02 悪魔よ人間の可能性を舐めるなッッ

(風邪でもひいてしまったんだろうか……)


 平助が目を覚ました時、彼の体調は『最悪』の一言に尽きた。

 頭が痛く、意識が朦朧とする。体の節々から痛みを感じ、力が上手く入らない。

 お腹が減って、喉が渇いている。

 今まで18年間生きてきて、一度も体調を崩したことがない健康優良児というのは平助の密かな自慢で合ったのだが、残念ながらその称号は今日で返上かも知れないな、と平助は思った。

 未だに朦朧とする意識の中、平助は何とか立ち上がり――そして気がついた。


「…………ここ、どこ?」


 平助が寝ていたのは見慣れた自分のベッドでは無く、そもそも自分の家ですら無かった。 

 見知らぬ他人の家――いや、これを家と言って良いのかどうか。

 防音性など欠片も存在しないであろう薄いベニヤ板のような木材で作られた壁と屋根は、所々腐蝕や破損によって穴が空き、雨風を防ぐという役割すら十全と果たすことが出来はしないだろう。

 何故だか天井だけはやけに高いが、これなら犬小屋のほうが遥かにマシな造りをしているだろうと平助は思った。

 そんなボロ家の中、剥き出しの地面に、申し訳程度にばらまかれた藁の上に、平助は寝ていたのである。

 そりゃあこんな場所で寝ていれば体調の一つや二つ崩すというもの。

 はて自分は何故こんな所で寝ていたのだろうか?と未だに上手く回らない頭で、平助はそう考えて――


「わたし、昨日、どうしたの?」 【俺、昨日どうしたんだっけ?】


(??????)


「なに、これ、おかしい」【何だこれ!?おかしいぞ!!】


「あ、あ。私の、名前、――」【あーあー。俺の名前は猿山 平助!!】


 ――突如として自分の身に降りかかった不可解な状況に激しく困惑した。

 入力と出力が一致しない、とでも言えば良いのか。

 ニュアンスこそ同じではあるが、喋ろうと思った言葉と、実際に口から出てくる言葉が異なっているのである。

 また声の調子もおかしく、普段の良く通る快活さは欠片も無く、か細く途切れ途切れにしか喋る事が出来なくなっている。

 オマケに自分の名前を発することが何故か出来ないのである。

 全く意味の分からない極めて異常な事態であったが、平助にゆっくりと自分の身に降りかかった出来事を考察している時間は与えられなかった。


「よう、オハヨウさん。実に清々しい朝だな?クハハハハハッッ」


 なぜならば、突然己の隣に現れた『悪魔』の姿に全てを思い出したからである。


「……夢じゃ、なかった?」


「夢を叶えてやったんだぜ?」


(夢?…………あぁ、あの紙に書いてあった文章の事か)


「だから、あれは」


「おっと、楽しい楽しいお話合いの前に、確認する事がある」


 相も変わらず話を聞いてくれない。平助は思わず嘆息した。

 しかし、平助は変態ではあるが、心の広い変態であったので、悪魔の言葉に根気強く乗ってあげた。


「確認。何?」


「お前が未だに気が付いていない、驚愕の事実に対してさ。しかし、当然の前提条件が狂っている場合は、どれだけ特異な出来事が起こっていても意外に気が付かないものだなぁ」


