08-1 アレンの素晴らしい友達①

 アレン・ルヴィニ。旧姓アレン・カサルティリオは、アナトレー王国伯爵位カサルティリオ家の長男としてこの世に生を受けた。

 そんな彼の人生で特異な点をまず1つ挙げるとするのならば、それは彼の母親が平民、つまり貴族では無いという事だろう。

 それも妾やお手付き、駆け落ちという訳では無く、正妻では無いが第2夫人と言う地位であり、彼女の子供――つまりアレンがカサルティリオ家の跡継ぎと目されるなど確かな権力を得ていた。

 しかもそれは、カサルティリオ伯爵の愛ゆえのごり押しなどでは無く周囲――それこそ正妻も含め――の了承の下で、である。

 一体何故そんな事が?

 貴種の血と家系に、平民の物が混じる事が許容されたのか?

 それを説明するには、この世界特有の行事の説明からしなければなるまい。


 【神託祭しんたくさい】それはこの世界において、100年に1度発生する王を決める祭事である。

 その結果によりアナトレー王国の王位が決定される――などと、そんな小さな・・・話では無い。

 神託祭によって決定される【神託王しんたくおう】とは、アナトレー王国を含めた数々の大国――それこそ海を隔てた国も――そしてそこに属さぬ小国・部族、それら全ての上に立つ統一王・・・である。

 簡潔に述べるのならば、世界王と言って良い。


 そんな重要な物がたった1度の行事で決まるのか?文句は出ないのか?

 そう言った疑問は当然の事だろう。

 その疑問に答えるのならば、その前に1つの問いを投げかけなければならない。


 国王・皇帝・大統領。呼び名はどれでも良いが、国のトップに最も求められる事とは一体何か?


 乱世であれば戦争に勝つための 戦上手か?

 太平の世であれば、様々な方策を考える知恵か?

 それとも人間関係を円滑にするためのコミュニケーション能力?

 はたまたそう言った能力を持つ部下を従えるためのカリスマ?


 そのどれもが正解で合って正解では無い。

 何故ならそれらは飽くまで手段で合って結果では無いからだ。

 集団のトップに求められるのは言ってしまえば1つだけ。

 どのような手段を使おうとも、属する集団を富ませる事、それに尽きる。


 極論を述べるのならば、仮に先程挙げた能力、武才だの知略だのと言った全ての能力に極めて優れた王がいたとして、彼が非常に間の悪い人物であり何をしても国が貧して行くのならば、そんな彼の王としての才能は、ただ突っ立っているだけの案山子にすら劣るだろう。

 そして逆説的に言えば、ただ存在しているだけで国を富ませる、そんな王が居るのならば、それは歴史上の如何なる国王であれ及びの付かぬ、至高の王に他ならない。

 そしてそんな王こそが、【神託王】なのである。


 各国に残る幾つもの文献。

 そして前回の神託祭の時より生きる生き証人。

 彼らが語るには、神託祭を勝ち抜き神の寵愛を受ける神託王の座。

 それによって得られる恩恵は、名誉だの、名声だのと言った概念的な物ではなく、もっと即物的な物であるらしい。

 曰く、神託王がその座に着いたその時より、世界が変わる・・・・・・そうだ。

 世に光が満ち溢れ、【廃呪カタラ】――この世界に存在する人を襲う呪いの固まり・人類の天敵――は一掃され。

 作物は豊かに実り、水は澄み渡り、天候は穏やかに、大地の震動も消え失せる。

 まるでお伽噺か何かで夢の様な話だが、そもそも世界王等と言った絵空事が成立するのには、そんな夢の様な話がなければ成らないと言うことだろう。

 よってこの世界において時代は100年を1つの区切りとして、更にそこから3つに分かれている。


 新たな神託王がその座に就き、世界に繁栄の夜明けが訪れる【黎明期】

 加護の太陽が徐々に薄くなり、やがて来る暗黒の時に備えなければならない【日没期】 

 加護の光が消え失せて世界が暗黒に包まれ辛く苦しい日々を送りながら、次の黎明期を迎える為の神託祭の準備が始まる【暗夜期】

 この3つである。


 そして、神託王を決める祭事である神託祭であるが、神託祭が開始される時期より大体30年程前から10年程前の間、体に【聖印せいいん】と呼ばれる特殊な紋様が刻まれた赤子が誕生し、それが参加の資格となる。

 聖印が刻まれる条件だが、飽くまで傾向ではあるが、優秀な素質を持つ赤子程刻まれやすいとは言われている。

 神託祭の内容は、加護の影響で100年の間不老不死となった今代の神託王が決定する訳であるが、廃呪の狩猟や武闘祭など、命を懸けた戦いが選ばれることが多かった。


 これらの事実を踏まえた上で、漸く最初の話題に戻る訳だが、暗夜期において貴族などの上流階級の婚姻相手は血筋よりも能力が重視される傾向が多く見られた。

 理由は言うまでも無く、神託祭を見据えての事だ。

 世界の統一王を決めると言う極めて重大かつ重要な祭事。

 出来るだけ良い形で関われる手札が欲しいと言うのは、俗ではあるが理解しやすい話だろう。

 それにまかり間違って自分の家より神託王が排出されれば、その瞬間世界のトップの家へと早変わりである。

 乗るしかないのである。そのビックウェーブに――!!

 そう言った訳で、この時期に限り平民で合っても能力が優れた者が貴族の一員と成るという光景は、さして珍しい物では無く、アレンの母親も、平民でこそあるものの冒険者、或いは廃呪狩りとして名うての存在であった。

 まあそうやって能力を期待して結婚した結果、子供に聖印が浮かび上がらなかったりすると割と辛いことになるのだが、そこはリスクとリターンの問題だろう。


 そして、こう言った言い方は少し下品だが、アレンはそう言った能力を期待された婚姻における当たり・・・であった。

 聖印の発現は元より、母親譲りの火の属性の魔法に強い適性がある事を示す鮮やかな赤髪・・

 運動神経に優れ、性格も真面目で学習意欲旺盛。

 このまましかと成長すれば、一門の人物に成るのは明白で、カサルティリオ家の関係者に、或いは彼が王位を運んでくる事もあるやも知れぬ、と期待させる程の才気に満ちた少年。

 彼の生誕より暫くして、カサルティリオ家の第一夫人にして貴族の出である正妻が、アレンと同じく聖印が刻まれた赤子――形式的にはアレンの妹――を出産したが、それでアレンの立場が弱くなるという事も無かった。

 これもやはり言い方は余り宜しくは無いが、極めて重大な難事である神託祭に挑むためのは幾ら合っても足りないからである。

 それに、世界のトップの座が掛かった争いが控えているのに、高々伯爵如きの権力を求めて家中争いをしている場合でも無い。

 そう言った訳で、アレンと言う少年の未来は華々しく輝く物であった――――筈だった。



 アレンの未来に重大な、そして最悪な転機が訪れたのは、丁度彼が6歳の誕生日を迎えた日で合った。

 その日、何があったのかアレンは覚えていない。

 ただ事実だけを述べるのならば、次の日の朝、荒れた部屋の中で、ベッドでは無く床に倒れているアレンが発見され、その身が呪われていたという事。


 【呪い憑き】。それは、暗夜期に近づくほどに発生しやすくなる、出産された赤子の身体の一部が異形化する現象である。

 或いは、廃呪から極めて大きな深手を負った人間が発症するという場合も有ったが、アレンはそのどちらのケースにも合わない。

 ただ、理由はどうであれ事実としてアレンは呪い憑きになってしまっていた。


 母親譲りの綺麗な赤色の髪は漆黒に。

 至って普通の人間の腕であった筈の左腕は、まるで竜の腕の様なウロコと鋭い爪が生えて来た。

 そうして輝かしく祝福されていた筈のアレンの立場は、一転して微妙な物と成った。

 呪い憑きは、凶兆・厄災の象徴として忌避される物である。

 本来であるのならば、それを突如として発症してしまったアレンは蔑まれて直ぐに家から追い出される筈だったのかもしれないが、事態をややこしくしたのは、彼の右腕だ。

 そう聖印・・である。

 世界の頂点に立つ戦いに挑むことを許された聖なる証。

 それは未だ問題無く、アレンの右手に刻まれていたのである。

 そんなアレンをどう扱うべきか、周囲も計り損ねたのだろう。

 結果としてアレンは腫れ物に触るかの様に周囲から扱われることとなった。

 時間が流れる事1年。恐らく家中では喧々囂々としたやり取りが有ったのだろうが、その詳細はアレンには分からない。

 ただ、アレンとアレンの母親が、カサルティリオ家から縁を切られて放逐されたと言うのが最終的な顛末で合った。


 そうして貴族の立場から平民の立場に落とされたアレン。

 彼は普通の平民の子供としての生活を送る――――訳では無かった。

 貴族で無くなった筈の彼に訪れたのは、貴族であった時以上の勉学と修練、そして流浪の日々であった。

 アレンが呪われて以降、めっきりと体調を崩しがちになった母親から勉強を。

 昔の母親と同じく強力な冒険者として名を馳せた母の兄、伯父より武芸を。

 それぞれ教わりながら、街から街を移動する日々。

 貴族でなくなったにも関わらず繰り返される厳しい鍛錬の毎日に、アレンは多大なる苦痛と不満を――抱いてはいなかった。

 何故なら、それが自分の為に行われていると、アレンは分かっていたから。


 体が呪いに侵された。

 貴族の地位を剥奪された。

 しかし先程も述べたように、他の部分が変わった訳ではないのだ。

 神託祭に挑む為の聖印も、親譲りの才覚も、未だ全てアレンには残っているのである。

 ……伯爵家と言う庇護が無くなったにも関わらず、だ。

 貴族で無くなったのに厳しい訓練がある?

 いいや逆だ、貴族で無くなったからこそ厳しい訓練が必要なのだ。

 ああ、だけどもしかし。貴族で無くなったという事の穴埋めとして王の座を取ることを強要されていると言うのなら、確かに不幸だったかもしれない。

 だが違う。アレンの母は一度たりともアレンにそんな事を言わなかった。


「良い、アレン?いざという時にせめて逃げられるだけの知識と力は持たなくてはなりませんよ」


 そう言って優しくアレンを抱きとめる母親から、アレンを王にしたい等と言う気持ちは微塵も感じられない。

 そこにあるのは、巨大な争いの中で我が子が危険な目に遭わない様に、という親心だけ。

 だからアレンは幸せだった。


 確かに自分は色んな物を失った。

 しかし、怒ると怖いが優しい母親が、寡黙だが強くてカッコいい伯父が傍にいてくれるのだ。

 ならば勿論幸福だろう。

 そう強く断言することに、アレンはほんの僅かな迷いも無い。


 ああ、だけど。

 それでも。

 ただ1つ。たった1つだけ不満を、いいや願いを言うとするのなら――友人が、友達が欲しかった。



「人との付き合いは慎重にしなければなりませんよ、アレン」


 分かっている。母の言葉の意味は伝わっている。

 呪い憑きに印持ち、どちらか1つだけでも人付き合いを慎重にしなければならない要素を、自分は2つも持っている。

 加えて、何か問題が起きるのが自分であるのならば自業自得で済むが、相手を巻き込んでしまう可能性だってあるのだ。

 母の言葉は曇り一つ無く正しいと、アレンも理解している。

 それにそもそも街から街を転々と移動する生活だ。

 元より親しい人物を作るのは難しい。


 だけども1人。たった1人で良いのだ。

 親しい友が、裏切らない友人が欲しい。

 …………元々友人だと思っていた人間は、皆アレンの立場が変わると同時に離れて行ってしまったから。

 

 そんな願いが、神に、或いは悪魔に届いたのだろうか。

 アレンの前に待ち人が現れた。 


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