after-16

 時折携帯に目を落としつつ、ぷらーっとららぽ内を歩いていると、通路にせり出しそうな勢いで商品がごちゃごちゃ置いてある店を見つけた。


「え、東京にもあるんだ」


 綿貫が俺と同じ方角を見ながら言う。

 通称ビレバン。一応本屋らしいが商品の九割が本以外の雑貨と思われる謎の店。

漂う混沌感やアンダーグラウンドな雰囲気が現代人の感性に刺さるのか、ショッピングモールには必ずと言っていいほど見かける。


 特に奈良なんかこの手の店はビレバンくらいしかないためか、奈良県民、ひいては奈良の学生などはひとたびその看板を見れば何かに憑りつかれたかの如く目を血走らせ、そこへ向かって駆け出すのだ。

 奈良の頃の記憶がフラッシュバックしていると、ふと綿貫が目を見開く。


「行かなきゃ……」


 呟くと、綿貫は俺から離れふらふらとビレバンに向かって歩き出す。どうやら発作が起きてしまったらしい。まぁまだ離れて一ヵ月経ってるかもわからないくらいでは、奈良県民の血は薄まらないか……。俺もこっちに来て間もない頃は奈良の記憶のせいで発作に悩まされたものだ。


「なぁ白崎」


 どんどんビレバンへと接近していく綿貫の姿を見送りつつ、声をかける。


「どうしたの正成君? 空那ちゃん勝手に行っちゃってるけど……」

「綿貫についてはそういう運命だから仕方ない」

「そ、そうなんだ?」


 あの様子ではしばらくビレバンから離れないだろう。


「それよりちょっと一緒についてきてくれないか?」

「え?」


 突然の俺からの提案に白崎も予想外だったか、面食らったように目をぱちぱちさせる。


「というか嫌でもついて来てもらう」

「っ⁉」


 息を呑む白崎に有無を言わさず手首を掴み、陰の文字に引き寄せられる綿貫の姿を横目にビレバンの前を通り過ぎていく。


「あ、あの正成君?」

「黙ってついて来てくれ」

「は、はい」


 ややつんのめり気味の白崎だったが、少しずつ俺と歩幅を合わせ隣に並んでくる。

 とりあえずビレバンから死角に当たる角を右に曲がろうとするが、ふと左側から見知った顔がエスカレーターで上っているのに気づく。


「結局すがやん拉致れなかったなぁ」

「それなー。なんか用事でもあったのかね~」


 よりによってこのタイミングで金髪と玄間か。このまま右の角で留まろうと思っていたが、そうすると上ってきた二人に見つかってしまう可能性が高い。俺一人ならまだしも、白崎も一緒となると少し面倒だ。突然付き合ったと言い出したら思ったら急に別れたと言い出し、かと思えばまた二人きりで一緒にいるとかどうなってんだって話になるのは目に見えている。


 予定を変更し、そのまま真っすぐ突き進むことに。その先にもう一つ曲がり角はあるが、できるだけ金髪たちと遭遇する可能性を低くしたいためそこもスルーし道なりに進んでいき、外へ続くドアをくぐる。


 視界が開けると、下の方から子供たちの楽しそうな声が聞こえてきた。ここは三階だがどうやらテラスのようになっていて外からも階段で二階へと降りる事ができるらしい。


「とりあえずここでいいか」


 立ち止まり、眼下へと目を向ければ円形の広場で子供たちが地面から吹き出る水と戯れていた。


「ふふっ、可愛らしいねみんな」


 ふと笑う声が聞こえるので見てみれば、白崎も同じく下の広場で遊ぶ子供たちへと目を向けていた。


「そうだな」


 肯定の言葉を返しつつも、子供たちからは背を向けテラスの縁へと身を預ける。


「それで、どうして私をここまで?」


 白崎もまた同じように身を翻すと、横からこちらを覗き込んできた。


「特に理由はない」

「私にはそうは思えないけど」

「流石だな。だがお前はたぶん知るべきじゃない」


 ポケットからスマホを取り出し、画面へ目を落とす。


「……そっか」


 ぽつりと呟く白崎だが、それ以上俺に何か聞いてこようとはしない。

束の間の沈黙が訪れると、再び子供たちの楽し気な声が耳に届いてくる。


 このままずっと黙り続けていようかとも考えたが、こちらの都合で連れ出しておいて何も無しというのは流石にあんまりな気がしたため、ひとまずスマホから目を離すことにした。


「今日は色々と悪かったな」

「?」


 言うと、白崎が頭に疑問符を浮かべる。


「綿貫の事だ。随分と慇懃無礼な態度とってただろ白崎に」

「あー……」


 白崎は虚空へと目を向けると、こちらへ顔を向け笑顔見せる。


「うん、全然気にしてないよ」


 きっと他の連中が白崎にこんな風に笑いかけられたら、男女関係なしに救われた気分になるのだろう。天使とはそういう生き物だからな。


 だが天使の方はそんな人間たちの事を何と思っているのだろうか。慈しみと愛を持って全てを優しく包んであげようとでも考えているのか。


 否、それは神の役目だ。元来天使とは神と人間の橋渡しをするための存在。天使が人間に見せている表情は所詮神の代理でしかない。つまり天使自身が神と同様に慈しみと愛を持って人間と接しているとは限らないのである。