 迂遠な言い回しで、人を食ったような態度を続ける相手に平助が眉を顰めた。

 それを受けた悪魔デザベアは、見てみろよ。と平助に一声かけた後に指をパチン!と鳴らした。

 するとどうだろう。僅か数秒前まで何も無かった筈の空間に突如として大きな姿見の鏡が現れたではないか。

 手品では説明出来ない超常現象に瞠目した平助だったが、現れた鏡を覗き込んだことで、そんな驚きは容易く霧散した。

 鏡に映った――いいや映っていないに平助の驚きは全て持っていかれたのだ。

 平助を驚愕させた。それは姿であった。

 鏡を真正面から見ているのにも関わらず、当然映っていて然るべき己の姿が欠片も見えないのである。

 そして、本来であれば平助の姿が映る筈の場所に見えるのは、初めて見る他人の姿。


 老人のような白色の長髪。不気味な紅い瞳。土と埃で薄汚れた肌。栄養失調で青白く痩せこけた体躯。

 不健康で体が上手く成長出来ていないため予測が難しいが、凡そ10歳前後であろうかという子供の姿が、平助の見た鏡に映る唯一の人間の姿だった。


「この、女の子、誰?」


「へえ、女だってよく分かったな」


 鏡に映った子供の姿は極めて男女の判別がし難かったが、女性の姿を服の上から見るだけで、その女性のスリーサイズを誤差±1の精度で看破してのける、平助の二重の意味で変態的な眼力の前では可愛らしい女の子にしか見えなかった。

 さり気なく醸し出される平助の変態性に気が付くことなく、悪魔デザベアは得意げに説明を続ける。


「その餓鬼の名前はクリス。娼婦の母親から生まれこのスラムで育った、死にかけの餓鬼で――お前の新しい体だよ」


「――何?」


「何って、お前自身が願ったんだろう?ブレファンの世界異世界へ行きたい!って。ああ。もしかして自分自身の体で来たかったとか?いやぁそういう事は契約に含めて貰わねえと――」


「そんなこと、どうでも、良い!!」


「あ?」


「――この子を、どうした!!」


 怒り。ああ、それは怒りだった。

 得意げに喋り続けるデザベアの語りを遮る平助の声に込められた険は、今の今まで見せてこなかった彼の怒気を表していた。

 しかし、その怒りの声を受けてもデザベアが怯むことは一切なく、むしろ嘲りを込めた返答がなされる。


「オイオイ。オイオイオイ。悪魔召喚なんぞに手を染めておいて今更善人面かよ?流石の俺たち悪魔でも呆れる面の皮の厚さだなぁ、ハハハハハハハハハハッッ」


 笑う。哂う。嗤う。


「あーハイハイ。そう怖い顔をするなよ。まあ安心しろよ契約者と契約者が影響を及ぼした者以外の無関係な奴を雑に巻き込むのは俺様の流儀に反しているんだ」


 そう言ってデザベアは、己がどれだけ今の平助の体の元の持ち主であった少女に配慮してやったのかを語り始めた。


「そもそも、だ。お前の新しい体を選ぶ際に、俺は幾つかの条件を満たした上で。もう死んで良いとこの世に絶望している奴を選んだんだ」


「そんなの、理由に、ならない!」


「まあ聞けよ。そして俺様は、その餓鬼の目の前にじきじきに現れて契約を持ちかけたんだ」


「契約?」


「ああ。お前が自分の体を明け渡したのならば、その代わりにお前の魂を転生させて、優しい両親がいる幸せな家庭に生まれ変わらせてやるってな」


「――――」


 追及の言葉が止まる。


「結果、どうなったか?まあ言うまでもないことだが、二つ返事で首を縦に振ったぜ?」


 デザベアはとてもとても愉しげに語り続ける。


「そりゃぁそうさ!糞みたいな人生にオサラバして幸せに生まれ変われるっていうんだから誰だって願ったり叶ったりだろうよ」


「……本当に、その契約、叶える?」


「ああ、俺たち悪魔は契約に嘘は吐かない。数日中にその餓鬼の魂は優しい両親の元に生まれる手筈になっているよ。まあ殊更に裕福な家庭に生まれ変わらせてやるほどサービスしてやる気はないがな」


 それでも現状に比べれば遥かにマシだろう?とデザベアは笑った。


「それで、どうだ?俺様としては文句を言われるどころか、お礼を言われて然るべき程の親切をその餓鬼には与えてやったつもりなんだが?」


「そう、かも」


 その言葉に返す答えを平助は持ち合わせなかった。

 だからせめて祈った。


(――どうか、少女の新しい人生が善き物でありますように)


