硝子の聖女~スケベ猿が薄幸美少女に転生した結果~

三上 一輝

第一章 スラム街のHENTAI少女

01 猿山 平助はHENTAIである

 猿山さるやま 平助へいすけは今年18歳になった都内在住の男子高校生である。

 顔面偏差値中の下・学力下の上・運動神経上の下、そんな一見どこにでもいるような高校生である平助であったが、そんな彼には他の同年代と異なる特殊性が存在していた。

 平助は――HENTAIだった。

 小学生の時に性に目覚めて以降、彼の迸るリビドーはまるで宇宙開闢ビッグバンの如く留まるところを知らず広がり続けているのだ――ビッグバンに謝ったほうが良いのでは???

 年頃の男子など、皆けだものだろうと言う諸兄もいるかもしれないが、平助のそれは一般レベルとは一線を画すのである。

 具体的に言えば、TVの海洋番組に映ったタコやイカに興奮を覚えるレベルなのだ――未来に生きてんな。

 趣味は日に十数度の自家発電!将来の夢はA〇男優!年中無休で恋人募集中!そんな少年が平助なのである。

 さて、そんな平助だが今現在、陽が落ちて暗くなった学校からの帰り道を駆け足気味に帰宅していた。

 現在の時刻は夜9時32分。


(随分遅くなってしまった……)


 特に部活動に入っている訳でも、友人と遊んでいた訳でもない平助がこんな時間に帰宅しているのには、深い理由わけがあった。

 平助の自宅から学校までの途中にある河川敷沿いの土手。そこを通っている際に平助の無駄に良い視力が河川敷に生えた背の高い草の中にとある物を見つけたのである。

 ――それは不法投棄された大量のエロ本であった。

 スマホで簡単にエロ画像を見れる昨今、あまり見かけなくなった捨てられたエロ本の姿に平助の理性は消し飛んだ。

 男子高校生から、河川敷に出没する不審者にジョブチェンジを果たした平助は、それから数時間、時間を忘れて一心不乱にエロ本を読み続けていたのであった――全く深い理由わけでは無かった。

 そんなこんなで連絡なしに門限をぶち破ってしまった平助は急いで帰っているのである。


(む!?)


 土手を通り抜け、静まり返った住宅街を進んでいた平助の目が、またしても何かを発見した。

 それは子供の背。

 平助が見るに中学生くらいの男の子であった。


(子供がこんな時間に一人で出歩くなんて危ないな)


 自分の事を棚に上げながら平助は子供に注意を向けた。

 するとなんという事だろう!男の子からすすり泣くような声が聞こえて来たではないか。

 まさか、怪我でもしているのだろうか?

 そう心配になった平助は男の子に声をかけようと歩を進めた。

 夜中に一人出歩く子供に不審者HENTAIが声をかける事案…………お巡りさんこっちです。

 しかし、幸か不幸か平助が町内の回覧版の不審者情報にデビューする事態は避けられることとなる。


「こんなものっっ!!」


 平助が声をかけようとしていた男の子が、泣きながら手に持ったチラシの様な一枚の紙切れを投げ捨てた。

 そしてその瞬間、まるで狙いすましたかのように突風が吹きすさんだのだ!

 都合よく吹いた向かい風が、ヒラリヒラリ宙を待っていた少年が投げ捨てた紙切れを高速で飛翔させた――それも平助の顔面に目掛けて。


「わぷっ」


 ピシャリと小気味良い音を奏でて紙切れが平助の顔に叩きつけられた。

 所詮唯の紙切れであるため痛みなどは皆無であったが、まるでコントのように出来すぎた事態に、平助は数瞬の間、我を忘れた。

 その僅かな間で、横道にでも入ったのか駆け出した少年の姿は見えなくなっていた。



「むう」


 機を逃した平助は、その代わりという訳ではないが、自分の顔に当たってきた一枚の紙切れを見てみることにした。


「これは……」


 少年が投げ捨てたのはチラシなどでは無かった。

 それはA4のコピー用紙。

 本来真っ白なはずのコピー用紙の上部に、赤い線で幾何学模様――魔法陣が描かれている。

 所々が歪んでいるのを見るに、赤マジックでの手書きなのだろう。

 そして、その魔法陣のしたには鉛筆で『僕をブレファンの世界に連れて行ってください』と書かれている。


「悪魔でも喚ぼうとしていたのだろうか?」


 怪しげな魔方陣に願いの記入。

 色々と拙くはあったが、自らの願い事を叶えてもらうための儀式でもやろうとしていたのは確かだろう。

 紙の内容を確認して平助は思った。


(悪魔って、アク○って伏せ字にするとなんかエロいな)


 もっと他に思うことはなかったのだろうか???

