04-1 至高のオカズ①
「芸、します。見て、下さい」
薄暗い路地裏――スラム街から少し外に出た、大通りとまでは呼べないが、そこそこ人が通る道の中、1人の子供が地面にボロボロの食器を置いて、おひねりを貰うべく芸を披露している。
芸、と言えば聞こえは良いかもしれないが、実際の所、その子供がやっている行動は、実にお粗末な物であった。
丸めたゴミによるお手玉。今にも切れそうなボロボロの糸による綾取り。
腕も稚拙なレベルであり、言ってしまえば、子供のお遊びの域を少しもはみ出るものではない。
はっきり言って、こんなお遊戯に金を出す人間など1人も居るはずが無く、だがしかし子供の前に置かれている壊れかけの食器に、僅かばかり小銭が入っているのは、その子供の様子が余りに哀れに過ぎるからだろう。
服と言うのも烏滸がましい、穴が開きに開いた麻の服に身を包んだ、栄養失調で痩せこけて、埃と泥で薄汚れた髪や顔、体の所為で、男か女かすらもハッキリとしない子供。
幼子ですら簡単に行える様な動作ですら、行ったその後に肩で息をしている姿は余りにも痛々しい。
その姿を哀れんだ通行人による、僅かばかりの施しが食器の中の小銭であった。
しかし、酷な話ではあるが、この国――いいや、この世界において現在、その様な不幸は決して少なくない話なのだ。
国は荒れ、人心は乱れる。
各国で、このような光景が散乱しており、そしてそれに手を差し伸べる余裕を持つ人間も少なく成っている。
だから、件の子供に与えられた救いの小銭も、小銅貨と銅貨が数枚。
日本円に換算すれば数百円程度の物であり、無一文の子供が生きて行ける稼ぎには程遠い。
こんな生活を続けていれば、遠からず死んでしまうのは明々白々で、であればそんな詰んだ状況で生きている子供は、一体どれほどに絶望しているのだろうか――
(あ、あの人Gカップだ!!凄い!!!!!!)
――何かメッチャ余裕ッッ!!!!!
子供――異世界転生初心者であるTS幼女のクリスは、道行く人々を視姦しつつ、早数週間となる異世界における日課を繰り返していた。
一体どうしてこんな事に成っているのか?
それを語るには数週間前、クリスとデザベアの現状確認にまで時を戻す必要がある。
*****
「まず非常に業腹な事だが、俺様たちは大分詰んでる」
「はい」
金もコネも健康も学も才も常識も無いTS幼女と、力を使い切って消えかけの、絞り滓マスコット悪魔。
そんなド底辺が簡単に一発逆転出来る程、世界は甘く出来ていない。
何かしらしっかりとした生存戦略をイメージして生きていかなければ、1人と1体の命が異世界の土に消えるのは自明の理であった。
「じゃあ、孤児院、貰われる、のは?」
「ん」
大体、人が思いつく生きていく為に有効な、長所・特技・手段を殆ど持っていないクリスだが、そんな彼女の持っている数少ない物が【子供】と言う身分である。
どこかの孤児院などに身を寄せて、そんなに頭が良くないとはいえ、中の人が一応高校生なのを活かし、利発な子供として生きて行く、というのは然程悪くない案に思える。
しかしながら、その案を聞いたデアベアの顔は、気難しいままであった。
「最終的には、その賭けに出るしかねぇんだが……。理由は後で言うが、ハッキリ言って分が悪い。出来るなら別の手段を試してからの方が良いだろう」
「うー、む」
ある意味、正統派と言っても良い手段を封じられては、クリスとしてはもうお手上げであった。
「あ。そう言えば、加護、どれくらいの、効果・範囲、なの」
「あ?加護ってーと、不犯の加護の事か?」
「うん」
不犯の加護。それは、デザベアがついカッと成ってクリスに掛けてしまった、クリスに対する性的な行為を禁ずる効果を持った
しかしながら、性行為を禁ずる。と一口に言っても、その範囲は様々だろう。
所謂、本番とそれに近い行為のみがアウトなのか?はたまたクリスを邪な視線で見ただけでアウトに成るのか?
