after-20

 出口へと向かい、外に誰もいない事を確認しついてくるよう促すと、何故かまた白崎は残念そうにする。


「もし人が来たら二人で狭い個室に隠れたりとかあったかもしれなかったのに……」

「なるほど。そりゃ幸いだったな」


 誰が好き好んで男子トイレの個室に入りたがるのか。


「にしてもお前でもそういう感じの発想するんだな。少し意外だった」


 駅の出口を目指しつつ尋ねる。

 なんというか、そういうのは深夜系アニメあるあるというか、一般向けではあまり見ないシチュエーションな気がする。まぁそういう一般層も壁ドンだとかあごくいだとか意味の分からないものが流行ったりするので一概には言い切れないのかもしれないが。


「うん、最近ツイッター? 始めて見たんだけど、たまたまそういう絵が流れてきたんだよね」

「なるほど」


 ふと頭上で、間もなく駅に車両が到着するという放送が鳴る。危なかった。一歩遅れていたらほんとにそういうシチュを経験することになってたかもしれない。割と過疎駅だが、ある程度車両から降りる人間はいる。


「ちなみにそれはいつから始めたんだ」

「いつからだと思う?」

「そうだな、俺の見立てだと例の画像が拡散される少し前くらいだ」

「正解。よく分かったね」


 駅を出て一度立ち止まると、白崎の家のある方角へと足を向ける。


「勘だがな。ちなみにその勘によればかぬうにURLを送ったのもお前だ。どうだ、そっちは流石に外したか?」


 訊くと、白崎は隠すつもりもなかったのかあっさりと頷く。


「それも正解」

「そうか」


 まぁ、そうだよな。思えば妙な話なのだ。知らない人間から送られてきたURLに一番嫌いな同級生が載っていて、いざそのURLで見つけた画像を流したらすぐに拡散されるなんて。明らかに作為に的に起こされたとしか考えられない。そしてあの時点で綿貫が白崎の事を嫌っている事を知っているのは他でもない白崎だけだ。


 だが今回の件にはまだ妙な事がある。それは何故うちの学校の関係者を中心に拡散されたのかだ。まぁこの答えもかぬうのアカウントを調べた時に判明しているのだが。


「……となると、東京某所に住んでる女子中学生もお前で間違いなさそうだな」


 うちの高校を受験するとかで在校生各位を無作為にフォローしていたあのアカウント。かぬうのツイートをいの一番にRTしていたのはそいつだった。だからこそ急速にうちの生徒を中心に拡散されたのだ。


「やっぱり流石だね正成君」


 こちらの仮説についても否定する気は無いらしい。


「でも確証は無かった。お前が認めなければこの件は一生迷宮入りだっただろうさ」

「ふふっ、それがネットの怖いところだよね」


 楽し気に笑ってるみせる白崎だが、俺としてはお前の方が怖い。一体どこまで練られていたのか。


「どこまで想定していた」


 歩き始めると、白崎が隣へと並んでくる。


「んー、まぁ空那ちゃんが私の画像をツイートする事と、佐藤先生が元宮君に捕まえられる事、かな」

「それは今回の件の全部なんですが」

「あれ、そうだっけ?」


 冗談めかしてすっとぼける白崎。つまり今回の出来事は全て白崎の掌の上だったというわけだ。


「まったくすごい奴だよお前は」


 どれだけ俺の事を……人の事を理解できる奴なんだ。


「そんな事無いよ。たまたま佐藤先生が私の事を撮って販売してる事を知ってたからできただけだし」

「よくそれで平然としてられたな……」

「うん。別に実害があったわけじゃないからね」


 白崎があっけらかんと答える。


「お前の……まぁ、一般的ではない姿が知らない奴らの手に渡るのは実害ではないと?」

「どうして? 別に元宮君以外の誰にどんな姿を見られたって気にする必要無いよね?」

「……お前はそういう奴だったな」


 さも当然の如く答える白崎にただただ呆れる。考え方が特殊過ぎるんだよなぁ……。何を今更という話だが。


「あっ。あと……ふふっ、シュガー先生がすぐに示談を申し出てきた事とかも想定外だったよ」


 白崎が笑いつつそんな事を宣う。

 あえて佐藤ではなくシュガーとしたのは守秘義務とかそういう問題だろう。まぁそれもアウトな気がしないでもないが、俺が何も言わなければ問題はあるまい。


「なるほど……やっぱりそういう事だったか」


 教え子の画像が拡散されてるにも拘わらず解決したとかほざいていた女だからなあいつは。まぁ確かに示談が成立したなら幾ら学校側や外野が騒ごうと白崎が被害届を出す事は無いため、犯人たるあいつにとっては解決したようなものだろう。


「本当は正成君と一緒に協力する予定だったんだけど、示談成立させちゃったから必要以上に関わる事ができなくて……ごめんね」

「謝られる筋合いはないな」


 俺もそういう事があると推測していたから、白崎を特に松さん関連の事柄から極力遠ざけようとした。示談を受けたにも拘わらず嵌めるような真似に加担させれば、条件違反となり白崎になんらかのペナルティが課される恐れがある。


「……ただ、お前はもう少し自分を大切にすべきだな」


 白崎の一連を鑑みると、ふとそんな言葉が口を突いた。


「大切にしてるよ? しっかり身だしなみとかは気をつけてるつもりだったんだけど……」


 そう言って白崎は自らの服や髪を気にし始める。どうやら本当に俺の意図が伝わっていないらしい。


 恐らく今回示談を受け入れたのは父親のためだ。幾ら提示されたかは知らないが、白崎家には借金があるらしいからな。被害届を出して裁判を起こすにも金がかかるし、それなら示談で手っ取り早く解決した方が低コストでリターンも得られる。


 それでも父親は反対したはずだ。何故ならここで示談を成立させて金を得ても、それはある意味で娘を売って得たようなもの。だが白崎はそんな父親にもうまいこと言いくるめ、さらには松さんからもかなり有利な条件を勝ち取ったに違いない。この子にはそれができるだけの頭がある。実際、ららぽでのお金を使い方を見るに、借金の問題は解決したようにも見受けられた。


 無論、全部俺の想像に過ぎない。だがそれを考慮せずとも、この件で身を削ったのは間違いなく白崎だろう。自らの姿がネットに晒され、今後あの画像について誰かに聞かれても、示談が成立しているため曖昧に流すことしかできない。


 それが何を意味し何を起こしうるのか。白崎も理解してないわけじゃないだろう。今のところ問題視はしてないかもしれないが。


 だが限界というものは必ず来る。人である以上それは仕方のない事だ。

 いずれその時が訪れた時、果たして白崎は無事でいられるのだろうか。


 そうなってもそこに恐らく俺はいない。

 だから少し、心配だ。


「ここまででいいか」


 気付けば白崎の家の近くまでさしかかっていたので、声をかける。


「……うん、ありがとう」


 やや名残惜しそうに頷きながらも、白崎は少し先へと進むと、こちらを振り返り立ち止まる。

 きっと俺が帰るまで白崎はそこで待つつもりなのだろう。ならば早く立ち去らなければ迷惑というもの。

 白崎に背を向けるが、一つだけまだ分からない事があったため口を開く。


「最後に一つだけ聞いてもいいか」

「なんでも聞いてよ」


 白崎の少し弾んだ声が耳に届く。


「今回、お前はなんでこんな事をしようと思った?」


 本来、俺たちの話は白崎の目論見を阻止した時点で終わっていたはずだ。

 尋ねると、ややあってふわっとフローラルな香りが誰もいない目の前に広がる。


「それはね、正成君に私の事をもう一度だけ見てほしいと思ったからだよ」


 白崎の囁く声が耳朶を打つ。

 私をもう一度見てほしい、か。一体私の何を見せたかったのやら。


「そうか……それは、徒労だったかもな」


 あえて突き放すが、白崎は距離を感じさせない声で明るく言い放った。


「ううん。そんな事無かったよ。ありがと正成君」


 ふと、そよ風が頬を撫でる。


「またね」


 そう言って白崎は完全に俺の傍から気配を消し去った。

 既に陽は落ち辺りは暗い。


 あんなにも俺の事を大事に思ってくれていた人を、俺はまだどうしても選べなかった。さっきだってそうだ。俺はあの時たぶんあいつに救われている。にも拘らず頭によぎったのは別の人間の事だったのだ。寝ようが覚めようが、俺の思考は結局ある一人の少女へとたどり着く。


 綿貫空那。


 俺はこの名前を一度だって忘れられた事が無い。

 


 I want you to love me one more 了 

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