 そしてそのまま、平助の妄想は留まることを知らずに広がっていく。

 そして、彼の思考が触手を召喚するタイプの悪魔にまで逸れていた、その時。

 ――異変は発生した。


「な、何ぃぃィィィイイイイ!?!?!?」


 平助が手に持った、子供が描いたであろう、ちゃちな魔法陣が赤く、紅く、発光し始めたのだ‼

 それも、蛍光塗料などといった微かな明かりではなく、強力な懐中電灯を使用したような強烈な明かりである上に、時間が経過するたびにその光が増していくのだ。

 わずか数秒後には、発光などというレベルではなく、光の爆発とでも言うべき極めて強い明かりが発生し、平助は目を開けていられなくなった。

 その強い光が収まるまでには数十秒間の時を有した。

 そして、漸く止んだ光の爆発に平助が瞼を開いたその時――


「――――――」


 月と星と街灯のみに照らされた薄暗い夜の住宅街。

 先ほどまで誰も居なかった筈の平助の隣にはいた。

 山羊の角、狼の顔、蝙蝠の如き羽に、細長く先端が三角形に尖った尻尾。

 そして、おとぎ話の人狼ライカンスロープのような、毛皮に覆われた二足歩行の体。

 そんな怪物は、しかし剣呑な見た目とは裏腹に理知的に話し始めた。


「契約者よ――大悪魔デザベア契約によりここに顕現した」


 悪魔、ああ悪魔だろう。そう言われれば納得するより他にない怪物だ。

 流石の平助もこの邂逅には開いた口が塞がらなかった。

 ここまでの驚愕を平助が覚えたのは、未だ彼が子供だった頃に友人と登り棒で遊んでいて偶々股間を擦りつけた際「あれこれなんか気持ちいいかも」と性に目覚めた時以来であった。

 ははーん。さては意外と余裕あるなコイツ。

 そんな驚いているんだか無いんだかよく分からない平助であったが、彼には現れた悪魔に対し言わなければならないことがあった。


「済まないが、人違――」


「ク、クハハ、クハハハハハハハハハッッ‼それにしても驚きだ!真逆、真逆、あらゆる神秘が消え果てた今の世で、未だに俺たち悪魔を喚ぶに足る魂が存在するとは!それもこんなちゃちな契約で‼」


 ほんの少し前まで確かに平助が所持していたはずの魔法陣が描かれた紙をいつの間にかその手に持ちながら、悪魔は極めて愉快そうに笑った。

 人の話を聞かない奴だな。平助はそう思った。


「しかし、そうだな。で、あるのならばこの奇跡なる出会いに何らかの祝いをするべきだろう。……ふむ。よし!では特別サービスだ‼元の願い以外にも貴様の願望を後一つ叶えてやろう。何、安心するが良い。二人の出会いを祝福して、という奴だ。さあ貴様の望みを、胸のうちに秘めたる願望を曝け出せッッ‼‼」


「エッチなことがしたいですッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!」


「お、おう……」


(ハッ、しまった口が勝手に⁉)


 常日頃から平助の胸を突き破らんばかりに膨張し続ける彼のリビドーは、考えるよりも先に彼の口を動かしていた。


「ま、まぁ要は色欲。有り触れた願いだな。よし、いいだろう‼」


 これはまずい。平助は焦った。


「いや、待ってくれ。だから人違――」


 平助が言い終わるよりも早く、彼の足下に子供が描いた稚拙なものとはまるで異なる精巧な魔法陣が描かれた。

 その魔法陣が翠色に輝きを放ち、それと同時に平助の体から力が急激に抜けていく。


「ちょっ!?」


「ハハハハハハハハハハッッ‼愚かなる契約者の新たなる人生にとびっきりの祝い――いいや、呪いをッッ!!」


 最後の最後まで全く自分の話を聞かなかった悪魔の高笑いをBGMとして聞きながら、平助の意識は深い深い闇の底まで堕ちていった。


*****



 ――翌朝。

 閑静な住宅地にて、都内在住の男子高校生、猿山 平助が遺体で発見された。

 死体に外傷などは一切無く、その近辺で不審者などの情報も見られなかったため警察からは事件性なしと判断された。 

 少年の葬儀は速やかに執り行われ、その変態性にも関わらず家族と多くの友人たちに惜しまれた。

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