017 悪魔の誇り
ここで少し時間を戻そう。
ニフトが街を襲い始める直前。
クリスとデザベアは、アレン達との待ち合わせ場所に移動しようと、家を出る所であった。
天気は曇り。どんよりとした雲が空を覆い陽の光を遮っていた。
天気予報なんて便利な物は無いので確証は全く持てないが、何となく雨が降り出しそうな気配があった。
これが、無口系不思議ちゃんキャラであれば「風を……。感じるわ……」的な事が出来るかもしれないが、呪いで上手く喋れないせいでなんかそれっぽく見えているだけで、本質的に唯のあっぱらぱーなクリスに、そんなスキルは無かった。
ただし、目の前にスカートを穿いた女性が歩いている時は、悪戯な風さんの発生を感知できるぞ!!
う~ん、このド変態。
まあそれはさておき、折角新しい生活が始まる目出度い日だと言うのに、なんとなく嫌な物を感じているクリスであった。
巨大な隕石でも落ちてきて、雨雲を吹き飛ばしてくれれば、晴れるかもしれないが、流石にそんな事は有り得ないだろう!!!
「それ、に、して、も」
『あん?なんだ?』
「本当、に。今日、から、お風、呂。入っ、て、良い、の?」
『ああ、問題ないぜ』
ここ最近の大きな話題として、デザベアがこれまで散々に止めて来た、クリスが身を清める事を了承した。
曰く、これから一緒に暮らそうと言われるまで、懐に入り込んだ以上、そろそろ解禁しても良いだろう、との事だった。
そう言った言い方をされるのは不服なクリスではあったが、体を綺麗に出来るのは普通に嬉しい。
汚れを落とすのもそうだが、何より一番は臭いだろう。
クリス自身はもう慣れてしまったと言えばそうなのだが、付き合わせるアレン達に申し訳なかった。
きっと生ごみの臭いがしていると思うし。
そうして、熱々のお風呂に浸かるのを楽しみにしながら、アレンとエレノアに会いに行こうとしたクリスだったが、その時に丁度、異変が発生し始めた。
「
「な、なんで街の中にぃぃいいいい!?!?」
「死にたくない、死にたく無いィイイイ」
平和――と言って良いのかは微妙だが、静かではあったスラムに、多数の人の叫び声が響き渡る。
「これ、は!?」
『チッ。クリス、あっちだ。あっちを見てみろ!!』
「廃、呪?」
デザベアに促されてクリスが見た先には、大きな蛾の姿をした廃呪。
この時点のクリスには知る由も無いが、ニフトの襲撃が始まったのであった。
「これっ、多、分!!」
『ああ、まず間違いねぇ。テメェが警戒していた、起こるかもしれないナニカ、だろう』
ルークが別の街に行ってくると、旅立って直ぐにこれだ。
エレノアの命が失われる理由になる事件だと考えるのには十分過ぎた。
「取り、敢え、ず。周り、を――っ!」
まずは周囲の襲われている人たちの安全を確保しようと考えた、クリスだったが、その行為が実行に移される直前で、不自然に止まる。
その瞳が、何かしらに不安を感じている様に左右に頼りなく揺れていたが、しかしその逡巡の合間にクリスはある事に気が付いた。
「この、廃呪、たち。人、あま、り。傷、つけ、ない、よう。して、る?」
『――言われてみれば、確かに』
街を襲った蛾の廃呪だが、その動きがどうもおかしい。
人を襲い、追い立ててはいるのだが、逃げ出す人間や、戦闘を行えない人間などと言った相手には手を出していないのだ。
まるで、そう。
出来る限り人の被害を出さないように戦っている様な――。
『というか、咄嗟に力を使おうとしてんじゃねぇ!流れで俺様まで死ぬ所だったわ!』
「ぅ。ゴメ、ン……」
『なんだ、やけに素直だな……?』
どうしてかはサッパリ分からないが、廃呪の謎の戦い方のお陰で、周囲の人間は無事に逃げ出せたし、クリスも見逃されているかの如く襲われない。
ひとまず、ある程度状況を整理する時間は作れそうだった。
『何が起こってるのかは不明だが、こうなるとルークの奴が、間に合っているかが重要か』
「う、ん」
ナニカ、が起こる可能性を危惧して、怪しまれるのを覚悟の上でクリスはルークが街から出ようする時に、出発したフリをしてアレンを見守っていて欲しい、と頼み込んである。
いざとなれば、必殺のDO☆GE☆ZAを使ってでも頼みこもうと思っていた、クリスの必死さがルークにも伝わったのか、そのお願いはしっかりと了承されている。
だからアレンには今、しっかりとした守りがある筈だ。
そんな風に2人で会話をしていたが、そこで、ふと。デザベアは1つだけ気になった。
『なんだ、お前なら直ぐにでも飛び出していくと思ったんだが』
