08-2 アレンの素晴らしい友達②
時は1ヵ月ほど前、華美な花畑で有名なアントスの街から、何日か掛けて移動する必要のあるヒュアロスの街へ。
何時もの様に街から街を移動しつつ鍛錬に勤しむ毎日。
最早慣れすら感じ始めたルーチンワークに、変化が発生したのは、些細な出来事からであった。
アレンが厳しい鍛錬や勉学を日々を送っていると言っても、いくら何でも休みや休憩が皆無なんて事は無い。
その日アレンは、特に何か目的がある訳でも無く、ブラブラと街を散策していた。
だからその出会いは偶然だった。
「あの子……」
裏通り、とまでは行かないが、表通りから少し外れた通り道。
辛うじて治安を維持している大通りより外れると、街の雰囲気は一気に薄暗くなった。
スラムに突っ込んだ訳では無いので、未だ光と影が入り混じった状態ではあるが、ちょっとしたゴロツキや、浮浪者、物乞い等と言ったガラの悪い人物も目立つようになっていた。
こう言った光景は、ヒュアロスの街特有の問題という訳でも無く、今の時期、どこの地方・どこの国でもよく見られる景色だった。
天の加護が消えかけた【暗夜期】は、これまでにしっかりと貯えをしていなかった者、社会より足を踏み外した者に対して非常に厳しい。
誰も彼もが余裕が無くて、幸せな笑いが聞こえてくる頻度も、明らかに少なかった。
ある程度の大きさのある街の惨状など、全体から見れば未だマシな方で、小さな山村などでは【黎明期】より何十年後を見据えて備えをして置かなければ、ある日、廃呪の群れによって、村ごと地図から消え失せる事も珍しくは無かった。
そう言った意味で、今アレンの眼前に広がる光景は、様々な街を観て来たアレンにとっては見慣れた光景だったが、しかし今日この時に限ってアレンはその光景の一部に注目する事となった。
気になったのは、相手が自分と同じ年代くらいの子供だったからだ。
顔を隠す程に伸びた、永い間手入れがされていないであろう白髪・泥と埃で元の色が見えない程に薄汚れた肌。
着ている服装は襤褸切れの如く、それに包まれる体は栄養が足りていないのか、華奢で、吹けば飛んでしまいそうな程であった。
全体の雰囲気に、髪の隙間より時折覗く紅色の瞳は、口さがない者であれば、不気味と吐き捨てるかもしれない。
地面に直で置かれている壊れかけの食器に、遅々とした辛うじて芸のつもりである事が察せない事も無い動きを見るに、物乞い、なのだろう。
アレンはこれまで人生で受けた仕打ちにも関わらず、未だ確かな優しさを持った子供であった。
自分と同年代の子供が、斯様な状況に陥っている光景を見て、自分が持たされている小遣いを渡そうと、直ぐに決意した。
そうして白髪の子供に近づきながら、渡す時に上手く話せば友達に成れるかもしれない!なんて考えて、いや考えてしまったから――
――これではまるで、
「………………」
物乞いの子供へと向かっていたアレンの足取りが、ピタッ、と止まる。
1度自らを疑う思いを抱いた途端、似たような考えが次々と溢れるように噴出し始めた。
そもそも物乞いや、浮浪者は、他にも居るのに、目の前の相手にだけお金を渡そうと思ったのは何故だ?
見返りを期待する卑しい気持ちがあるからだろう。等といった具合である。
もしその様子、思考を見ている者がいれば。
「いや、そんなに自分を悪く思うような話では無いだろう」とか
「そもそも友達が欲しいと言う思いは卑しくも何とも無い」だとか
「卑しいではなく、いやらしいのは、君ではなく、目の前のソイツだ!!」なんて言うことだろう。
しかし、アレン自身はそうは思わなかった。
それは裏切らない友人等と言った綺麗な物を他者に求めているのだから、自分自身も潔白で在るべきだ、なんて思いから来るものだった。
ブーメランを投げるのを躊躇する、色々な方々に見習って欲しい考えである。
そうした次第でアレンの動きは完全に止まってしまった。
1度思い立った以上、相手にお金は渡したいが、ただそのまま渡すのは、自分の恥ずべき思考の通りに動くようで気分が悪い、と。
そうしてアレンは、考えて、考えて、その結果として――
――相手を何日か観察した後、お金を置いて逃走すると言う行為をやり始めた。
…………正直、後から冷静になって思い返せば、アレン自身も、何故自分はこんな普通に渡すよりもよっぽどアレな行動を……!?と言わざるを得ない謎行動であったのだが。
まあ、あーでもないこーでもないと悩みまくった挙げ句に、頓珍漢な結論を出してしまう事ってあるよね。という話である。
そして、アレン君の若さゆえの暴走は、結局相手の子供に止められる形で終了した。
但し、その果てにて、
「お友、達。成り、たい、です!!また、お話、しに、来て、くれ、ますか?」
自分の望みが棚ぼた的に手の中に転がり込んできて、アレンは思わず目をパチクリとして、呆気にとられてしまった。
その日アレンには、クリスと言う名の友人が出来た。
アレンに取って、クリスは理想の様な友人であった。
此処まで見ていれば分かる通り、アレンは心優しい少年だ。
