『ああ。要は能力の発動中は聖女然とした振る舞いを心がけなくてはならないって事だ。本来ならば一番重要で、最も難しいのは、慈愛に溢れた行動を取らなきゃならねぇって事なんだが………………。これは、まあ。お前にはどうでも良いな』



「はあ」



 何せ、クリスの場合、思うがままに行動するだけで満たせるし、とは口には出さなかったがデザベアの率直な感想である。




『お前にとって重要なのは本当だったらオマケの部分。清純かつ清楚な振る舞いをせねばならないって事だろうな』



「清純で、清楚…………」



『分かりやすいのは言葉遣いか。聖華化粧の発動中は、楚々とした言葉遣いをしなければならない。ただし、言葉に関しては、呪いが呪いで上書きされる様な感じになって、しっかりと喋れる様にもなるから悪いだけじゃあ無いがな』



「ああ!それで突然、普通に?喋れる様に成ったのですね!いえ、まだ全然慣れはしませんけど」



 軽い謎が解けて、ポン!と手を叩いて納得するクリス。

 しかし、そんなクリスにデザベアから無慈悲な事実が告げられる事となる。



『ああ。それと。清楚たる訳だから、エロいことは言えんし、出来んぞ』



「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」



 間違いなく本日一番となる衝撃がクリスへと襲いかかった。




「申し訳ないですが耳にゴミが入って何を言ったのかよく聞こえませんでした。一体何と言ったのでしょうか!!」




『エロい事は駄目だぞ』




「は???????????????????????????????????????????????????????????????????????」



 全く予想だにしていなかった事柄に、クリスの頭の中が真っ白に塗りつぶされる。



「そ、それっ、て!あ、口、痛っ!!ええ、い、まま、よ!!つま、り。此処、で、服を、脱い、だり、する、のも駄目、って、事!?ぅぅ……。頭も、痛い……」



 口の中が痛くなるのも気にせずに、大慌てでデザベアに詰めかかるクリス。

 その剣幕に対し、デザベアが呆れた様子で応対する。



『なんか俺様が無茶な事を言っている様な態度だが、そもそ街中で突然脱ぎだす事が選択肢に入るお前の頭の方が可笑しいと思うんだが?』


 それは、そう。



「そんな事ありません!!!つまり、ベアさん!私に死ね、と…………?」



『エロい事出来なくなると死ぬんか己は』



「はい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



『そんな訳無いだろうが!!!!』



 まくし立てるクリスに、動じないデザベア。

 街中と言っても人目が無い場所であるため、2人の喧々諤々としたやり取りが落ち着くまで割と時間が必要だった。



『とにかく、だ!!聖華化粧中にエロいことなぞ言おうものなら【緊箍児きんこじ】と言う能力が発動し、お前の頭が痛くなる』



「……………………緊箍児ってなんですか」



『西遊記の方の孫悟空の頭に付いているアレだ』



「……人をお猿さん扱いしないで下さい」



『お前はエロ猿だろうが』



「むー!」



 頬をぷくー、と膨らませて不機嫌を表すクリスに、デザベアが呆れた様に諭す言葉を投げかける。



『良いか?よく聞け。そうやって何時ものアホな態度を我慢し、聖華化粧の強度を上げていく事が俺様がお前に求める苦労だ。そもそもお前は唯の苦痛なんざ簡単に耐えるんだから、背負うべきリスクって言ったらそういう方面になるのは当たり前の事だろ。俺様がお前の力を制御するのは命懸け何だぞ!!』