「相変わらず隠すのが上手いなお前は」

「何を?」


 俺の言葉に白崎が落ち着き払った様子で尋ねてくる。

 わざわざ答える必要性も感じ無いが、どうせ今日限りで白崎と話す機会は無くなる。それなら少しくらい付き合っても良いかもしれない。


「簡単に言えば自分の気持ちだな。特に怒りだとか言ったそういう悪感情とかな」


 言うと、白崎が見入るようにこちらへ目を向ける。


「なるほどね。ほんと正成君って……」


 白崎が一つ瞬きをすると、嬉しそうに頬を染め微笑んだ。


「私を喜ばせてくれるね」

「別にそんなつもりで言ったわけじゃないが」

「正成君にその気があっても無くても同じ事だよ。私が嬉しい事に変わりない」

「ごもっともだな」


 やはり応じたのは余計だったか。


「ずっと私は一人だった。一人でいた。一人でいざるを得なかった。だから問題が起きても自分で解決しないと駄目だった。でもそのためには感情は邪魔になるんだよ」


 白崎と関わりあいになった最初の時から俺は感じていた。白崎の奥底で燻ぶるひりついた炎のような何かを。


「だから抑えて、抑えてつけて、押し込んで、押し込めて……そしたら面白いんだよ。楽しくもなんともないのに笑えてきちゃってね。でも頭はどんどん冴えて冷静になっていく」


 確かにそうだ。母親の死を俺に打ち明けた時だって笑っていたんだった白崎は。そしてたぶん、その怒りの根源を辿れば悲しみに行き着く。


 かつて母が死んだ頃、学校で嫌な事があったと白崎は言った。具体的にそれが何か分からないが、おおよそいじめとかそういった類だろう。そんな時に母親がいなくなり、父親も精神的に不安定になり白崎にまで手を回す余裕などなかったに違いない。子供にとって家とは安全な場所であらなければならないのに、一番必要な時期にそれが無かったのだ。年端も行かない少女にはあまりにそれは酷というもの。


 だが白崎は聡い子だ。普通の子ならできないような事もやってのけてしまえる。だからこそその輪郭は歪み、結果として今の天使を生み出した。

 その天使は今も口元に柔和な笑みを浮かべている。


「……冷静なお前ほど怖い奴はいないな」


 言うと、白崎にしては珍しく、あるいはらしく、子供のような純朴さを持って頬を膨らませた。


「それはあんまり嬉しくないかなー」

「喜ばせるつもりもないからな」

「意地悪」


 白崎が不満げに言う。

 だがその口元はやや上がっており、単に今この瞬間のやりとりを楽しんでいるようにも見えた。


「よく言われる。主にちんちくりんの奴にな」

「ふふっ、そうなんだ」


 白崎が口元を隠すように手を添え笑う。


「ほんとムカついちゃうね」


 それは俺への相槌の言葉でもあり自分へ向けた言葉でもあるのだろう。常々思うが白崎は綿貫に対してだけは悪感情を存分にぶつけていく。それは当然両者の火種となるが、だからと言って一概に悪い事だとは言えない気がする。幾ら蓋をしたところで中身が無くなるわけじゃないからな。器を破裂させないよう日頃から発散しておいた方がいい。大きな負荷を与えられ一度割れた器であれなおの事だ。


「まったくだな」


 白崎に応じているようでその実自らを嘲りつつも携帯に目を落とせば、画面に映るマップ上のアイコンがふらふらと動き始める。

 それと同時にもう一つのアイコンも動きを見せた。


「戻るか。そろそろ綿貫が気づくころだ」

「それもそうだね」


 白崎がテラスの縁から離れるが、手を向け制する。


「二人揃って戻ると綿貫が何を言い出すか分からない。勝手に連れてきておいてすまないが白崎には少し遅れて合流してほしいんだ」


 言うと、白崎が動作を止める。

 拒みはせずとも対価の一つくらい要求してくるかと身構えていたが、存外白崎はあっさりと頷いてくれた。


「分かった。いいよ」

「言っといてなんだが本当にいいのか?」

「うん、たぶんそうした方が私にとっても都合がいいからね」


 まるで今から起きるかもしれない事を予見しているような、そんな気配を白崎からは感じる。


 果たしてこの天使はどこまで理解しているのか。あるいは……いや、今これを考えても仕方がない。まだ分からないが、もし釣り糸に何か反応があっても速やかに引き上げなければ当たりか外れかも分からない。

 気付けばスマホを握りしめた手には汗が滲み出していた。


「助かる」


 一言礼を残し、マップ上に記されたアイコンの元へ急ぐ。


「また後でね、正成君」


 白崎の言葉を、確かに背に受けながら。

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