「で、善人ごっこは、もう満足しただろう?俺としては異世界に行って、無条件に自分が活躍出来るとでも思っていた阿呆の現状に対する感想を聞きたいんだが?」


 それこそ己が待ち望んだモノ絶望なのだから。とデザベアは好物を目の前にした獣の様な形相で平助に語りかけた。


「それ、だけど」


「さあ、なんだ言ってみろ!怒りか?不満か?それとも泣き言か?」


 まくし立てる悪魔に、漸く伝えられるなと平助は思った。


「人違い」


「…………え?」


「だから、あの魔法陣、用意、私じゃ、無い」


 ただ紙を拾っただけだ。と平助は続けた。


「よ、良く、そんな出任せを、い、言えたものだな」


「嘘じゃ、ない。何度も、説明、しようと、した」


 そういやコイツ何度も、何かを言おうとしてたなとデザベアは今更ながらに思い出した。

 デザベアの狼面に、人間が焦ったときと同じ様に、冷や汗が浮かぶ。


「………………」


「………………」


 無言。互いに無言。


「ざ、残念だったなぁ~。あ、悪魔の被害ってのは災害みたいなもんさ。巻き込まれちまった自分の運を呪うんだな。うん。」


 デビル・イヤー。

 都合の悪い事実を聞かなかったことにするデザベアの必殺技だ!


「無関係な人、巻き込む、流儀に、反するのでは?」


「………………」


 しかし、平助の無慈悲な言葉マジレスの前には意味が無かった。


「し」


「し?」


「知らねえなぁあああああああ!?!?!?そんな事はよぉぉオオオッッ!?!?!?」


「ええっ……」


 必殺、デビル・逆ギレ。

 キレるぞ。怖いぞ。


「大体ヨォッッッ!?!?!?テメェだってエロイ事がしたいって言ったじゃねぇかッッ!!あれは何だったんだよ、ォォォォオオオオオンンン??????」


「む」


 それを言われると痛い。

 平助は口を噤んだ。

 それを見たデザベアは、我が意を得たりと畳みかける。


「そう!それだ!!確かに契約者を勘違いした俺様にも、悪いところが少し、ほんの少し、僅か極小にッッ!あった可能性は無きにしも非ずッ!!」


 だが、しかし!と演説染みたまくしたては続く。


「だが、俺はお前に追加の望みを聞き、お前は確かにそれに答えた!で、あればそこに新たな契約が発生するのは明白!!」


「むぅ」


「よって俺様はそちらのほうの願いを叶えただけ!!異世界云々は唯のオマケッッ!!」


「随分、無理やり……」


「うるせえ!この話はこれで解決!閉廷ッッ!!」


 反論の言葉が無い訳では無かったが、そもそも何を言ったところでこいつデザベアは耳を傾ける気は無いな。と平助は悟った。


「だけど、私の願い、今の状況、何の関係……?」


 死にかけの子供の体に生まれ変わり、上手く喋れなくなることと、エロイ事をしたいという望みに如何なる相関が存在しているというのか。


「お?それを聞くかぁ?聞きたいのかぁぁぁ???」


「いや、別に……」


「よし、教えてやろう!!」


 待ってました!!とばかりに話し始めるデザベア。

 本当は自分の悪意に満ちた仕掛けを語りたくて仕方が無かったのだろう。


「お前の体の本来の持ち主であるクリスって餓鬼はな。生まれも育ちもスラムで、体も弱い。オマケに頭を働かす才能も体を動かす才能も並み以下。ついでに運も悪い」


「酷いこと、言わないで」


「ハッ、唯の事実だよ。だがまあ人間、何か一つくらいは長所があるもんだ。そんな無い無い尽くしの餓鬼にも一つだけ他人より優れた才能ってのがある」


「才能?」


「それはな――」


 デザベアはそこで焦らすように息を吸い込んで、一旦間をおいた。


「――美貌だよ」


 美貌。美しさ。綺麗さ。可愛らしさ。

 薄汚れた今の平助――というよりクリスには不釣り合いな言葉がデザベアの口から漏れだした。


「それもただの美貌じゃない。所謂、魔性、傾国。そんな言葉で表されるレベルの物だ。ま、今は流石に環境が悪すぎてまるで発揮出来ちゃいねぇがな。どれほど高い素質だろうが0を掛ければ0だ」