前者と後者では、危険の桁が違う。
「……そうだな飽くまで大体の目安だが。まず、本番とそれに準ずる行為は総じてアウトだ。要は、手だろうが、口だろうが、尻だろうが、アウトって事だ」
それらを使って何をするのが駄目って?
ナニ、ですかね…………。
「残念」
「グレーゾーンなのは、身体接触だ。事故で胸を揉んでもセーフだが、性欲に任せて胸を揉んだらアウトと言った感じだ。まあアウトの場合も、直ぐに爆発する訳じゃなく、まず痛みを感じて、それでも止めなければ……って具合に成る筈だ。正直、ここら辺は加護を掛けた俺様からして曖昧なラインだから、やってみて実際にどうなるかのチキンレースだな」
「むう」
ラキスケ無罪。ラキスケ無罪です!!
「完全にセーフなのが、視認だ。まあ、流石にな」
それがアウトに成ってしまったら、素っ裸で街中を爆走することで、周囲の人間の性器を爆発させまくる脅威の性器特攻兵器が誕生してしまう所だった。
それらの話を聞いたクリスの顔に、何かを思いついた様な、閃きの色が浮かび上がった。
「ひら、めいた!」
「………………大体予想がつくが、何だ、言ってみろ」
「公開、スト〇ップ、ショー!!」
これが起死回生の策だ!!ウォオオオオオオオオーーっ、とばかりに荒ぶるクリス。
「……………………」
「あれ?反対、しない?」
クリスが変態発言をして、デザベアがそれに突っ込む。
短い付き合いではあるが、それが2人の間のある種お約束の展開だったが、しかし今回デザベアがクリスの発言に返したのは、何とも言えない無言であった。
「まあ、実際の所。有りと言えば、有りな手段なんだよな……」
「!!」
先ほどは意図的に省いたが、クリスと言う少女には数少ない――いや、たった1つだけ、と言っても過言ではない長所がある。
それは美貌。
今でこそ、唯の小汚い餓鬼であるクリスだが、磨けば磨くだけ輝く素晴らしい美の原石であると、大悪魔が直々に保証をしている。
であればこそ、その1つだけの長所である美を売りに出していく、と言うのは極めて筋の通った話ではある。
そもそも、デザベアがクリスの肉体を転生先に選んだのも、色欲の願いを悪魔に願った男が、美貌の才以外は何も持っていない無力な女児に転生させられて、それを食い物にされていく様を観覧し「いやあ、願いが叶って良かったなぁああ!?」と嘲弄してやる為だったのだ……まあ、相手がド変態であった所為でややこしい事に成ってはいるが。
そう言う意味では、クリスにアレな行為をさせて金を稼がせ、それによって生きて貰うと言うのは、当初の予定通りであるとも言える。
まあ、デザベアとしては、自分を散々虚仮にしてくれたド変態野郎が、満願成就して人生を謳歌するのは、非常に悔しい所ではあるのだが、しかしそれを邪魔することばかりに拘って自分の命を失う事の方が、余程、馬鹿らしい。
だから、クリスの案は悪くない――いや、
「……だがしかし、やっぱりそれは無しだ」
「なん、で!?」
上げて落とす。
期待させておいてからのデザベアの否定発言に、クリスはガーンと肩を落とした。
「なんでって?だから、不犯の加護の所為だよ」
「?加護、範囲外、って話、では?」
そもそも、加護の範囲外になるからスト〇ップショーを例に挙げたのに、加護を理由に却下されるのは、可笑しい話だろう、というのがクリスの言いたいことだ。
「ああ。確かにテメェの裸がどんだけ見られようが、不犯の加護には抵触しねぇぜ?だから、まあ。接触を禁止して、視姦だけで金を稼ぐ、ってーのは、まあ一応筋が通っている様に見えるさ」
だけどそもそもな、とデザベアは彼からしてみれば当然の道理である事をクリスに告げた。
「スラムの屑どもが、
「私、なら、ルールは、守る、よ!」
「テメェならどうするか、なんてのはこの場合、何の意味もねェ情報なんだよ。重要なのは周りがどうするか、だろ?」
「むう」
十中八九襲われることに成る。デザベアはそう断言した。
