03 ははーん。さてはこれ無理ゲーだな?
例えば、クレーンゲームの景品を取るのに、何十回もコンテニューをする。
例えば、ソーシャルゲームで新キャラが可愛かったから、少しだけだからと思いつつ、結局引くまでガチャを回してしまう。
要は、熱くなってついやってしまった。という奴であり往々にしてある失敗である。
そしてこの類の失敗の一番厄介な点は、そこまでして手に入れた物、或いは成し遂げた事柄が、本人にとってさして重要なものではないことが多いということだろう。
もし、手に入れたものが、心底に欲しているものであったのならば、大体の人間は、それを手に入れるために掛かった出費や労力を惜しまない――勿論、限度はあるが。
しかし、それがそこまで欲しいものでは無かった場合、話は途端に別物となる。
入手したものと、それに掛かった労力を見比べて、自分はどうしてこんなものをそこまで欲しがってしまったのだろう?と後悔するのである。
さて、長々と何が言いたかったのかというと、そういったついカッとなってやってしまった失敗というのは、古今東西、老若男女――そして人外であっても、よくある話だということなのである。
「ドウシテ……ドウシテ……」
「そ、その。元気、だして?」
「コレハユメダ、ユメナンダ……」
家、という言葉を使うのが憚られるほどのボロ小屋の中、一体の人外が死んだ魚のような眼でうわごとのように言葉を呟いていた。
何を隠そう、つい先ほど力の使い過ぎから爆発のコンボを決めた、悪魔デザベアである。
消滅したかに思われたデザベアだが、何とかその命を繋ぎとめることに成功していた訳だ。
だが、その代償が途方もなく大きいものであった事は、彼の姿を見れば一目瞭然であった。
山羊の角、狼の顔、蝙蝠の如き羽に、細長く先端が三角形に尖った尻尾。
それら元々のパーツの形に変化は無い。……形には。
では何が変化したのか、と言えば、それは大きさだった。
鍛えに鍛え上げたボクシングの世界チャンピオンですら、視認して1秒で自分の死を悟るほどの大熊の如き体格が、見るも無残なことに、幼い女児に抱かれるお人形さんの様に小さくなってしまっていた。オマケに体全体が半透明に透けている。
分かり易く言えば、魔法少女アニメに出て来るマスコット枠である。
僕と契約して、魔法(何か使える訳も無い、死にかけの)少女になってよ!!
無能少女リリカル☆へースケ、始まりませんッッ――!!
「クソっ、しかも、これはっ。ああっ!?」
「ど、どうした、の?」
千年を超える悠久の月日を生きてきた大悪魔が、小っちゃなマスコットキャラクターに変貌してしまったのも、大問題だが、デザベアにとっては不幸なことに、更なる問題が彼には控えていた。
「…………………………お前が死ぬと、俺様も死ぬ」
「…………!?なん、で?」
「無理矢理、契約やら加護をかけた反動で、消滅寸前だったのを、お前との繋がりを利用してギリギリ回避してな……。使った力が回復するまで、お前から余り離れられないし、お前以外に干渉できない」
背後霊的なアレである。
「どうして、そんな、なる、のにっ!変な、加護、を????」
「ついカッとなってやった。今は後悔している」
「ええっ……」
(コイツ色々、ダメすぎでは?)