 如何に優れた素材を用いて料理しようと、肝心の調理で火加減を大幅に間違えれば出来上がるのは黒焦げのゴミであり、粗悪の素材を使った場合と何も変わらない。

 しかし、成程確かに。クリスという少女のぱっと見の悪印象を除いて、顔の各パーツなどを観察してみればかなり整っているように見受けられる。 

 最も、平助からしてみれば元々最初に見た時から可愛らしい子だなぁと思っていたので特に驚きは無かった。

 心が広いと言うべきか、ストライクゾーンが広いと言うべきかは、評価に悩むところである。


「……それで、その美貌、才能、どうする?」


「ん~?お前だって薄々気が付いているんじゃないかぁ?力も金もコネもねェ餓鬼が、その生まれに不釣り合いの美しさを持っていればどうなるか」


 デザイアはその手を大仰に振り上げた。


「体を身綺麗にして、少し化粧でもすれば、直ぐにでもお望みの通りの目に逢えるだろうぜッ、ハハハハハッッ、実に嬉しいだろう?それともなんだ、もしかして男のままでエロい目に逢いたかって?おいおい、そういう事は最初に言ってくれなくちゃ分かんねぇなぁああああ」


 満願成就の時。

 自分はこの瞬間のために生きているんだ。とばかりに一人盛り上がるデザベアに、しかし平助は大した反応を示さなかった。

 自身に向けられる大量の悪意を右から左へと受け流しながら、平助はデザベアが創り出した大きな鏡の前に立つ。

 そして、そこに映る自分の姿を見つめ、確認するように顔や体をペタペタと触りながら、ふむ。うむ。と満足げに頷いた。


「……よしっ!」


「よし。じゃないが?」


「ぐぇっ」


 そのまま、部屋の外へと出て行こうとした平助を、その身に纏う汚れとほつれと穴開きでボロ布同然の、麻で出来た服の襟を後ろから引っ張ることで、デザベアは止めることに成功した。

 突然、首を締められて、平助の口から勢いよく息が漏れだした。


「人の話ちゃんと聞いていたか?外はスラムだって言っただろう」


「コホッ、けほっ。そんな事、分かってる」


「じゃあ何しに行く気だったんだよ?」


 その疑問に、平助は何ら事もなげに――まるで昨日の朝食の献立を話すかのように答えた。


「何って?……ただ、スラムで、浮浪者に。【自主規制】、されてくる」


「……………………?………………!?!?!?何?え?なん、なんて??????」


「だから、気持ち、良くなる、おくすり、体に打たれる、大量の、男たちと、【自主規制】パーティー、開催。一生、【自主規制】っ!飼われるっ!!」


「最初より酷くなっているんだが??????」


 へーすけのかいでんぱ!

 デザベアは混乱した!


「ホモなの????」


「ホモ、じゃないよ」


「じゃあ何で???????」


「――私は、バイ!!」


「ヘァッッ!?!?!?」


 驚愕の渦に叩きこまれたデザベアへ、更に平助の攻撃、ならぬ口撃が襲い掛かる。

 平助は胸を誇らしげに胸を張る。子供の体らしく無い胸を。


「ろうにゃくなんにょ。犬、猫。植物!全部、大丈夫!!悪魔さん――人間ヒトの可能性、舐めちゃ、ダメッ!!」


「そういうセリフはもっと別のシチュエーションで聞きたかったなぁ!!聞きたかったわぁーー!!!!!!」


 もっとこう普通に、悪魔の誘惑と姦計を、愛と勇気で打ち破る時とかに聞きたかったとデザベアは強く、強く思った。

 平助のそれも愛は愛だが、性愛である。お呼びじゃねぇすっこんでろ。というのがデザベアの率直な感想である。


「そ、そんなに誰でも良いのであれば、悪魔に願わずとも相手なんていくらでもいたんじゃねぇのか」


 混乱する頭でデザベアが絞りだせた言葉はただそれだけであった。

 