「…………」
クリスの様子がおかしい。
何時もの彼女の思考からすれば、先ほども躊躇せずに周りを助けようとしただろうし、ルークの守りが期待できるとはいえ、それでも危険が迫っているだろうアレンの救出に一も二もなく飛び出していただろう。
それこそ、デザベアの制止の言葉を振り切ってでも、だ。
だと言うのに今のクリスからは、躊躇の意思が確かに感じ取れた。
――ははぁ~ん、成程。成程。
デザベアはある予想に辿り着き、心の中で、そうほくそ笑んだ。
――流石のコイツでも、自分が死ぬのは怖いか。
クリスの躊躇の理由を、死ぬのを恐れているからだ、とデザベアは考えたのだ。
そう思ったデザベアは、非常に上機嫌になり、こんな時にも関わらず、クリスを煽ってやる事に決めた。
『オイ、一応ルークの奴を助けとして送っているとはいえ、何が待ち受けているか分からねェ。念のため、俺様たちもアレンの元に行こうぜ?――――いざって時には助けられるかもしれねぇしな』
「それ、は…………」
『オイオイ!どうした?どうしたぁっ?何時ものお前だったら、とっくに飛び出してるだろ?まさか今更、自分の身を惜しんでる訳じゃァネェよなぁっ!?』
「…………」
これだけ言われても何かに悩むクリス。
これはいよいよ間違いねぇっ!とデザベアのテンションが急上昇であった。
「…………あ、の。私。死ぬ、と。ベア、さんも。死ん、じゃう、よ?」
クリスから絞りだされたその言葉に、「自分が怖がってるのを誤魔化すのに、俺様を使うんじゃねぇっ!!」と更なる煽りを反射的に言い出しかけたデザベアだったが、寸での所でそれを言い留まった。
そして妙にキリッ!としたキメ顔をしながら、デザベアはクリスに優しく語り掛けた。
『――なあ、クリス。俺様の事は気にしないでも良い。ふっ、アレンと出会ってから1ヵ月。なんだかな、俺様もアイツの事を少し気に入っちまったらしい。だからイザって時は躊躇わなくて良いぜ――!』
無論、お分かりだと思うが、デザベアはそんな事、本心ではまっっっっっっっったく、これっっっっっっっっっぽっちも思っていない。
クリスみたいなタイプにはこうした方が
クリスの身の安全、ひいては己の安全に関わって来る相手だから、多少は気遣っていただけで、本質的な所でデザベアは、アレンやルーク、そしてエレノアになんの好感も抱いていない。
なんなら自分の安全に関わらない状況下なら、エレノアが惨殺されている映像をポップコーンを片手に笑いながら鑑賞出来るくらいだ。
屑である。
真正の屑である。
悪魔デザベア~貴方って最低の屑ねっ!~である。
そんな事を言って、お前。それでクリスが覚悟を決めたら、お前も死ぬんやぞ。と思う人も居るかも知れないが、何度も言っているがデザベアとしては死ぬこと自体はそこまで怖くは無いのだ。
嫌なのは、変態が織りなすギャグ空間に巻き込まれた挙句、糞みたいな終わり方を迎える事。
シリアスな時であるのなら、自分の命より愉悦優先がデザベアのスタンスだった。
基本、凄まじい力に人を陥れる智も持っていると言うのに、時折やらかすのは、そういうとこだぞ。
では、今回のクソみたいな煽りの結果を見てみましょう。
「ほん、とっ?良か、った!!」
『……え』
クリスはとても良い笑顔で走り出した。
そこに自分の命を惜しむ躊躇は、微塵も感じられなかった。
――最早言うまでもないが、クリスは善人である。
嘗てクリスが日本に居た頃、何故【超越者】として目覚めていなかったか?と言う疑問に対しデザベアは、自分がそういった者だといった自覚が無かったからだ、と言うと同時に、他にも理由があると言いかけて、止めていた。
今、その他の理由を説明しよう。
それは、クリスが超常的な力で他者をどうこうする事を欠片も望まなかったからである。
例えば、もしも。他者の意思などどうでも良いからエロイ事がしたい!なんてクリスが欠片でも思っていたのなら、彼女は地球に居た時から、周囲に対する魅了・発情・催眠・洗脳、そんな力に簡単に目覚めていただろう。
もっと簡単に、気に入らない誰かが消えてくれれば良いなんて思っても、また然り。
つまりクリスは、ほんの少し心の中で思っただけで、勝手に押されてしまう独裁者に成れるスイッチをいつ何時でも持っていたのだ。
だが、そのスイッチは地球に居る間一度たりとも押されなかった。
その事実が何より、クリスの善性と聖性を物語っている。
さて、そんな人間が自分が傷つく事を恐れて誰かを救うのを躊躇するだろうか?
