010-3 奇跡の魂③




 ――最も早く驚きから立ち直ったのはアレンだった。



「凄い!凄いよ、クリス!!!」



「そ、う?あり、がとう!」



 彼の心の中の9割は、友人の才能に対する賞賛の念と、友の未来が明るく開けたことに対する喜びの思いで溢れていた。

 残る1割は、同年代の子供が明らかに自分より優れた力を持っている事に対する対抗意識だったが、嫉妬と言う程、暗い物では決して無かった。

 そもそも、自分を上回る才能をポンっと見せられて何も思わないのも、年頃の少年としてどうなの?と言う話なので、良いバランスの心中だと言えるだろう。



「………………これは」



 ――深い驚愕を覚えているのがルークだ。

 豊富な人生経験――それも特に、魔法を使った戦闘に関して――を持つルークには、目の前の光景が如何に有り得ない物であるかとても簡単に理解できた。

 まず繰り返しになるが、アレンはこの年代の最高峰だ。

 それを易々と超えて来るのが、まず可笑しい。 

 それでも例えば魔力量に限ってのみ等の前提条件付きならまだ考えられなくも無いが、クリスがただ馬鹿魔力に物を言わせて魔法を発動している訳で無いのは明白だった。


 

 何故なら、こんなに激しい炎・・・・・・・・が燃え盛っている・・・・・・・・のに全く・・・・熱さを感じない・・・・・・・のだ・・



 見た目だけ派手な虚仮威しなどでは無い事は、それこそルークであれば見れば分かる。

 これは、クリスがこの莫大な量の炎を全てしっかりと自分の制御下に置いている事の証左だった。



「~~♪」


 クリスが陽気に鼻歌を奏でる。

 それと同時に、空で燃え上がる炎が、その形を変化させていく。

 それは花の形に。それは猫の形に。それは星の形に。数秒おきに炎の形が鮮やかに変化していく。


 ああ!!まるで青空と言うキャンパスに、炎の絵の具で絵を描いている様!!



「ていっ!」



「――!?」


 クリスが何とも気が抜ける様な掛け声を発した。

 しかし、それを合図として発生した現象は、決して気を抜いて良い物では無かった。

 そらで燃え盛る業火より、こぶし大の炎の塊が四方八方へと流星の様に降り注ぐ。

 その数、凡そ100以上。

 その様子に尋常成らざるモノを感じ取ったルークは、舞い落ちる炎の塊の中から、最も自分の近くに落ちる物の軌跡を咄嗟に目で追った。

 炎の着弾点には【球体スフェラ】の姿が。

 墜落した炎は見事に【球体】へと着弾し、その存在を延焼させる。

 次の瞬間には【球体】の姿は燃え尽きて消失していた。



 ――狙撃・・したのか!?


 ルークの内心が更なる驚愕へと彩られた。

 100以上合った炎の塊の中で、偶々ルークが見た1つが、偶々【球体】へとぶち当たった…………そんな風に考えるのは、流石に頭が空っぽに過ぎる。

 間違いなく狙ったのだ。恐らく他の炎の塊も同様に。

 何という制御、何という感知。

 無論ルークとて名を馳せた冒険者。同様のことが出来ないのか、と問われれば答えは、否だ。

 しかし、自分がその境地に達したのは一体何歳いくつの事だった?

 少なくとも今のクリス程に幼い頃で無かった事だけは確かだ、とルークは衝撃を受けている。


 そして更に恐ろしいことは、ルークを最も驚愕させた要素は、今までの描写とは別の箇所にある、という事だった。


 ――法則ルールが合わない。

 科学社会の人間から見れば滅茶苦茶をやっている様に見える魔法だが、しかしその実、キチンとした法則の下に発生をしている。

 望めば何でも出来るような力では決して無いのだ。

 しかしだと言うのに、今しがたクリスが使い続けている力は、アレンが使い、自らも使える魔法の法則より完全に逸脱していた。

 感覚としては魔法よりも、神官たちが扱う【法術】に近いように感じるが、それもどこまで確かな物だか……。

 まるで、クリスだけ・・・・・別種の法則の下・・・・・・・動いている・・・・・様だった・・・・

 そうした次第でルークの心中は驚愕で満たされていたのである。



 ――そして驚愕を超えて、最早狼狽しているのがデザベアで合った。



『有り得ない、有り得ない!有り得ねぇぞ、オイ!!!!』


 目の前で巻き起こった理不尽に、先程までの余裕は一体何処へやら。

 うわ言の様に眼前の光景を否定する言葉を吐いているが、しかし当然それで目の前の光景が消え去りなどはしない。

 ただしかし、本当に有り得ないのだ。


 ――デザベアは大悪魔である。

 今やすっかり驚き役兼、おもしろツッコミおじさん(悪魔)と化しているデザベアであるが、その本性は邪悪で、狡猾で、人間を不幸のどん底に叩き落とす事に長けた、文字通りの悪魔である。

 嵌めようとした獲物の選定が完全にミスっていたと言う、そもそもな致命的間違いを除けば、その方策は決して間違ってはいなかった。

 もしもその悪意と策略に巻き込まれたのがクリス以外で合ったのなら、その対象とされた人物の末路は、とっくに周りに玩具にされて壊されているか、そうなるであろう人生に絶望して自ら命を絶っているかの2つに1つであっただろう。


 ――美貌の才以外には何の取り柄も無いと思われていた少女に、実は凄まじい魔法の才能が有り、それを使って大活躍?