しかしアレンには、母親と伯父を除いた他人に対し、ほんの少しだけ相手を疑う、猜疑心が有った。
ただそれは、世の中を斜に構えた小生意気な考えに依るものでは無く、ある日突然周囲から手の平返しを食らったが故の代物である。
最初から疑いを抱いていれば、本当に裏切られた場合の精神的ダメージが少なくて済む。
そんな風にアレン本人ですら無自覚の、悲しき一種の防衛反応だった。
だから例えばクリスに対しては、何れ自分に対してお金の無心があるやも知れない。そんな思いが心の内側に数%くらいは有ったのだ。
それはクリスの人間性を疑ったと言うよりは、クリスの現状を見たが故という方が大きい。
何せクリスときたら、気がついたら倒れていそうな程にフラフラな様子なのだ。
そんな状況であれば、大概の人間は周りに助力を求めると思うし、寧ろ自分に出来る範囲の手助けは行おう、とすらアレンは思っていた。
だけども結果として、そんな事には一切ならなかった。
クリスはお金の無心どころか、自分が辛いという態度すらおくびにも出さなかったのである。
アレンと話す時のクリスは、何時だって笑顔で楽しげで、そして明るかった。
その態度は何と言うかこう、アレンの心に非常に
お金だとか立場だとか、そう言った物に左右されない友人関係。
それはアレンが夢にまで見た物で、だからこそ出会ってから1週間と少し程度だと言うのに、アレンはすっかりとクリスに絆されてしまっていた。
チョロいと言うよりかは、需要と供給が一致したと言った感じだろう。
だからだろうか、あんな事をしてしまったのは。
その日、アレンは何時ものようにクリスと会って、友人との暫しの会話を楽しんでいた。
その時間・内容に問題は何も無かった。
異変が生じたのは、談笑が終わってクリスと別れた直後、その時だ。
『なあ、クリスの奴が心配じゃあ無いか?』
「え?」
微かに、風の音かと思ってしまう程に僅かな声が聞こえた気がした。
驚いて辺りを見回したアレンだが、周囲には誰も居なかった。
ああ、ならばきっとこれは自分の内側から発された心の声なのだろう、とアレンは思った。
謂わば、
『クリスは我慢強い。明るく振る舞っていても、実は無理して居るんじゃ無いか?』
そう思うと確かに。アレンは不安に思い始めた。
辛い時でも明るく振る舞う相手だから、直ぐに此処まで仲良くなったのに、仲良くなれば弱音を吐かないことが気になる。不思議な物だ。
『一度後を尾けてみた方が良くは無いだろうか?確かに褒められた事では無いけれど、もし想像以上にクリスが無理をしていたら、直ぐに助けないと取り返しが付かなくなってしまうかも……』
ああ、それもやはり確かに。
勿論やってはいけない行為だとは思うが、しかしそれで躊躇して、もしも折角出来た友人が死んでしまったりしたら、それこそ耐えられない。
だから1度。1度だけ。
アレンはその後、伯父に頼んで今日の訓練を中止にして貰い、空いたその時間でクリスの後を尾けてみることにした。
『はい、一丁上がり!!』
尚、そうやってクリスを尾行し始めたアレンの姿を確認して、悪魔の囁きとやらが、遠くでそんな風に言っていたが、残念ながらアレンに聞こえる事は無かった。
そうしてクリスを尾けたアレンだったが、その僅かな時間で衝撃的な出来事が2つも発生した。
まず1つ。
クリスが謎の男に、折角稼いだお金を渡している光景を目撃したのである。
――脅されているのか?
その光景にカッとなったアレンは、直ぐに出ていこうと考えたが、すんでの所で踏み留まった。
どんな事情が在るにせよ、今此処で飛び出して、クリスの境遇が良くなることは無いと、気がついたのである。
この件については、何をするにせよ、後でしっかりと事情を聞いてからの方が良いと考えた。
そうして再び尾行を再開して、アレンの目に飛び込んできた2つ目の衝撃的な光景。それは1つ目すら超える驚きと衝撃をアレンへと齎した。
「………………ねえ、クリス。その手に持っているのは、何?」
「…………?晩、御飯」
「ッッ~~~~~~~」
クリスが生ゴミを、スラムの食糧事情がよろしくない事は分かっているが、それを鑑みても尚、人が食べるものでは無いゴミを、食事としていることを知ったのである。
アレンの心に、叫び出したいほどの激情が溢れ出した。
何がお金の無心があるかも知れない、だ!!
自分は友達がこんな状況にあるのに、何をぼけっと馬鹿みたいに日々を過ごしていたのか、と。
ひとまずその場でクリスにはマトモなご飯を買ってきたが、アレンの激情はそんな事では収まらなかった。
絶対に、絶対に助ける。
悔しいけれど、今の自分ではどうしようも無いから、伯父に頼ろう。とアレンはそう決意した。
――約束を破った形になってちょっと怖いけどお母様、じゃなくて母さんにもキチンと言おう!!………………………………その、少し時間をおいてから。
そんな風にも思うアレンであった。
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