平助はそう思わざるを得なかった。
第三者視点だと、笑える展開かもしれないが、渦中の平助からして見れば、たまったもんじゃない。
「わたし、生きる、なんとか、平穏、それなら、問題、ない?」
「そうだな、取り合えず危うきに近づかず――――――あっ」
「何っ!?」
古今東西、こう言うタイミングでの「あっ」が碌な事で合った試しは無い。
「いや、その、あー、何だ。俺様はお前を、ゲームの世界に酷似した世界に送った訳なんだがな。……その、転移させる時に、色々と細工をしたんだ」
ブレイジングファンダジア。
山とか消し飛ばせるような敵が出て来るような剣と魔法のゲームである。
「――――――」
平助と言うより、クリスの紅い瞳が小さく成ってプカプカと浮いているデザベアを睨みつける。
込められている感情は、一体何しやがったテメェ、だ。
「その、はい。運命的な、あれをね。ちょちょい、としたと言いますか、何というか」
「――わかり、やすく」
「いわゆるゲームで起こったような大事件に、限りなく関わりやすくなってるぜ!」
「なんで、そんな、こと、した!!いえっ!!!」
「無根拠に、自分が異世界に行けば活躍出来ると思っている馬鹿が、地獄に突き落とされるのを見たくて、へへっ」
流石に平助の堪忍袋の緒が切れた。
平助は、小さくなった手で持って、デザベアの体をむんずっ、と掴んだ。
「おい、俺様の体を掴んでどうす――」
「ふんっ!」
(日課の自家発電で鍛えた、腕の振りを喰らえっ!!)
「がぁああああああっっっっっ――!!」
腕の上下運動なら誰が相手でも負けない!そんな自信を持つ平助の右手により、デザベアの体が勢いよくシェイクされた。
デザベアの視界が高速で揺れ動き、三半規管に大ダメージが与えられる。
普段であれば、何ら問題とはならなかっただろうが、今のデザベアは消滅寸前である。
「ぐぇっ。ごはっ。分かった。悪かった、俺様が悪かったっ!だから、手を、止めろ」
「はーっ、はーっ」
(す、凄い疲れる!!)
強制フリーフォールの刑に処されたデザベアは当然だが、やった側の平助もかなりの疲労に襲われていた。
余程、体の運動能力が低いのだろう。
元の体であれば、鼻歌交じりで出来た動きに体力の大部分を持っていかれて、心臓が痛いほどに鼓動を早めていた。
「うぇっッッッ」
「ふひゅー、ふひゅーっ」
リバースしかけているマスコットと、呼吸困難に陥りかけている小汚い餓鬼。
色々とカオスな状況が落ち着くまでには、それなりの時間が必要だった。
*
「よしっ!じゃあ現状を纏めてみよう」
「………………」
自分をジト目で見つめる紅い眼から逃れる為にか、デザベアが殊更に明るい声で言い放つ。
状況!!
ゲームに似たような世界にTS転移した上に、そこで発生する事件に巻き込まれやすくなってるぞ!
現状!!
お金――無い!!
コネ――無い!!
健康――無いっ!!!!!!
「あの、何か、特別な、パワー、とか、無い、の?」
「ハァ?地獄、見てもらう気だったのにそんなの付ける訳ないんだけどぉおお――ま、まて、ついウッカリ本音が出ただけだ、俺様の体を握ろうとするな!!そ、それに一応申し訳程度に死ににくくは成ってるくらいのサービスはしてある!出来るだけ長く地獄を楽しんで貰うため――もとい、親切心で!!」
こいつ、終いにはシバいたろうか?平助はそう思った。
「コホン。こう言うときは知識だ。お前は、この世界を元にしたゲームとやらをやった事が有るのか?」
「一応、ある。けど、止めた、途中」
「なんだ、つまらなかったのか?」
「ううん」
「じゃあ、何でだ?」
「少しやった後、わたし、誕生日、18。Hなゲーム、買える!!そっち、やってた!!!」
「あー、わかった。もういい!!」
「楽しかった、です!!!!!」
「もういいってんだろぉが!!!!!!」
勢いよく返答する平助に、頭を痛くして叫び返すデザベア。
ボケと突っ込みがあっという間に入れ替わる、奇妙な空間がここに存在した。
取り合えず、原作知識は曖昧!!と言うのが残った現実である。