 デザベアにとって、そんな展開はカスもカス。

 欠片たりとも見たくなく、絶対に引き起こしてはならない事象である。

 だからこそ、そんな事だけは起こらないように可能性を念入りに、念入りに潰しておいたのだ…………何せその所為で自分が巻き込まれて絶望した位である。

 だからデザベアは迷い1つ無く断言できる。

 クリスの肉体に、魔法の才能なんて欠片も無いのだ。


 そう――肉体・・には。


『あ』


 気がついた。

 いいや、思い出した。


『あああああああああああああッッッ!?!?!?!?!?!?』


 クリスが変態すぎて忘れていた。

 クリスが変態すぎて忘れていた!!

 大事なことなので2回言ったが、とにかくクリスが変態すぎて忘れていたのだ(3回目)。


 そもそもクリス――いいや、この場合は中の平助か――はデザベアを・・・・・召喚しているのだ・・・・・・・・


 他ならぬデザベア自身が、その出会いは奇跡だと、悪魔である彼をして祝福すべき物だと、皮肉ではなく本心から言っている。

 いや、もっと早く思い出せよ!?と言う指摘は完全にご尤もでしか無いが、デザベア君は、クリスの度重なる変態行動により、その……。心が……。少し……。



 ……とにかく、科学という光の下に、あらゆる幻想が駆逐された現代社会において、デザベア程の大悪魔を完全に顕現させようとすれば、それに必要な力は如何ほどか?

 ちょっと悪魔召喚の才能があれば行える――そんな容易い物では断じて無い。


 先ずは歴史の裏に消え去った、悪魔召喚の方法を、間違いなく完璧に再現する必要がある。

 ある部分は完全に消え去って、ある部分は逆に無駄な情報が多数入り込んでいる。

 そんな中から正しい情報を1つ1つ拾い上げて、正しい絵を完成させる。

 それは大きな情報収集能力と天運が必要な、極めて困難な作業である。


 それに悪魔召喚の才能を持つ人間を探す必要がある。

 デザベアを召喚べる程の才の持ち主など、数億人に1人いれば運が良い方で、全世界を探しても数が100人を超える事は恐らくあるまい。


 そして、その2つを揃えても未だ足りない。

 最後に必要なのは生贄・・だ。

 召喚士の才能にもよるが、必要なのは最低でも数百万人から数千万人。

 それだけの人数を短期間で虐殺して、その血と怨嗟で地上を満たし、世界を覆う科学という法則に穴を空ける必要がある。


 そこまでやって漸く召喚出来る。それが大悪魔と言う存在の筈なのだ。


 ……それを、何だ。

 何処かの子供が作った適当な魔法陣で?

 ただテンションが上っただけで?

 そもそも呼ぼうとする意思もなく?

 そんな状態で簡単に召喚する。

 有り得ないことだろう、それは。


 もしもそんな本来あり得ざる滅茶苦茶が成立するのなら。

 それは召喚ぶ者が、単身で世界法則を崩しうる奇跡の魂で合った時のみ。

 ああ、それはつまり――。


『【超越者】か』


 己の祈り1つで、世界を変革させ得る有資格者。

 生命の答えに辿り着いた解答者。

 世に数多いる凡百の地を這う虫けら共とは違う、空を飛ぶための輝く羽を持った鳳凰。

 それがデザベアが漸くたどり着いたクリスの正体だった。


 常軌を逸した変態性、我慢強さも納得だ。

 思いの量が違うのだ。

 願いの桁が異なるのだ。

 祈りの深さが比較にも成らないのだ。


 クリスの扱う力が既存の法則ルールに当てはまらない?

 それも言ってしまえば簡単な事。論ずるに値しない。

 だって彼女は法則ルールに従う者では無く、法則ルールを作る者なのだから。


 恐らく平和な日本に生まれ、大きな不満も無く過ごしていた所為で、これまでは目覚めていなかったのだろう。

 如何に空を飛ぶ羽があろうとも、飛び方を知らなければどうしようも無いから。

 だけどデザベアに魂を別の世界の別の体に移されて目覚めて、たった今飛び方を覚えた。

 だからもう。クリスは自分が望めば何処へだって飛んでいける。

 デザベアはそれを理解したから、クリスに対して早急に言わなければならない言葉があった。


『その、はしゃいでいるのを今直ぐ止めろ。死ぬぞ・・・


「え?」


 デザベアの言葉に、クリスが炎を消した。


『ああ、後。医者に行っても意味がないし、面倒な事に成るだけだから――気合で・・・耐えろよ・・・・?』

 


「何、を、ぁ――」


 瞬間。

 クリスの身に今まで感じたことが無い、膨大な苦痛が襲いかかってきた。


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