after-17

 アプリを切り替えラインの方を見てみれば、綿貫からの通知が次々溜まっていってる最中だった。


 既読をつけずに外から眺める限り送られてきたメッセージは基本的に、俺がどこにいるか聞いているような内容のようだ。だがやがて諦めたかその通知も鳴りを潜めると、ややあって『最後に15分以内に返事なかったらお呼び出しするからね』と締めくくられる。意外と冷静だな。恐らく誰かの入れ知恵だろうが。


 再び元の位置情報アプリを開けば、綿貫のアイコンはフラフラとビレバンの敷地内へ戻り揺れ始めた。


 アプリを見つつこちらもビレバンの前まで戻ってみれば、中の様子を窺うフードパーカーの人影を発見する。

 早歩きで近づきその肩を叩くと、人影は肩を思い切りびくつかせた。


「っ⁉」

「驚きすぎだ」

「って、なんだ元宮か……良かった」


 俺の顔を見るやいなや安堵の息を漏らす男は、用事あったため、いや俺に押し付けられたがため白崎たちと行動を共にできなかった菅生だった。


「尾行するのにそんなに視野が狭くてどうする」

「んなこと言ったってこういう事初めてだからさ……」

「待ち伏せは得意なのにか?」

「うぐっ!」


 俺の言葉に苦虫を噛みつぶしたような表情をし膝をつく菅生。一応ストーカー扱いされてたもんね君。


「すまん冗談だ。今回は悪かったな、本来俺がやるはずだった仕事を押し付けて」


 綿貫の襲来が無ければ本来パーカーを着ていたのは俺の方だった。


「ほんとそうだぞ? 今度ちゃんとジュースおごれよなー」

「分かってる。なんならちょっと高めの奴おごってやるさ」

「うっし!」


 菅生がガッツポーズをする。

 今回、菅生に頼んだのは俺が目星をつけたある人物の尾行だ。その人物がららぽに来るのは間違いないと踏んでいたため、菅生には予め位置情報共有アプリを入れてもらい俺はそれを見てそいつの位置を逐一把握していた。


 あとは俺がいない時に接触があれば連絡を入れてもらう手筈で、実際に先ほど菅生からメッセージを受けている。まぁ綿貫がうるさかったせいで見逃しかけてはいたのだが、いずれにせよ綿貫を一人にした時点でその人物が接近していそうであれば戻るつもりではあった。


「……つってもまぁ、正直こっちの仕事の方が助かった感はあったけどな」


 ふと、菅生が頬を掻くと弱々しく笑う。


「そんな弱気でどうする?」


 再び火を点ける準備をするが、どうやらそういうわけではなかったらしい。


「うーんいや弱気っつーか、別に白崎さんと一緒とかは全然もう平気なんだけどさ?」

「なるほど」


 そいつが原因じゃなかったか。

 しかし全然とは。つくづく思うがほんとすごいメンタルしてるよなこいつ。いや俺が焚きつけといてなんだが。


「けど仮に元宮は来ないで俺だけ来たってなったらほら、すげーギスりそうじゃね? 特にあの二人予定決める時もすごかっただろ……。あれに挟まれたら俺に耐えられたかどうか……」


 この前の放課後を思い出してか菅生が身震いする。


「まぁ、一理あるか」


 綿貫にせよ白崎にせよ俺に好意を抱いているのは一目瞭然だからな。なんなら俺がいるからこそ来たまであるというのに菅生だけでしたとなれば険悪な空気になりかねない。ましてやあの二人なのだから尚更だろう。


 一応そうならないように後で合流できるかもしれないという可能性はちらつかせるつもりだったが、いずれにせよ三人行動は必須になる。その間、菅生が胃を痛める事態になるであろう事は想像に難くない。まぁ俺からしてみればあんなの雑談の範疇で苦しむ意味が分からんのだが。


「それより綿貫達が入ってから何分だ」

「だいたい五分くらいだな」

「そうか」


 となるとあと十分は中にいるつもりだろう。まぁ売り物にするならそれなりの長さもいるだろうから妥当か。あと五分くらいは泳がせておくべきだな。


「でも本当に犯人なのか?」

「まぁ確証は無いがほぼ間違いないと見てる。最初は売られてる動画の内容と傾向から判断したが、実際俺はその目で不審な行動も目にした」


 それも二回だ。一回目は正直判断材料としては弱いが、二回目はほぼ間違いない。


「そっか……できれば間違いであってほしいけどなー」

「それだと俺が困る。入れ違いにならないようお前は引き続き外の監視をしといてくれ。あと110番の準備とな」

「了解」


 菅生に外は頼み、ビレバンの中へと足を踏み入れる。

 まずは綿貫をここにひきつける要因となったであろう陰陽聖戦のコーナーを見てみるが、どうやらそこにはいないようだ。まぁ売り場はそこまで広くないため見つける事ができるのは時間の問題だろう。一番気を付けるべきは俺が先に綿貫達から見つからないようにすることだ。


 周囲に細心の注意を払いながら、所狭しと置かれている商品の間を練り歩く。

 ややあって、本棚の前に誰かと並ぶ綿貫の姿を見つけた。


「あ、その本とか面白そうじゃない? 綿貫さんとってとって~」


 指し示されたのはやや上の方にある本。


「はーい」


 綿貫が首肯すると、その本へと手を伸ばそうとするが届かない。


「ん~、んぬう~!」


 必死で背伸びする綿貫を横目に、隣に並んでいる奴が小さめのスマホと一緒に掌を綿貫の背後へと回す。その下へと目を向ければ何やら紙袋が置かれており、さらに不自然な位置に特徴的なスニーカーを履いた足が置かれていた。なんともシュールな光景だな……。


 これだけで役満とも言えるが、特に周囲から注目を受けている気配はない。もし仮に綿貫の隣にいる奴が男であったのなら間違いなく第三者からも不審に映っただろうが、生憎そいつは女でしかも親し気にしている。


「ほら、がんばがんば~!」


 そう言いながら隣の奴は回していた手で綿貫の臀部をポンポンと軽く叩く。しかもスカート越しじゃない。なんとも大胆な。


「も、もう! 先生ってば~!」


 スカートに手を添え頬を紅潮させる綿貫だが、その横顔に警戒の色はなくあくまでじゃれあいの延長戦だと感じているらしい。


「めんごめんごっ。でもジャンプしたら届きそうだぞ~?」

「あ、そっか!」


 再び本棚へ綿貫が向き合うと、再び横から腕が伸びていく。

 ここまでくれば流石にもう黒確定だろう。


「おい」


 隠れるのをやめ二人の元へと歩み寄り、その手首を掴みひねり上げる。


「えっ?」


 突然の事に動揺したか、先生――松さんの手からスマホが零れ落ちた。

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