答えは勿論、否。
別に自分の命を軽く見ている訳ではないが、自分の命と友人の命が天秤に乗った場合、後者が重くなるのがクリスであった。
天秤が釣り合い迷う時があるとすれば、それはどちらにも自分以外の命が乗っている時のみ。
しかし、幸いにも――と言う言い方は余りに皮肉が過ぎるが――クリスは現在天涯孤独の身だ。
その身は軽く、アレン達に釣り合う相手など居ない――1人?を除いて。
嗚呼、そもそもこんなに長々と説明するような疑問でも無いのだ。
だってクリスは最初から答えを言っているのだから。
人の悪意には鋭いが、善意にはサッパりな何処ぞの馬鹿が、下衆の勘繰りでそれを信じなかっただけ。
クリスが迷っていた理由は、自分が死ぬとデザベアも死ぬから。
ただそれだけ。
『……………………』
幾らデザベアでもその結論に辿り着かざるを得なかった。
走るクリスの背を見ながら彼は決意する。
――クリスの命を救うことを。
……情に絆された訳ではない。
いや、照れ隠しで言っている訳では無く、本当に違う。
もしも、これをツンデレとか言われよう物なら、デザベアは憤死するだろう。
だから絶対言ってはいけない。
いいか、絶対だ。
絶対だぞ!!!!!!!
では、何故かと問われれば、
そう。
自分の100分の1も生きていない糞餓鬼が、己の命を案じていた所為で迷っていた?
嗚呼、許せんだろう。そんな事。
自らを信じている相手を騙して殺すのは良い。
それで、屑だと罵られようが、お褒め頂き恐悦至極と笑い飛ばそう。
だが、勝手に慈愛をかけられて、その相手が勝手に死んでいく等といった事を許して良い筈が無い。と、それがデザベアの悪魔としての
勝手に死ぬ気でいる糞餓鬼を颯爽と救った上で、「オマエ程度が俺様を心配するなど1000年早えぇッッ!!」と分からせてやらねばならぬのだ。
――成程。これがメスガキ分からせちゃんですか?
『見てやがれよ、ド変態がっ!誰を甘く見たか分からせてやるぞ』
さて、そんな風に決意を固めているデザベアだが、実際どんな風にクリスを救うのだろうか。
それを説明するには、まず1つ諸兄らの勘違いを正さねばならない。
嘗て、デザベアは言った。
クリスと自分は現在一蓮托生であり、クリスが死ぬと己も死ぬ、と。
それは、嘘ではない。……無いのだが、しかしそこには隠している事があった。
――
簡単に言えば、多少力が戻りさえすれば、デザベアはクリスとの繋がりを断つことが出来た。
前にクリスの生存戦略として、自分の力を取り戻させるように指示し、その戻った力でクリスを助けると言っていたデザベアだが、そんな物真っ赤な嘘である。
本当は、力が戻った時点でクリスを見捨てて、後は勝手に死んでけよ!じゃあなっ!!!と見捨てるつもりで満々だった。
やっぱりド屑じゃねえか!!!なんて言ってはいけない。何故なら喜ばせてしまうからだ。悪魔に餌をやってはいけません。
さて前置きは此処までであり、デザベアがクリスを救う手段を述べよう。
とても簡単な事だ。
【超越者】では無くとも、それに追随出来るレベルの存在であるデザベアが、クリスの魂と器にかかる反動を一時的に受け流すのだ。
但し、それをするためには1つ条件がある。
それは、クリスとの繋がりを更に深めること。
そしてそれをすれば、今度こそ本当の意味での一蓮托生。
最早、クリスと離れることは能わなくなる。
『…………仕方がねぇか』
それでもデザベアはやる事を選択した。
後悔しないなんて事は決して言えない。
と言うかやる前の時点で既に後悔している。
後に悔いるから後悔なのに、前に悔いるとはこれ如何に?
前悔とでも言えば良いのか。
だけどもしかし。仮に何度選択を繰り返すとしても、デザベアは同じ答えを選ぶ。
だってそれが
となると残る問題は1つだけ。
命懸けの難行となるクリスにかかる負荷の軽減を成し切れるのか。
だが、まあ心配はいらないだろう。
だってツヨツヨ悪魔が変態メスガキに負ける訳が無いんだが???だが!!!
*****
やっぱりメスガキには勝てなかったよ――とはならずに、ご存知の通りデザベアはクリスが死ぬのを防ぎきった。
だが、何の問題も無かったか、と言われると話は別だった。
『あ、あの馬鹿っ!!どうせ死ぬと思って滅茶苦茶やりやがって!!!』
なんか感動的な、或いはお笑い的なシーンをやっているクリスとアレンを背にして。
ハッー。ハッー。と息を荒らげながら、デザベアは産まれたての子鹿の様に、もしくはボディーに良いのを貰ったボクサーの様に、全身をプルプルと震わせていた。
それもこれも、どうせ最後だから、とクリスが残る力を絞りきって、無駄にオーバーキルをした所為であった。
これには、デザベアもほぼ逝きかけた。
……まあ、事前に負担を軽減するって伝えておけば、発生しない問題だったので、結局は自業自得なのだが。
報連相は基本ですよ?デザベアさん!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます