Epilogue

第0話 バイト先のストロー缶女子が関係を迫ってくるのだが、俺には幼馴染(※メンヘラ気味注意)がいるのでお断りします。

 一人暮らしには何かと金が入用だ。

 一応最低限の生活費は実家から貸し与えられているものの、趣味に費やせる余裕などありはしない。なんなら節約しないともやし生活を与儀なくされるくらいにしか借りていない。将来返す金はできるだけ少なくしておきたいからな。


 故に高校に入って間もなくバイトをしていたのだが、残念なことに三学期を迎える前に働き先が閉店してしまい以降学生ニート状態であった。


 それから半年ほど経った今。一年のうちに稼いだ金で一定の生活の質は保っていたのだが、最近ついに貯金が底をついたため新たにバイトを始めたのだ。今日はその初日である。


「というわけだから」

「空那と仕事、どっちが大事なの?」


 そう言って綿貫は俺の腕を抱きかかえ顔を寄せてくる。

 期末テストも終わりテスト休み期間の今日。蝉の声に耳を傾け夏を感じていたところにこの女は合鍵を使って勝手に家に上がり込んできた。


 挙句居座り、時間になったのでバイトへ行くと言ったら今度は嫌だといって先ほどからずっと駄々をこね俺を引き留めようとしてきているのだった。


「仕事に決まってるだろ」

「酷い! なんでそんな事言うの⁉ もうまーくんなんて知らない!」

「じゃあ出ていけ。知らない男の家だぞここは」


 腕を振り払うが、綿貫は翻り涙目で俺の両腕にしがみついてくる。


「う、嘘! 嘘だから! ごめんね? ごめんねまーくん」

「はぁ……。じゃあ俺は行くから」


 呆れつつ行こうとするが、また綿貫は服の裾を掴み阻止しようとしてきた。


「あっ、だめっ」

「なんでだよ」

「だって空那盗撮されて間もないんだよ? それなのに一人なんて……」


 握る力がやや弱まる。

 いかにも不安げな眼差しをする綿貫だが、いつまでこの女は被害者のつもりでいるのか。


「何が間もないだ。もう二週間は経ってるだろうが」


 指摘すると、綿貫はぷくっと頬を膨らませる。


「たったの二週間だもん!」

「十分だろ……」


 別にその盗撮動画が世に渡ったわけでも無いのに何をそんなに引きずる必要があるんだ。しかも撮ってきたの女だしな。


「とにかく、まーくんは朝から晩までずっと空那と一緒じゃないと駄目!」


 平然とそんな事を言ってのける綿貫に心底呆れる。確かに幼馴染には違いないが、流石にそんな長い間一緒いるような関係性にはならないだろう。ほんとどうにかしてるよねこの子。今ならそう言っていたシュガー先生の気持ちも……いや流石に分からないな。あいつもあいつでどうにかしてるからな。


 ……ただまぁ、綿貫のこれに関しては俺も少し悪かったんだよな。一応許可なく囮として使い、犯人を捕まえるためとは言え犯罪に巻き込んだのは事実であって、それ故三日くらいは努めて優しく接したのだがそれが間違いだった。


 まさか自人称が小学生で卒業していたはずの名前呼びに逆行するまで自己愛が肥大化し、俺に対する入れ込み具合が朝から晩まで一緒にいるまで気が済まないレベルになるとは。


 夏休みが来たら少しの間実家に戻る予定だというのに、このままじゃ付いてきかねない……。それだけはなんとしてでも避けなければならないが、まぁまだ先だしそれまでなんとか対策を練ろう。


「もうほんとに行くからな。そろそろ真面目に間に合わん」

「ぜーったい行かせないもん」


 綿貫は玄関側に回り込むと、腕を広げ通せんぼしてくる。あのですねぇ……。

 このまま押し通ろうと思えば造作もないが、流石に手荒になるのでまずいだろう。この際仕方ないから身を切るとしよう。


「綿貫」


 呼びかけるが、あからさまにプイと顔を背ける。


「おい綿貫」


 再び呼びかけるも、今度は逆サイドにプイと顔を背ける。


「……空那」

「なんでしょーか」


 下の名前で呼んだ事でようやく視線が合った。

 ららぽの一件からの三日間、ある程度こいつの要求は聞いてあげていのだが、その中に名前呼びがあった。それ以来苗字で呼べば今みたいにわざとらしく無視するようになっている。まぁ本来はくうちゃん呼びをご所望だったようだが、それだけは流石に嫌だったのでなんとか下の名前で妥協してもらっていた。


 それはさておき、とにかく聞く耳は持ったようなので甘言にてそこをどいてもらう事にする。


「もしバイトで金がたまればまたどっかにお前と遊びに行けるかと思ったんだガー」


 心にも無いことを言ったためか、ややフラットになってしまった気がする。

 だが綿貫は気づいてないらしく、ふにゃりと幸せそうな笑みを浮かべた。


「え~? そうだったんだぁ? まーくん私のためにバイト初めたんだ~」


 誰もそこまで言ってないのだが。


「まったく~仕方ないですねぇ? でもできるだけはやく帰ってきてねまーくん」」


 お前が早く帰れや。

 などと口にすると面倒くさい事になりそうなので、とりあえずに手を乗せておく。


「じゃあな」

「えへへ~」


 満足そうに目を細める綿貫を横目に流し、俺はバイト先へと向かった。


× × ×


 バイトを始めて2週間ほど経った今日。

 初日は非常に面倒くさかったなと思い出しながら携帯を見れば、綿貫から『どうして出ないの? 今頃休憩時間だよね? ね?』 とたった今届いたところだった。胡乱な目で通知を見ていると、間もなくしてスタンプ爆撃が始まった。面倒なのは初日だけじゃなかったね。


 溜まっていく通知を眺めていると、ふと休憩室の扉が開く。

 見てみれば、初出勤の新入りが入ってきていた。まぁ新入りと言ってもほぼ同期のようなもののはずなのだが、職場環境がゴミ気味で俺が仕事を教えているため新入りと称しても違和感は無かろう。正直俺はこの女が苦手だ。


 やや吊り上がった目じりはやや赤みがかり、こちらに不遜な眼差しを送り付けてくる目元は涙袋が泣きはらしたように強調されている。


 その女は手に持っていたストローの刺さったエナドリを机に置くと、づかづかとこちらとの距離を詰めてくる。

 やがてすぐそばまでやってくると、腰を折り顔を目と鼻の先まで近づけてきた。


「ねぇ、あたしと付き合ってよ」


 ふっと甘ったるい香りが漂ってくると、二つに結われた黒髪が俺の頬を撫でた。

 いやいや何なのこの子。急に意味わからないんだが。何かのドッキリか? 

 まぁでも仮にこれがこの女の本心からくる言葉であったとしても、俺の返す答えは決まっている。


「お断りします」


 俺には何かと面倒な幼馴染がいるもんでな。



Fin?

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