「…………まあ、詳しい説明は面倒だから省くが、ゲームに酷似した世界ってだけで、ゲームの世界その物って訳じゃねえからな」
「そう、なの?」
「ああ。だから当然、全てが全てゲーム通りに運ぶなんて訳も無いし、ここは前提知識があり過ぎるが故の落とし穴に引っかからなくなった、と前向きに考えよう」
「うん」
それでもあるに越したことは無かったが、とデザベアとしては後ろ髪を引かれる思いである。
「だが、知識ってのは何もゲーム知識だけじゃねえ。むしろ普通の知識――現代日本で過ごして来た知識が利用できるはずだ!!」
「わたし、頭、あんまり、良くない」
今までの人生における学校の通信簿の平均は3くらいである……保健体育だけは、常に5を取っていたが。
まあ、そもそも例え秀才と呼ばれるような人種で合ったとしても、金もコネも無い状況から、異世界で知識チートを行えるかは大いに疑問が発生する話である。
「……………………」
「……………………」
何とも言い難い気まずい雰囲気が、1人と1体の間で流れる。
「……まあ、そもそもの話、もう気が付いていると思うが、お前には過去の事を喋れなくなる呪いをかけているしな」
「!!そういえば、そもそも、これ、なに!?」
色々とふざけた展開が続いていた所為で、問い詰めるのをすっかり忘れていたが、今の平助は、満足に喋ることも出来ないのである。
「いや、何。万が一にでも、現代知識で大活躍!!とかされたら悔しくなるだろ?だから、転移前の事を話せない様に呪いをかけておいたんだよ、……ああ、筆記や念話だったら伝えられるなんて穴も当然塞いである。その副作用で普通に喋る時すら自動的に言葉が変換される様に成っているみたいだな。まあ、これからはクリスとして心機一転頑張ってくれ!!」
「ふんっ!!!」
「がああああああああああああっっっ」
自身の名前すら失わさせられた、平助――もとい、クリスによる、怒りの全身シェイクがデザベアを襲う。
如何にド変態と言え、家族や友人と、いきなり永遠の別れをさせられて何とも思わない訳が無いのだ。
常人だったら、絶望して心が砕け散ってもおかしくない話である。
「はぁーっ、ふぅーーっ」
「は、吐きぞう」
しかし、まあ。こうして現状を整理してみると、だ。
「――これ、無理、では?」
「はい」
「はい、じゃ、無い、けど!!」
どう見ても詰んでいる。
ゲームの事件云々以前に、普通に生きていけるのかすら怪しい。
このままでは共倒れは確実だろう。
「一緒に、死ぬ?」
「い、いやだ。そんな終わりは嫌だぁあああああ」
死が怖いと言う訳では無い。
もし仮にこれが普通の死に方であるのならば、例えそれが自分が陥れようとした契約者に反逆された結果で合ったとしても、デザベアは己の邪悪さを誇り、笑いながら死んだだろう。
……が、しかし。それが、ド変態相手に対する自爆死となると話は変わってくる。
そんな死に方なんぞ、良い笑いものであり、縄張り争いで蹴落としてきた同業の悪魔や、かつて自分が地獄に叩き落とした契約者たちが、草葉の陰で片腹大激痛している姿が、デザベアの脳裏には、安々と浮かんできた。
何故なら、逆の立場だったら大爆笑するからッッ――!!
「いいか!テメェは、この世界で絶対に生き抜くんだ!!俺様も協力してやるっっ」
「ええ……」
自らの所業を棚上げにして勢いよく語るデザベアの、正しく悪魔的な態度に、クリスの本日何度目かになる嘆息が響き渡る。
しかし、とはいえクリスとしても、こんな訳の分からない状況に放り込まれて死にたくない、という思いは当然ある。
故に考えなくては成らない。この詰んだ状況を何とかする、冴えたやり方――!!
「はっ!思い、ついた!!」
「何をだ?」
「やはり、しょうふ。体、うるっ!!!!!!」
これが、クリスの答え、たった1つの冴えたやり方――!!
「客の大事な部分を破壊するゴールデンボール☆ブレイカーの称号を得たいなら止めないが」
「…………」
「…………」
妙案――無し!!!
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