「そうなりゃどうなるか?テメェを襲おうとした奴らの性器が爆発して、テメェは晴れて危険人物の仲間入りって訳だ。その後どうなるかは、まあ展開次第だが、碌な事にはならねぇだろうさ!」
「うー」
「さっき言った、孤児院なんかに貰われる、って方法を取りづらい理由ってのも、それなんだよ」
「??」
いまいち話の本質を理解していない様子のクリスに、デザベアがやれやれ、と首を振りながら説明をする。
「いいか。テメェは軽く考えているだろうが、テメェの肉体の【美の才能】は、決して甘く見て良いもんじゃねぇ。現状の完全に才能を無駄にしている状態から、少しでも磨き始めれば、頭角を現しちまう。そんなレベルだ」
「可愛らしい、子、だと、思ってる、けど」
「テメェのガバガバストライクゾーンなんて、何の参考にもならねぇんだよ!!!」
「……酷い」
敬遠球ですらストライクになるクリスのセンスに、意味は無い。デザベアはそう断言した。
「貰われた先が善人であればいいが、もしも悪人だったらどこぞに売り飛ばされて人生終了。そういう話なんだよ。ああ何だ、親ガチャって奴だな。今流行りだったんだろ?」
「そういう、言葉、好きじゃ、ない」
「そんなこたぁどうでも良いんだよ!!要は、人生を賭けた丁半博打なんてやって堪るか、って話だ」
何せ、クリスが死ねば、デザベアも道連れで死ぬのである。
それを考えれば、運否天賦の生き方など進められる筈も無い。
しかしながら何というか、不犯の加護が最高に邪魔に成っている。
まあそれも当然と言えば、当然の話。
「でも、原因、全部、そちらでは?」
「………………」
まあ何が一番アレかと言えば、こうやってぐだぐだと文句を吐いているデザベアこそが、脱出困難な深い深ーーーーい落とし穴を掘って、それに自分が落っこちた間抜けな張本人って事なんですけどね!!!!
そう言った意味も籠めたクリスのジト目による視線に貫かれて、デザベアはサッ、と顔を逸らした。
「い」
「い?」
「何時までも過去の遺恨を引きずったままでは互いの為にならない!!!!ここは、全て水に流して、未来の事を考えようじゃ無いか!!!!!」
「ええっ…………」
そういうのは、遺恨を作った側が言って良いことでは無いと思うんですが??????
「コホン。まあそれに関しては、俺様としても、少しは悪いと思ってる」
「……少、し?」
「そ・こ・で・だ!!!!!!その詫びとして、俺様がこの詰んだ状況を何とかするスッペシャァァ~~~~ル、な案を考えた」
「どん、な?」
最早、来世が良いものである事をお祈りするだけが、正答に成りかけていると言ってすら良い程の、絶望的なこの状況をどうにか出来る秘策とは何か?
デザベアはそれを得意げに語り始める。
「良いか?確かに今、お前は自信の唯一の長所である美の才能を、悪目立ちし過ぎるが故に封じられて、寧ろ足枷にすら成ってしまっている。が!しかし!!逆に言えば!!!それは、目立たない状況で有るのならば、使っても問題無いということだ!!」
「目立、たない?」
「そう!!つまり、身寄りがなく、知り合いも少ない男を見つけて、そいつを誘惑して性器を爆発させて、その隙きに、相手をぶち殺して金目の物を――」
「やらない」
「あ゛?」
「そう、いうの、やら、ない」
取り付く島もない、とはこの事だろう。
デザベアの言葉を遮った、クリスの強い語気と視線には一切の逡巡すら見られない。
その様子を確認したデザベアは、呆れた様子で首を横に振った。
「あーはいはい。そりゃあご立派な事で!それじゃあ別の案を出しますよ!っと」
「まだ、有るの?」
意外にも、と言ったら失礼かもしれないが、デザベアは自分の提案が断られた場合の対案も、しっかりと用意していたらしい。
「ま、オススメなのは最初の案なんだけどな。だがまあ。別の方法も無い訳じゃあない。いいか、クリス。お前、これから街で芸でも見せて物乞いしろ」
「???私、自信、無いけど、それ、意味、ある?」
自分に出来る特技など、精々が道行く人のスリーサイズと、一物の大きさを言い当てる位で、所謂一般的な大道芸なんかをやれる自信は無く、そもそもが体力が殆どないこの体である。とクリスはデザベアの提案が余り有効な物だとは思えなかった。
「ああ、安心しろ。それで大金が稼げる――なんざ俺様も思っちゃいねぇ」
「じゃあ、なんで?」
「ふっ。良いか、クリス。お前は気がついちゃいねぇ様だが、お前には今、【美の才能】以外にも使える強力な
「…………諦めない、心?」
「誰がそんな精神論を言えっつたぁ!?」
果たして今のクリスが持っているもう1つの長所とは何なのか。散々に勿体ぶった上で、とてもとても得意気にデザベアは答えを宣言した。
「――俺様だよ、お・れ・さ・まっ!!分かるか?お前にはこの大悪魔たるデザベア様が付いているんだ。これは、世に数多いる凡百の輩どもを大いに引き離す、圧倒的な長所と言って良い!!!」
「……………………………………」
「オイ。なんだ、その顔と沈黙は。怒らないから何を思っているか言ってみろ」
「あんまり、役に、立たなそ――」
「シャァアアラップッッッッ!!!!!ぶち殺すぞ、糞餓鬼ッッッ」
「怒ら、ない。言った、のに!」
すぐに脇にそれてしまう会話に、コホン。とデザベアは一息入れた。
「まあ要するに、だ。
「一理、ある」
「百理ぐらいあるぜ」
「でも、私、芸、見せる。力、戻る。何の、関係?」
論に疑問があらずとも、方法に疑問が生ずる。
クリスがお遊戯レベルの芸を披露するのと、デザベアが力を取り戻すという事に、如何なる相関が存在していると言うのか。
「いいか?悪魔ってのはな――
「感情、食べ、られる?」
悪魔たるデザベアが語る、悪魔の生態・性質。
それは、悪魔というおどろおどろしい看板に偽りの無い、実に幻想的な代物であった。
「まあ本来は、自分に向けられた感情以外は食べにくいんだがな。だが不幸中の幸いと言うべきかな。今、俺様とお前には一蓮托生の繋がりがある。だから、お前に向けられた感情でも、俺様が力を取り戻すことが可能なんだよ」
「そう、なんだ」
「まあ、効率の良い【感情】は、恐怖や憎しみだから、最初の爆発殺人こそが、一番割の良い手段――」
「やらない」
「はいはい。なので、この対案って訳だ」
「それが、芸、する、こと?」
「ああ勿論、お前の芸が素晴らしい物で大注目される!!なんて展開は一切期待してないぜ?寧ろ中途半端に良い物を見せるくらいなら、ダメダメな物であってくれた方が有難いくらいだ!」
「なん、で?」
「その方がお目当ての感情――同情や、哀れみを誘えるからな」
だから、精々頑張らずにやれよ、とクリスに話したデザベアだが、その狼面が少しばかり面白く無さ気に歪む。
「まあ、それらの感情による力の取得の効率は、悪いも悪いんだけどな。人間で例えるなら、糞不味い上に、栄養も殆ど無い食べ物って感じだ。――ただ、背に腹は代えられねぇ」
「そう、なんだ」
そうしてデザベアは具体的な生存戦略を語っていく。
「先ずはそうやって多少なりとも俺様の力を取り戻す。その後、その取り戻した力を使ってより注目される様な事を行う。それにより更に俺様の力を取り戻して、またその取り戻した力で注目を浴びて…………ってな具合に、自転車操業的な具合になるが、そうやって少しずつ得られる力と、人生の安全を確保して行くってのが、現状取り得る最良の手段だと俺様は思うんだが――異論や対案はあるか?」
「…………」
デザベアの案を頭の中で吟味してみたクリスであるが、彼女にとっては人を傷つける手段と比べれば遥かに良い物であったし、それ以上に良い対案も思い浮かばなかった。
「う、ん。わかっ、た。それが、良い、思う。一緒に、頑張、ろう、ね。ベア、さん!!」
「なんだ、その呼び名」
「愛、称!!」
「いや、まあ何でも良いけどよ…………」
と、まあ。こんなやり取りが有った次第である。
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