010-2 奇跡の魂②



「お、おっ!す、ごい!!」



「あはは、ありがとう」



 鮮やかなその手並みに、クリスは笑顔でアレンに近寄りながら、賞賛の言葉を投げかけた。

 別におだてている訳ではなく、戦闘の良し悪しなど分からないクリスではあるが、それでも分からないなりに、今のアレンの動きは洗練されて見えたのだ。

 照れた様子でその賞賛を受け取るアレンの姿。



「あ、れ?これ?」



 そうしてアレンに近づいたクリスだったが。

 アレンの近くの地面。丁度【球体】の残骸が少し前まで合った地点に、白く輝く小さな石を発見した。

 その石からは僅かながらではあるが、清浄な気配が感じ取れた。

 一体これは何だろうか?と首を傾げるクリスに、アレンがその小石の正体を説明し始める。



「ああ、それは【聖輝石】って言ってね。【廃呪】を倒すと落とすんだ。作物の実りを増やしたり、水を綺麗にしたり、傷を治したり、後は魔法の力を増幅させるアクセサリーの材料に成ったりね。冒険者はこれを売ってお金を稼ぐことが多いんだ」



「おお~~!」


 ドロップアイテムと言う奴か。

 倒しても明らかに素材を剥ぎ取れそうに無い【廃呪】にも、倒す利点はしっかりと存在するらしい。

 それこそゲームじゃない以上、敵を倒してもお金をそのまま落とす訳が無いのだから、何らかの換金手段が無ければ、強制以外の理由で狩られる筈もないのだから、自明の理だろう。



「でも【球体】1体からとれる【聖輝石】くらいじゃ、お小遣いにも成らないんだけどね。あ、それじゃあ見ててよ!」



 そう言ってアレンは拾い上げた【聖輝石】を、【球体】の影響で枯れかけた草へと投げ込んだ。

 放り投げられた【聖輝石】が萎びた草に到達したその途端、【聖輝石】が一瞬強く輝いたと共に、その姿が草に吸い込まれるように消失した。

 しかしそれと同時に、色が薄くなって草臥れていた草が、元の青々しい色と、天に向かう強さを取り戻した。

 まるで、聖輝石が自然に命を吹き込んだ様だ……というか、この様に見せたということは、実際そういう物なのだろう。


「元気、なった!!」


 

「ね。こうやって使うんだ」



 元気に成った草を見て、クリスはそれはそれは嬉し気に微笑んだ。

 どうにもこうにも、命が元気になるのを見ると心が弾んでしまう。

 それは所謂、変態的思考とは無関係で、クリスは人や生き物が元気や幸せに成っている姿を見るのが、昔から大好きな性質たちだった。


「どう、クリス?これが、魔法や、冒険者の特訓なんだ!」



「カッコ、良い、よ。アレン、君!」



「えへへ。そう?コホン、それでさっきの話なんだけどさ。クリスも教わってみればどうかな、魔法」



「…………わた、し、も?」



 何だかんだで中途半端な所で遮られていた話題を、アレンは再び口に出した。

 魔法を。今しがたアレンが使った技術を、クリスも使ってみないか、とそう言う誘いで、自分が魔法を使う事など想像もしていなかったクリスが驚いたような声を上げる。



「クリスだったら、きっと直ぐに使えるようになる筈さ」



 魔法と言う技術は決して簡単な物では無い。

 無論それはアレンとて重々承知している。

 しかし過酷な経験をしたとはいえ、未だにアレンは子供だ。

 その頭の中には、子供らしい純粋な考え――夢があった。

 それは、頑張る者は報われるのだと言う…………いや、報われて欲しいという夢。

 あれほど、優しく素晴らしいクリスには、神様だってきっと微笑んでくれる筈。アレンはそう信じているし、世の中とはそうあるべきだ、と思っている。

 



「そうだな。何事も実際に試して見てこそ、だ」



 アレンの言葉を肯定する様に2人に話かけるルークは、しかし言葉とは裏腹に、内心厳しいだろうな、と思っていた。

 前提として、アレンは天才だ。

 両親の才能を期待通りに――いいや、期待以上に受け継ぎ。

 その才を不断の努力で順当に伸ばし、頭でっかちでは無く、経験もしかと積んでいる。

 それに加えて厳しい境遇を経験したが故の、粘り強い精神力も持っている麒麟児。それがアレンだ。



 この世代聖印持ちの子供の平均値アベレージは、他の世代よりも高いのが通例だが、しかしその中にあってもアレンは間違いなく最上位の能力と将来性を持ったグループの中の1人だと、ルークは叔父の贔屓目無しで断言出来た。

 だから同じくらいの年齢で、例え同じくらいの努力をしたとしても、クリスがアレン程に上手く魔法を使うのは、どう考えても不可能、それがルークの結論だ。

 しかしながらそんな夢の無い正論を楽し気に笑い合う、甥とその友人に躊躇なくぶつける程、ルークの性格は悪くは無かった。

 そもそも別にアレン程上手く出来る必要は無いのだ。

 友人がやっている事なら、手慰み程度に習うだけでも面白く感じるだろう。

 それにアレン程では無くとも、確かな魔法の才がクリスの中に存在する可能性も零では無いのだ。

 何事も試して見てこそ、と言った言葉は決して全てが誤魔化しでは無いのだ。

 それがルークの大体の考えだった。



 ここに居る後の1体のデザベアはどうしてるかって?

 まっっっっっっったく興味を持たず、鼻をほじって、大欠伸をかましてますが何か?????????? 

 デザベアからすれば失敗するのが分かっている提案・展開。

 彼に言わせれば、欠片も見る価値が無い光景だった。



 夢のあるアレンの考えと、夢の無い残り2人の考え。

 対照的な2つの考えだが、残念ながら正解なのは後者だろう。

 ……いや、それはそれとしてデザベアの態度は普通にカスだが。



 都合の良い奇跡が罷り通る程、現実は甘く作られてはいない。

 ガラスの靴を与えてくれる魔法使いは現れないし、毒林檎を食べたお姫様は、王子のキスでは蘇らない。

 それと同じように、純然たる才能の差と言う物は確かに存在して、それは頑張ったからといって乗り越えられる物では無いのだ。

 才気溢れる元貴族の子供と、スラムの薄汚い餓鬼が、同列に魔法を使える訳もなし。



 ああ。けれども。しかし。

 今日。

 この時。この場においてのみは――







 ――正しいのはアレンの意見だった。





「それじゃあ、基本は俺が教えてあげるよ!えっと、まずはね――」



「あ。大、丈夫。分かっ・・・たから・・・



「――クリス?」


 うんうん。と頷き、淡々とアレンにそう述べた後、クリスは自分の右手の、その小さな手の平を空へと向けた。



「【炎】」


 まるで力を入れていない、平静そのものなクリスの言葉が、その場にポツン、と放たれて。


 

 ――瞬間。

 空が赤く染まった。



「――え!?」



「――何っ!?」



『――ハァッ!?』



 アレンの、ルークの、デザベアの。

 三者三様の。しかし皆一様に驚愕を意味する叫び声が長閑だった筈の野原に響き渡った。




 何が起こった?

 ――クリスが手の平から天まで届く炎を発生させた。



 それはどの位の規模の?

 ――空に届くまでの炎柱えんちゅうは、100円ライター程の、しかし天空で燃え広がり数百メートル、いや数キロメートルに渡って空を真紅に染め上げている。



 奇跡。

 ああ、奇跡だ。

 目の前の光景を端的に言い表すのなら、それ以外に無い。


 そんな、本来有り得ない筈の光景が、アレン達の前でひたすらに流れ続けていた。

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