 直訳すれば、自分も苦労したんだから、お前も苦労しろ、とシゴキの辛い運動部の上級生の、糞みたいな言い分の様な事を言ってのけるデザベア。

 しかしながら、クリスには割と有効な文句であった。



「まあ、それはそう、ですけれど…………」



『お前がしっかりと、この労力を負うのならば。聖華化粧だけでは足りないイザって時の力の制御は文句無くやってやろう。それでこそ対等って物だろう?』



「………………………………分かりました」



 元より自分の楽しみより、他者の喜びを優先するクリスに、応じる以外の選択肢は無い。

 嫌だけど!凄く嫌だけど!!とても嫌だけど!!!!クリスはデザベアの言葉に頷いた。



『よし来た!!何、安心しろ。全ての騒動が無事に終わって、呪いも解けたのならば、そこからは好きにすれば良いだろうさ。さて、それじゃあ術式の最終調整をして数日後には本格的に使い始めるぞ!!』



「はぁ。まあこうなってしまった以上は仕方がありませんね。なるべく早く皆さんのお悩みを解決出来るよう頑張って聖女アイドルを目指します」



『何度も思ってたが、お前の聖女像は何か可笑しい』



「それにしても、皮をかぶってアイドルを演じる………………。成程、これが流行りのVtuber――!!」



『人が真面目に作った能力を、俗な言い方するの止めてくれない???????』



 これが、数日前にあった出来事である。




*****



 そうして時間軸は現在に戻る。

 己の様子の突然の変化の理由を回想したクリスだったが、デザベアとの会話をそのまま話す訳にも行かないので、アレン達に対し、どう説明したものか?と少し頭を悩ませた。



(まあ、こんな感じで良いかな?)



 出来る限り嘘は少なめに。そして、分かりやすい説明を考えたクリスは、それを披露し始めた。




「今更の話ですが、そもそも私は自分の力の影響で、言葉遣いや体調に色々と悪い影響が及んでおりまして」



「やっぱりそうだったんだ……」



 分かっていた事だが、改めてクリスから断言されて、アレンは納得の頷きを返す。




「これは、なんとかせねばならない!とは常日頃から思っていた次第でして。その対策が遂に完成したのです」




「その結果が今のクリスの様子、って事?」



「はい!イメージとしては身を守る鎧を着込んだ、とでも思って頂ければ。まあこの場合、外から身を守るのではなく、内から身を守っているのですけどね」



 そういう意味では例として不適切だったかも知れないですね。とクリスは微笑を浮かべた。



「鎧……」



「ただし、それを使っても何もかも思い通りになる訳では無く、ちょっとした制限が発生してしまうのが難点ではあります」




「制限……。鎧らしく動き難くなる、と言った所かしら?」




 今のクリスの様子を見て、エレノアがそう推察を行った。

 そして先の通り、その推察は当たっている。



「はい!その通りです、エレノアさん。この状態ですと、一応普通には喋れるのですが、この様な言葉遣いや、所作を心がけなくてはいけなくて…………」



「それって大丈夫なのか?」



 クリスのその説明を聞いたアレンが心配そうに問いかける。

 その質問に、クリスはアハハ……、と少しバツが悪そうに回答した。



「まあ正直な所、違和感の有りや無しやと問われれば、有ると答えざるを得ないのですが」



 今までは普通に喋っていた言葉が勝手に変換されていたが、今は意識的に普段とは違う口調で話さなければならない。

 その違和感が少ない、とは残念ながら口が裂けても言えそうには無い。



「ただ、口調に関してはまだどうとでもなります。大変なのはどちらかと言えば、細かい所作などに関してですね。それも咄嗟の時の」



 言葉遣いに関しては、頭は良くは無いが、礼儀は持っていたクリスである。

 元々、目上相手に使っていたなんちゃって敬語を女性に寄せた感じで使えば、なんとか対応出来なくも無かった。

 意識的に喋るようにしておけば、数ヶ月もあれば多少は慣れるだろう、と予想出来る。



「確かに、クリスちゃん。ちょっと動作が雑な時があったものね。でもクリスちゃんみたいな可愛らしい子が何時までもそういう隙を見せているのも勿体ないから、丁度よい機会じゃないかしら」



 アレン達が性別を勘違いしたことからも分かる様に、クリスの所作は現在の見た目に反して、男の子というより、野生児っぽかった。

 ……まあ中身を考えれば当然の話しだが。

 それを矯正して行かなければならないと言うのだから、大変な話しである。


「なるべく早く慣れることが出来る様に頑張りますね?」


「私も、貴族になった時に少しだけ・・・・立ち振る舞いを変えたから、その時の経験を元に協力するわ」

 


「ぁ、ぁはは……。お手柔らかに……」



 口調と違って此方は大変そうではあるが、余りにも楚々とした物よりかけ離れた動作を行うと、柱の角に足の小指をぶつけた様な痛みが発生するし、否が応でも1年位あれば慣れるかな?とクリスは思った。


 まあ、それに――。



「でも、まあ。違和感と言うのなら、前の状態もそれはそれで違和感がありましたから」



 自分の喋った言葉が、ニュアンスこそ似ているものの、別の言葉として出てくると言うのも、それはそれでストレスが大きいものである。

 長い目で見れば、慣れる事が出来るだけ今の方がマシだろう。 



「どちらにせよ違和感があるのでしたら、人の役に立つ方が良いでしょう?ほら、見て下さい!」



「――っ!」



 クリスは元気よくそう喋ると、突然、近くで話を聞いていたアレンの手を握った。

 柔らかく温かい感触にアレンが頬を染めていると、クリスの手から神々しい白い光が溢れ出し、アレンの全身を覆い尽くした。

 瞬間、アレンに大きな安らぎが訪れた。



「――これは、回復?」



「はい!まだまだ本気は出せませんが、多少ならば使える様になりました」



「……体は、大丈夫?」



 心配そうなアレンに対し、クリスはへっちゃらです!と柔らかな笑みを浮かべつつ溌剌と答えた。

 実際、やせ我慢でもなんでも無い。

 最も、現状、問題なく使用できる力は、全力からすれば、ミジンコ以下の大きさである。

 それでも得意な回復などであれば、欠損レベルの怪我は治すことは出来よう。




 ――因みに、回復の発動に手を握る必要性は皆無である。



『ベアさん!まだまだ試して見ないと確信は出来ないですけど、やはり場合によっては緊箍児が発動しませんよ!!』




『………………そりゃあ、ようござんしたね』



 クリスは、アレン達にバレない様に、近くで不貞腐れた様に浮いているデザベアに念話で話しかけた。

 クリスのエロ行動を完全に封じたと思われた緊箍児だが、きちんと精査してみた結果、幾らかの穴がある事が分かった。

 簡単に言えば、雑に聖女っぽいムーブを挟めば良いのである。

 例えば、突然脈絡もなく人前で脱衣し始めるのは当然アウトだが、凍える幼子を相手に、我が身を省みず自らの着衣を貸す――的な動きなら可能なのだ。



『やはり参考にすべきは、少年誌のお色気枠ですねっ。如何にエッチな感じを挟んでいくか――!ベアさん、一時はどうなる事かと思いましたが、私、これはこれで興奮してきました!!』



『…………』



 こんな発言をしつつ、表では嫋やかに微笑んでいるのだから、新手の詐欺である。



『ベアさん相手の念話なら緊箍児が発動しない事も分かりましたし、風は私の方に吹いていますね!!』



『ドウシテ……』



 色々とごちゃごちゃ建前を並べてはいたが、結局の所、自分が振り回されないために聖華化粧なる力を作ってクリスの色欲を封じようとしたデザベアであったが、クリスとの間に極めて強い繋がりがある所為で、寧ろその被害を一手に引き受ける始末になっていた。

 世界が彼に、ツッコミ役からは逃さんぞ?と言っているのである。


 またしても自爆して落ち込んでいるデザベアを尻目に、新生クリスのお披露目会は継続していく。



「それにしても……」



「?」


 