「……そもそも、願って、無い。つい、うっかり。それに、相手、いくらでも、居る、それは、間違い。」


 そう言って平助は悲しそうに首を振った。


「昔、近所、河原、男の人、何人か、【自主規制】している、と噂、あった。私、仲間、入りたい、探した」


「あるのか……」


「そして、幸運!出会えた!!」


「本当にいたのかよ!」


「……でも。兄ちゃん、まだ若い、色んな道がある、諭された。結局、【自主規制】、参加すること、出来なかった。後、兄ちゃん、目、必死すぎ、怖い、って」


「ええ……」


 平助に悲しい過去――

 いや、悲しいかこれ?


「また、別の時。金、あかせて、若い男、貪るマダム、存在する、噂!会いに、行った!!」


「分かった、もういい!もう喋らなくていい!!」


「……やっぱり。これで、良い物、食べてきなさい。お金、無理やり、渡されて、帰った。……後、ついでに、貴方の、相手、目が必死すぎ、怖い、イヤ。とも、言われた」


「もういい、つってんだろうがぁあアアアアアアアア!?後、どんだけ怖い目で迫ってんだよ!?そんなんだから悪魔オレを呼ぶ羽目になるんだろうがッッッ!!!!!!」


 デザベアは永き時を生きる悪魔である。

 遥か古代から、悪魔を相手に己に都合の良い契約を結ぼうとする欲深い人間たちを、多数相手にしてきた。

 その経験もあり、デザベアは相手の人間が本気で語っているのか、それとも此方を惑わそうと出鱈目を吹いているのか大体は判別できる観察眼を見につけていた。

 そのデザベアから見て平助の言葉は――本気マジであった。

 こいつ平助の言葉には、やると言ったらやる!……いいや、ヤラれると言ったヤラれる!と、言う凄味があるッッ。

 目の前に居る人間が、自分の数千年に渡る生の中で、初めて邂逅するレベルのド変態であると、デザベアは漸く認識した。


「そん、な。馬鹿な……」


 平助に召喚された直後、デザベアはこの出会いは奇跡だと言った。

 その言葉は、基本的に人間に対して多大な悪意をもって、言葉巧みに罠を仕掛けてくるデザベアにしては珍しく嘘偽りのない本心であった。

 悪魔自分を召喚してその身に余る願いを叶えようとする欲深い人間を罠に嵌め、地獄の底に叩き落すのが、彼の人生ならぬ悪魔生における最大の幸福であり、故に、あらゆる神秘が消えかかり悪魔を呼べる者など皆無になった現代社会は彼にとって地獄であった。

 で、あればこそ。平助による召喚は、悪魔であるデザベアが思わず神に感謝をしてしまうほどの奇跡だったのだ。

 つまり何が言いたいのかというと、そんな奇跡に対してデザベアは、少し――いいや大分はしゃいでしまったのである。

 同世界ならば兎も角、異世界に魂を転生させるなどといった所業は、強力な悪魔であるデザベアをして消滅を覚悟するレベルの難行であり、事実彼は消えることこそ無かったものの数百年に渡って貯めてきた自身の力の殆どを使い果たすこととなった。

 だが、それでいいのだ、と。ただ徒に無為な生を貪る、地獄の平穏を過ごすくらいであるのならば、最後にやりたいことをやって華々しく散る方が良い。

 そうデザベアは思っていたのだ――ほんの少し前までは。

 その結果がこれである。

 変態暴走特急機関車ヘースケとの正面衝突。

 デザベアの長い永い生の旅路は、ド変態による轢殺の結末を迎えんとしていた。


「ガッ、糞っ、ぁぁ……」


 今のデザベアの状態を人間で表すのならば、老後の為に貯めておいた貯金を全てFXにつぎ込んだ挙句、見事に全額溶かしたようなものである。

 致命傷ッ、圧倒的な致命傷ッッ。

 目の前がぐにゃぁぁあああと歪むような感覚にデザベアは思わずたたらを踏む。

 彼の心は割と限界であった。

 これに困ったのが平助である。


(一体どうしたのだろう?)


 狼面を器用に真っ青にするデザベアのことを平助はそう心配に思っていた。

 明らかに自分に対して悪意を持っている相手に対して度量の広いことである。

 心の広い良い奴なのだ平助は。性癖と恋愛対象のストライクゾーンも広いのが割と致命的なだけで。

 ふらふら、と。デザベアが、まるで貧血のように足取りの悪い理由を平助は少しの間思案して、分かったぞ!とばかりに目を輝かせた。

 そうして平助は、か細い両腕をバッ!と開き、デザベアに対してハグをするようなポーズを取った。


「………………なんのつもりだ、それは」


「悪魔さん、気持ち、考えなくて、ごめんなさい!!最初に、愉しむ、自分が、良い。そういうこと、でしょ?よしっ!さあ、きてっ!悪魔さん、触手【自主規制】で、私の【自主規制】、破るっっ‼」


 デザベアは激怒した。必ずこの変態星人エロスに良い空気を吸わせてなるものかと決意した。


「誰がテメェの好きにさせるかよぉおおおおおっつつつ!!!!!!」


「な、何、するっーーーーー????」


 デザベアの怒号と決意に反応するかのように。

 平助の足元に、異世界に転移させられた時と同じく、光り輝く魔法陣が突如として描かれた。

 しかし、今度の魔法陣は平助を転移させる物では無かった。

 魔法陣から光の縄のようなものが現れて、平助に巻き付いたのである。


「ま、魔法陣、プレイ。そういうのも、ある――」


「黙ってろやぁあああああ!!!!!!」


 平助に纏わりついた光の縄が、乾いた雑巾に水が染み込んでいくかの如く、平助の体の中へと溶け込んでいった。


「こ、れは?」


「ハ、ハハハ、ハハハハハッッ。やってやった。やってやったぞ!!よく聞けド変態。たった今お前に不犯ふはんの加護をかけてやった」


「不犯、加護!?」

 

「いいか?これよりお前は、この世界で起こる動乱が解決するまで、他者よりその体を犯されることが無くなるっ!」


「何、でっ!????」


「もし仮に、無理矢理しようとした場合――」


「どう、なるのっ!!!!!」


「――相手の男の【自主規制】が爆発するッッ」


「explosion!?!?!?」


 驚愕する平助。しかし、その時平助の脳内に一筋の光明、たった一つの冴えた方法が浮かび上がった。


「あ、でも。女の子、相手、なら」


「その場合は、相手の女の【自主規制】が火を吹くっ‼」


「fire!?!?!?」


(そんな、馬鹿な…………)


 絶望の事実に、平助は思わず地面に手をつき、嘆きの声を漏らした。


「どうして、どうして?そんな、酷いこと。あなた、悪魔???」


「悪魔だっていってんどぅぅろぉおおおおお!?!?!?」


 てんやわんやと大騒ぎの二人だが、それはさておき、重要な事がある。

 先ほども述べたが、デザベアは平助を異世界へと転移させるに辺り、その身に宿した超常の力を殆ど使い果たしている。

 ゲームチックに述べるのであれば、MP魔力が0の状態であると言えるだろう。

 さて、そんな状態にも関わらずデザベアは、平助に不犯の加護を与えたわけである。

 それは、10割嫌がらせの為であったわけではあるが、それでも加護は加護。

 どちらかと言えば神聖な力に近く、悪魔であるデザベアの枯渇しかかった魔力で発動できるほど容易い物では無い。

 故に、デザベアはMP魔力以外の、を代償に支払ったわけであり、MPの代わりに使われるような力と言えば当然――


「ぐ、ぐわあああああああああ」


「!?!?あ、悪魔、さあああん!!!!!!!」



 ――HPである。

 限界を超え、生命を振り絞って使った力の反動により、デザベアは苦悶の叫び声をあげ、白煙をまき散らして爆発した。



 ………………悪は滅びた!


 



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