 サクッと人知れず悪魔退治を終えながら、優雅に微笑むクリスを見ながら、エレノアがそう呟いた。



「こう見るとクリスちゃん、だいぶ大人っぽく見えるわね」



 栄養不足で小柄過ぎた体に、呪いのせいでたどたどしくしか喋れ無かった為に、非常に幼く見えていたクリス。


 しかし若竹かな?と思わんばかりの驚異の成長に、今回の件が重なった結果、今度は逆に歳以上に大人びて見える様になっていた。


 なんとなくおねショタの波動を感じる位だ。



「ふふっ。お姉さん、ですね」


 

 中身、高校生の面目躍如だと胸を張るクリス。

 その様子も、ほんの1ヵ月前であれば、無い胸を張る事になっていたが、今だと有る胸を張っている位だ。



『…………頭の中、性に興味深々の永遠の中学男子の分際でドヤってんじゃねぇ』



『何か言いましたか?ベアさん』



『いいや、何も』




 ぼやいているデザベアは放っておいて、クリスは話のまとめに入る。




「まあ、色々とお騒がせしてしまいましたが、少し表現方法を変わる程度で、私は私のままなので、これからも仲良くして頂けると嬉しいです」




「それは勿論」




 大変は大変だが、別に無理をしている訳では無いのだ、と語るクリス。

 彼女は、それに、そもそも――と話を続けた。




「別に、戻る。思え、ば。何時、でも、戻れ、ます」



「確かに何時ものクリスちゃんね」

 


 クリスはササっと簡単に、聖華化粧を解除した。

 なにせ一度発動したら解除不能と言う訳ではなく、別に解こうと思えば、いつだって解くことは出来るのである。

 それこそクリスの感覚的には、気温に合わせてコートを着るかどうか、程度の話である。



「ただ、余り外してばっかりではいつまで経っても慣れないままですし、折角この力を作った意味も無いので、基本的には常に使っておきます。ただ、この様に何時でも外せる物なので、そんなに心配なさらないでくださいね?」




「ああ。分かったよ、クリス」



 実際に見本を見せながら話すクリスの様子に、無理をしていない事を納得したアレンが笑顔で応答した。


 しかしその横で、デザベアが小声で呟く。



『お前にとってはそうかもしれねぇが、実際言う程安全な術でも無いんだけどな』



(全く、ベアさんは大袈裟だなぁ)



 呆れた様に吐き出されたデザベアの言葉に、クリスはそう思った。

 だがしかし、この場合に正しい事を言っているのはデザベアの方である。



 クリスからしてみれば、簡単に着脱可能な聖華化粧であるが、常人からすればそうでは無い。

 普通の人間が使用すれば、一度発動したが最後、死ぬまで外せず、善人である事を強要される上に、気を抜けば自分と言う物が無くなって仮面に乗っ取られる可能性がある程だ。

 悪魔であるデザベアが作っただけはある、聖なる呪い。とでも言うべき恐ろしい代物なのである。


 まあ最も、クリスからすれば、心の赴くままに行動すれば何の問題も無い上に、そもそも彼女が使う事だけを想定して作られているのだから、大袈裟と言う言葉も正しいと言えば、正しい。




「それに、もう少しで新しい街に向かいますし、心機一転頑張っていくには、丁度良かったです!」



 緊箍児の制限に引っかからない様に、控えめに、えい、えい、おーと動作を繰り広げながらクリスは話をそう締めくくった。








 ただし、この聖華化粧。クリスが気が付いていない、気にしてもいない大問題がある。




 それは――――

 





































 ――表面上だけでも変な行動をしなくなると、いよいよもって慈愛に溢れて距離感の近い意味の分からんレベルの美少女になるのである。




 何だか、良くも悪くもどんどんレベルアップして行くクリスを見て、エレノアは、この先、息子の息子は本当に大丈夫かしら……?と冗談抜きでそこはかとない不安を覚えた。 

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